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第五話 四月の記憶
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長いことご無沙汰しております。和ちゃんもそろそろ受験の頃でしょうか。裕矢はこの学園に在籍しています。よかったら候補として考えてみてくださいね。
中学二年生の冬に突然届けられたその手紙と同封されたパンフレットによって、始めて和は裕矢の行方を知った。
中学一年生の夏、裕矢は彼の母親と共にぷっつりと消息を絶ってしまった。彼は母子家庭で、周囲に親戚もいなかったため、子供だった和にその行方を知ることなどできるはずもなかった。
和は、さして進路にこだわりは無かった。進学校にいけるほどの秀才ではなかったし、さりとて科目の得意不得意もない。将来の夢も、漠然としていて考えられなかった。その高校に裕矢がいるという事実は、十分進路を決める理由になった。両親も裕矢がいる所ならきっと大丈夫だろうと、あっさりと納得した。それだけ、幼い頃から和は彼に守られて成長してきたのだ。
四月に、必要最低限の荷物と共に和は比名川学園にやってきた。この土地は実家から遠く離れた場所だ。麓の駅から電車を乗り継いで三時間はかかる。当然知り合いなどいない。加えて全寮制だ。不安がないといえば嘘になるが、裕矢がいるなら大丈夫だろうとも思っていた。
入学式とクラスの顔合わせも終わり、今日の所は一年生は自由時間となった。早速裕矢を探そうと思って席を立った時、廊下がやけにざわめいているのが聞こえた。入学直後の慌ただしさとは異なる、動揺の色が濃く染み出したどよめきだ。不思議に思っていると、一人の男子生徒が教室のドアを乱暴に明けた。彼は鋭い目つきで教室を見回す。和と目が合った瞬間、彼は血相を変えた。
「和か?」
「もしかして、裕矢くん?」
中学生の時より背が伸びて、顔立ちも随分大人びてしまったせいか、そう呼びかけられるまで気づかなかった。周囲の目も気にせず、和は廊下に駆けだした。
「すごい、雰囲気変わっちゃったねえ。ちょっとわからなかったよ」
「お前……」
裕矢は一瞬何かを言いかけたようだったが、すぐに表情を変えた。眉間に深い皺を寄せ、険しい目つきで和を睨んでいる。到底再会を喜んでいるとは思えない表情に、和は言葉を失った。
「お前、なんでこんな所に来た」
「え……裕矢くんがいるって言うから」
「おふくろから聞いたんだな。俺がいるってだけで、ここについてなにも知らずにのこのこ来たわけだ」
吐き捨てるように言う彼に、和は困惑する。
「さっさと学校辞めて実家に帰れ」
「どうしてそんなこと言うの? せっかく会えたのに」
「ここにお前がいると思うと、まともに過ごせねえんだよ。とっとと辞めちまえ」
言葉を失う。どうして彼は、こんなに敵意を剥き出しにしているのだろう。
「ちょっと、やめてください」
混乱している和の前に、その言葉と共に一人の少女が割って入る。
「あなた、何年生ですか? 新入生に、一体何の御用ですか?」
「お前には関係ねえだろ」
「関係なくても、同じクラスの人が一方的に詰め寄られているのを見過ごせません」
突然乱入してきたポニーテールの少女は、裕矢の威圧感に怯むことも無く言い返す。
「事情も知らねえ癖に、邪魔するんじゃねえよ」
「この子になんの文句があるんです? 言い分があるなら、先生を交えてお話するべきではないですか?」
二人が言い争っている様子を、教室から次々と生徒が出てきては人だかりを作って眺めている。自分を置き去りにしてどんどん進んでいく状況に、和は困惑するばかりでどうするべきかわからなくなってしまった。
「なになに? なにしてんの?」
周囲の生徒達より頭一つ分ほど抜けた男子生徒が、人だかりを強引にかき分けてやってきた。
「永友じゃん。新入生いじめてんの?」
「うるせえな。お前はなんでもかんでも首突っ込んでくるんじゃねえよ」
裕矢に凄まれても、彼は全く動じずに和に近づいてきた。興味深そうに顔を覗き込まれると、居心地が悪い。
「この子、マシュマロの匂いがする」
「え?」
思わぬことを言われて、間の抜けた声が出てしまう。
「おい、そいつに近づくな!」
少年に噛みつかんばかりに、裕矢が叫んだ。
「超キレてるじゃん。そういう関係?」
「どうだっていいだろ、とにかくそいつに絶対に関わるな!」
「ちょっと、なんの騒ぎなの?」
人だかりの中から、車椅子に乗った女性が現れた。和のクラスの担任になる教師だ。確か名前は、結城といった。
「この人が彼女に絡んできたんです」
ポニーテールの少女が、結城に訴える。
「永友君、また君なの。事情は後で聞かせてもらうから、早く教室に戻りなさい。ほら、|《とまる》君も」
裕矢は隠すことも無く舌打ちをし、都丸と呼ばれた背の高い男子は間延びした返事をして、それぞれ去って行く。それと同時に、集まった人だかりも一斉に霧散した。
「大丈夫ですか?」
ポニーテールの少女が心配そうに聞いてくる。やっと我に返った和は、慌てて返事をした。
「あの、巻き込んじゃってごめんなさい」
「私、見てられなくってつい割り込んじゃいましたけど、かえって迷惑でしたか?」
「そんなことないです! えっと……」
つい先程クラスで自己紹介があったが、彼女の名前をすぐに思い出せない。
「高遠有希です。同じ外部生として、よろしくお願いしますね、武村さん」
この学園はどうやら小学校からのエスカレーター式のようで、和のように高校から入学した生徒は外部生と呼ばれるようだった。それも数が少なく、外部生の存在は目立つ。
「先程の人は、一体?」
「えっと、幼馴染みなの。あの人がいるから、この学園に来たんだ」
「あの乱暴な人と幼馴染み?」
「わたしもびっくりしてるの。昔はあんな感じじゃなかったのに……嫌われちゃったのかな」
てっきり、再会を喜び合うことができると思っていたのに。思わぬ彼の態度に、今後の学園生活に不安が募る。
「そうなんですか……偶然ですね。私も昔、離ればなれになってしまった人と会う為に入学したんです」
「そうなんだ、すごい偶然!」
外部生は数が少なく、とにかく目立ってしまう。その上、周囲はすでに友人関係ができあがってしまっている。そういった事情も和を心細くさせる要因だったが、似た境遇の彼女と同じクラスなのは心強く思った。
「仲良くしてね、高遠さん」
「勿論です。有希でいいですよ」
握りあった手は、柔らかくて温かかった。
中学二年生の冬に突然届けられたその手紙と同封されたパンフレットによって、始めて和は裕矢の行方を知った。
中学一年生の夏、裕矢は彼の母親と共にぷっつりと消息を絶ってしまった。彼は母子家庭で、周囲に親戚もいなかったため、子供だった和にその行方を知ることなどできるはずもなかった。
和は、さして進路にこだわりは無かった。進学校にいけるほどの秀才ではなかったし、さりとて科目の得意不得意もない。将来の夢も、漠然としていて考えられなかった。その高校に裕矢がいるという事実は、十分進路を決める理由になった。両親も裕矢がいる所ならきっと大丈夫だろうと、あっさりと納得した。それだけ、幼い頃から和は彼に守られて成長してきたのだ。
四月に、必要最低限の荷物と共に和は比名川学園にやってきた。この土地は実家から遠く離れた場所だ。麓の駅から電車を乗り継いで三時間はかかる。当然知り合いなどいない。加えて全寮制だ。不安がないといえば嘘になるが、裕矢がいるなら大丈夫だろうとも思っていた。
入学式とクラスの顔合わせも終わり、今日の所は一年生は自由時間となった。早速裕矢を探そうと思って席を立った時、廊下がやけにざわめいているのが聞こえた。入学直後の慌ただしさとは異なる、動揺の色が濃く染み出したどよめきだ。不思議に思っていると、一人の男子生徒が教室のドアを乱暴に明けた。彼は鋭い目つきで教室を見回す。和と目が合った瞬間、彼は血相を変えた。
「和か?」
「もしかして、裕矢くん?」
中学生の時より背が伸びて、顔立ちも随分大人びてしまったせいか、そう呼びかけられるまで気づかなかった。周囲の目も気にせず、和は廊下に駆けだした。
「すごい、雰囲気変わっちゃったねえ。ちょっとわからなかったよ」
「お前……」
裕矢は一瞬何かを言いかけたようだったが、すぐに表情を変えた。眉間に深い皺を寄せ、険しい目つきで和を睨んでいる。到底再会を喜んでいるとは思えない表情に、和は言葉を失った。
「お前、なんでこんな所に来た」
「え……裕矢くんがいるって言うから」
「おふくろから聞いたんだな。俺がいるってだけで、ここについてなにも知らずにのこのこ来たわけだ」
吐き捨てるように言う彼に、和は困惑する。
「さっさと学校辞めて実家に帰れ」
「どうしてそんなこと言うの? せっかく会えたのに」
「ここにお前がいると思うと、まともに過ごせねえんだよ。とっとと辞めちまえ」
言葉を失う。どうして彼は、こんなに敵意を剥き出しにしているのだろう。
「ちょっと、やめてください」
混乱している和の前に、その言葉と共に一人の少女が割って入る。
「あなた、何年生ですか? 新入生に、一体何の御用ですか?」
「お前には関係ねえだろ」
「関係なくても、同じクラスの人が一方的に詰め寄られているのを見過ごせません」
突然乱入してきたポニーテールの少女は、裕矢の威圧感に怯むことも無く言い返す。
「事情も知らねえ癖に、邪魔するんじゃねえよ」
「この子になんの文句があるんです? 言い分があるなら、先生を交えてお話するべきではないですか?」
二人が言い争っている様子を、教室から次々と生徒が出てきては人だかりを作って眺めている。自分を置き去りにしてどんどん進んでいく状況に、和は困惑するばかりでどうするべきかわからなくなってしまった。
「なになに? なにしてんの?」
周囲の生徒達より頭一つ分ほど抜けた男子生徒が、人だかりを強引にかき分けてやってきた。
「永友じゃん。新入生いじめてんの?」
「うるせえな。お前はなんでもかんでも首突っ込んでくるんじゃねえよ」
裕矢に凄まれても、彼は全く動じずに和に近づいてきた。興味深そうに顔を覗き込まれると、居心地が悪い。
「この子、マシュマロの匂いがする」
「え?」
思わぬことを言われて、間の抜けた声が出てしまう。
「おい、そいつに近づくな!」
少年に噛みつかんばかりに、裕矢が叫んだ。
「超キレてるじゃん。そういう関係?」
「どうだっていいだろ、とにかくそいつに絶対に関わるな!」
「ちょっと、なんの騒ぎなの?」
人だかりの中から、車椅子に乗った女性が現れた。和のクラスの担任になる教師だ。確か名前は、結城といった。
「この人が彼女に絡んできたんです」
ポニーテールの少女が、結城に訴える。
「永友君、また君なの。事情は後で聞かせてもらうから、早く教室に戻りなさい。ほら、|《とまる》君も」
裕矢は隠すことも無く舌打ちをし、都丸と呼ばれた背の高い男子は間延びした返事をして、それぞれ去って行く。それと同時に、集まった人だかりも一斉に霧散した。
「大丈夫ですか?」
ポニーテールの少女が心配そうに聞いてくる。やっと我に返った和は、慌てて返事をした。
「あの、巻き込んじゃってごめんなさい」
「私、見てられなくってつい割り込んじゃいましたけど、かえって迷惑でしたか?」
「そんなことないです! えっと……」
つい先程クラスで自己紹介があったが、彼女の名前をすぐに思い出せない。
「高遠有希です。同じ外部生として、よろしくお願いしますね、武村さん」
この学園はどうやら小学校からのエスカレーター式のようで、和のように高校から入学した生徒は外部生と呼ばれるようだった。それも数が少なく、外部生の存在は目立つ。
「先程の人は、一体?」
「えっと、幼馴染みなの。あの人がいるから、この学園に来たんだ」
「あの乱暴な人と幼馴染み?」
「わたしもびっくりしてるの。昔はあんな感じじゃなかったのに……嫌われちゃったのかな」
てっきり、再会を喜び合うことができると思っていたのに。思わぬ彼の態度に、今後の学園生活に不安が募る。
「そうなんですか……偶然ですね。私も昔、離ればなれになってしまった人と会う為に入学したんです」
「そうなんだ、すごい偶然!」
外部生は数が少なく、とにかく目立ってしまう。その上、周囲はすでに友人関係ができあがってしまっている。そういった事情も和を心細くさせる要因だったが、似た境遇の彼女と同じクラスなのは心強く思った。
「仲良くしてね、高遠さん」
「勿論です。有希でいいですよ」
握りあった手は、柔らかくて温かかった。
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