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第二十一話
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しばらく抱き合っていた二人だったが、石原が「やっぱりこれもアウトだろ」と桐生の腕の中から逃げようとした。
「俺の役目は先生の安全確保だ。今、このホテルで一番安全な場所はここだと思うんだけどな」
「……この前も思ったけど、桐生さんは、被害者を抱きしめることがあるのか?」
「警察官になってそこそこ経つが、先生が初めてだな」
視線が重なる。先に逸らしたのは石原だった。
「今日は締まりのいい格好をしているんだな」
「初めてだろ、俺の活動服姿。もっと見てもいいぞ」
「やめとく。思った以上に目の毒だ」
「どう言う意味だよそれ」
「いい意味だよ」
前会った時はスウェット姿だった桐生。それがいつものスーツでなく、今日は活動服。男から見てもその姿は格好良く見える。
「糸川先生的に言う「ドラマのような展開」ってやつだな」
「おい、だからどういう意味だ」
「教えない。それより、トイレに行かせてくれないか」
「一人で抜くのか? 手伝ってやるって言っただろ」
「だから仕事中だろ、あんたは」
軽口の応戦をしているが、石原の限界はそこまできていた。桐生が仕事中でなければ、とっくに前のようにおかしくなっている。桐生の腕から逃げようともがくと、シーツとそれが擦れる。
「ああッ!」
我慢の限界を越え、二度目の射精。しかし、収まる気配が全くない。
「はあ……はあ……本当に……退いてくれないか……」
「ここで抜けばいいだろ」
「仕事中に男が目の前で自慰をしているのを眺める警察官がどこにいるんだ」
「ここにいるな」
「……調子のいい男だな」
「嫌か?」
「嫌とかじゃなくて、仕事中にすることじゃないって言ってるんだ。見つかったら良くないだろ。俺のせいで、誰かが傷つくのはもう勘弁してほしい」
石原は、薬で頬を赤らめながらも、遠い目をしている。
「糸川の嫁さんか」
「きちんと調べてるんだな。そうだよ。もう田中先生に隠しきれない」
「あんたらしいな。でも、あんたが犯されて傷つくのを見てられない人間がいることも忘れんなよ」
「……」
「抱きたいところだけど、先生の意思を尊重する。トイレで出したいなら、行きな。手伝いがほしいなら、いつでも言え」
石原は、少し考えた後、「……俺も堕ちるところまで堕ちたもんだな」と言って、自身の性器に手を伸ばした。声が外に漏れて他の警察官が来ることを危惧し、石原はシーツを噛み締め、何度も桐生の腕の中で果てた。ようやく満足してぐったり桐生の胸にもたれかかった。
「ありが、とう」
「先生は最後までお人好しだったよ。堕ちてなんかいない」
「どうだか……」
「ずっとドアの外にいたけど、すぐに助けを呼ばなかった。元同僚のためとはいえ、狂気の沙汰だ」
「これだけが取り柄なんでね」
石原の意識が遠のいていく。糸川との最後のベッドを思い出し、石原は消え入りそうな声を出す。
「……でも」
「でも?」
「桐生さん以外に抱かれたくないと思ったから」
桐生は耳を疑った。
「もう一回言え。聞こえなかった」
石原を見ると、すやすや眠っている。自惚れてしまいそうな石原の発言。こんな時にまた不埒なことを考えてしまう。
「……俺も堕ちるところまで堕ちたな」
桐生は、ゆっくりと唇を石原に重ねた。
そしてシーツを片づけ、手の空いた刑事を無線で呼び、石原の服をお願いする。服を持ってきた警察官から今わかっていることを聞いて、口元を手で覆った。
「未遂だったみたいですよ。最後までしてはないって。でも、身体に性的な嫌がらせをしたから、何かしら裁かれるでしょうね」
「そうか」
手の下では、石原にとって自分がまだ特別な存在であることの喜びが隠れていた。
「不謹慎な男だな、俺も」
「何か言いました?」
「いや。何も」
桐生は、部屋のドアを静かに閉めた。
石原が目を覚ましたのは、それから数時間後。事情聴取のため、すぐに警察署に向かう。ようやく、いつもの状態に戻った石原は、何も言わない。警察署でも、淡々と事情聴取を受けた。被害届を出さないと言った時、桐生は、予想通りのため息をついた。
「残念だけど、現行犯だ。それに、すでに教育委員会には連絡いってるぞ」
「今回の件を考えると、そうだろうな。でも委員会のことだ。すでに処分した教師のことを庇う気はないだろ」
「ああ。先生に一任するとよ。後日、念のため、委員会にきてほしいそうだ」
「形だけの組織としての謝罪があるだけだ」
「……それと、糸川の嫁さんが会いたがっている」
「……」
「どうする」
「会うよ。俺の責任でもある。すくなくとも2回は不貞を働いたんだ。謝罪するよ」
「向こうは、別に先生に怒っているわけじゃない」
「そうだとしてもだ」
「取り調べ室使うか? もし逆恨みでもされたら、どうなるかわかんねえだろ」
「田中先生はそんなことしないよ……って言えば、桐生さんに「お人好し」「犯罪を舐めるな」って言われそうだな」
桐生は、その通りだと言わんばかりに、呆れた視線を送った。
「取り調べ室、借りるよ」
「手配する。待ってろ」
桐生は、隣の部屋から二人の会話を見守った。田中は泣き、石原も誠心誠意を尽くした謝罪をしていた。部屋から出てきて田中を見送る石原の後ろでやるせない背中を見つめる。
その後、石原も諸々の手続きを終え、警察署を後にした。自惚れた夜から一夜明け、事件の終わりは桐生にとって、予想以上の事務的なものとなってしまった。それが酷く恐ろしかった。今回の警察介入を石原に責められると覚悟していたからだ。
「みょうに引きが良すぎないか」
胸騒ぎがする。桐生は、石原に電話をかけたがでない。折り返しもかかってこない。仕事も全く手につかない。結局、夜まで桐生のスマホが鳴ることは無かった。警察署を出て、石原の家に向かう。来客用の駐車場に車をとめ急いで部屋に向かう足が震える。インターホンを押すことも忘れ、ドアのレバーに手をかけた。
「俺の役目は先生の安全確保だ。今、このホテルで一番安全な場所はここだと思うんだけどな」
「……この前も思ったけど、桐生さんは、被害者を抱きしめることがあるのか?」
「警察官になってそこそこ経つが、先生が初めてだな」
視線が重なる。先に逸らしたのは石原だった。
「今日は締まりのいい格好をしているんだな」
「初めてだろ、俺の活動服姿。もっと見てもいいぞ」
「やめとく。思った以上に目の毒だ」
「どう言う意味だよそれ」
「いい意味だよ」
前会った時はスウェット姿だった桐生。それがいつものスーツでなく、今日は活動服。男から見てもその姿は格好良く見える。
「糸川先生的に言う「ドラマのような展開」ってやつだな」
「おい、だからどういう意味だ」
「教えない。それより、トイレに行かせてくれないか」
「一人で抜くのか? 手伝ってやるって言っただろ」
「だから仕事中だろ、あんたは」
軽口の応戦をしているが、石原の限界はそこまできていた。桐生が仕事中でなければ、とっくに前のようにおかしくなっている。桐生の腕から逃げようともがくと、シーツとそれが擦れる。
「ああッ!」
我慢の限界を越え、二度目の射精。しかし、収まる気配が全くない。
「はあ……はあ……本当に……退いてくれないか……」
「ここで抜けばいいだろ」
「仕事中に男が目の前で自慰をしているのを眺める警察官がどこにいるんだ」
「ここにいるな」
「……調子のいい男だな」
「嫌か?」
「嫌とかじゃなくて、仕事中にすることじゃないって言ってるんだ。見つかったら良くないだろ。俺のせいで、誰かが傷つくのはもう勘弁してほしい」
石原は、薬で頬を赤らめながらも、遠い目をしている。
「糸川の嫁さんか」
「きちんと調べてるんだな。そうだよ。もう田中先生に隠しきれない」
「あんたらしいな。でも、あんたが犯されて傷つくのを見てられない人間がいることも忘れんなよ」
「……」
「抱きたいところだけど、先生の意思を尊重する。トイレで出したいなら、行きな。手伝いがほしいなら、いつでも言え」
石原は、少し考えた後、「……俺も堕ちるところまで堕ちたもんだな」と言って、自身の性器に手を伸ばした。声が外に漏れて他の警察官が来ることを危惧し、石原はシーツを噛み締め、何度も桐生の腕の中で果てた。ようやく満足してぐったり桐生の胸にもたれかかった。
「ありが、とう」
「先生は最後までお人好しだったよ。堕ちてなんかいない」
「どうだか……」
「ずっとドアの外にいたけど、すぐに助けを呼ばなかった。元同僚のためとはいえ、狂気の沙汰だ」
「これだけが取り柄なんでね」
石原の意識が遠のいていく。糸川との最後のベッドを思い出し、石原は消え入りそうな声を出す。
「……でも」
「でも?」
「桐生さん以外に抱かれたくないと思ったから」
桐生は耳を疑った。
「もう一回言え。聞こえなかった」
石原を見ると、すやすや眠っている。自惚れてしまいそうな石原の発言。こんな時にまた不埒なことを考えてしまう。
「……俺も堕ちるところまで堕ちたな」
桐生は、ゆっくりと唇を石原に重ねた。
そしてシーツを片づけ、手の空いた刑事を無線で呼び、石原の服をお願いする。服を持ってきた警察官から今わかっていることを聞いて、口元を手で覆った。
「未遂だったみたいですよ。最後までしてはないって。でも、身体に性的な嫌がらせをしたから、何かしら裁かれるでしょうね」
「そうか」
手の下では、石原にとって自分がまだ特別な存在であることの喜びが隠れていた。
「不謹慎な男だな、俺も」
「何か言いました?」
「いや。何も」
桐生は、部屋のドアを静かに閉めた。
石原が目を覚ましたのは、それから数時間後。事情聴取のため、すぐに警察署に向かう。ようやく、いつもの状態に戻った石原は、何も言わない。警察署でも、淡々と事情聴取を受けた。被害届を出さないと言った時、桐生は、予想通りのため息をついた。
「残念だけど、現行犯だ。それに、すでに教育委員会には連絡いってるぞ」
「今回の件を考えると、そうだろうな。でも委員会のことだ。すでに処分した教師のことを庇う気はないだろ」
「ああ。先生に一任するとよ。後日、念のため、委員会にきてほしいそうだ」
「形だけの組織としての謝罪があるだけだ」
「……それと、糸川の嫁さんが会いたがっている」
「……」
「どうする」
「会うよ。俺の責任でもある。すくなくとも2回は不貞を働いたんだ。謝罪するよ」
「向こうは、別に先生に怒っているわけじゃない」
「そうだとしてもだ」
「取り調べ室使うか? もし逆恨みでもされたら、どうなるかわかんねえだろ」
「田中先生はそんなことしないよ……って言えば、桐生さんに「お人好し」「犯罪を舐めるな」って言われそうだな」
桐生は、その通りだと言わんばかりに、呆れた視線を送った。
「取り調べ室、借りるよ」
「手配する。待ってろ」
桐生は、隣の部屋から二人の会話を見守った。田中は泣き、石原も誠心誠意を尽くした謝罪をしていた。部屋から出てきて田中を見送る石原の後ろでやるせない背中を見つめる。
その後、石原も諸々の手続きを終え、警察署を後にした。自惚れた夜から一夜明け、事件の終わりは桐生にとって、予想以上の事務的なものとなってしまった。それが酷く恐ろしかった。今回の警察介入を石原に責められると覚悟していたからだ。
「みょうに引きが良すぎないか」
胸騒ぎがする。桐生は、石原に電話をかけたがでない。折り返しもかかってこない。仕事も全く手につかない。結局、夜まで桐生のスマホが鳴ることは無かった。警察署を出て、石原の家に向かう。来客用の駐車場に車をとめ急いで部屋に向かう足が震える。インターホンを押すことも忘れ、ドアのレバーに手をかけた。
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