不祥事防止につとめましょう!

ベンジャミン・スミス

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第十八話

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 数日後、石原は、糸川を個室のある居酒屋に呼び出した。不審に思われないようにいつもと同じような店。会話が漏れないように細心の注意を払った結果だった。
「飲む?」
「今日は遠慮しておきます」
「どうしたの? やけに真剣な顔をしているね」
「真剣な話をしにきたので」
「食事は?」
「それも大丈夫です」
「食事を楽しむために呼ばれたわけじゃなさそうだね」
 糸川は、メニュー表を元に戻した。石原は深呼吸をすると、早速本題に入った。
「もうやめてください」
「何が?」
「俺に何をしているのか知っています。証拠だってあります」
「そうか」
「証拠見せましょうか」
「結構だよ。君は嘘をつかないからね」
「では、認めるんですか?」
「君に薬を飲ませて興奮状態にし、体を開発した挙句、多量のアルコールをあらかじめ摂取させて記憶を無くさせていることをかな」
 石原は生唾を飲んだ。あっさり糸川が認めたからだ。
「そうです」
「認めるよ。事実だ。そもそも、もう隠す気もなかった。背中、大丈夫?」
「あまり気分は良くないです」
「そうか。でも僕は君を手放す気はないよ」
「どうしてですか。あなたには素敵な奥様がいる。俺も田中先生を裏切ることはしたくない」
「うちの妻はいい女だよ。きちんと僕を叱責し、更生を願ってくれている。石原君、君にそっくりだ」
「俺に?」
「君の生徒指導は、筋を通し、生徒にもう一度やり直す道を残す。従来のやり方とは違う。お人好しで優しさに溢れている。君だからこそなせる技だ」
「俺の生徒指導と今回の件に関係性があるとは思えません。きちんと答えてください」
「もう少し会話を楽しもうか。まずは、なぜ僕が田中先生と結婚したか教えよう」
 石原は糸川の話がどこに着地するのか見えてこない。
「彼女と出会ったのは、30代の前半だった。一緒の高校に勤務していて、僕のクラスの副担任を務めてくれていた。いつでも生徒の相談に乗り、解決するまで寄り添う彼女は、生徒からすれば光のような存在だったよ。僕にとっても眩しかった。ある日、一緒に食事をする機会があって、お酒も入っていたせいか、会話もプライベートなところまで踏み込んでね。彼女は未だ男性と付き合ったことがないことを知った。未経験の彼女を絆すのに時間はかからなかったよ。職場の先輩、しかも担任と副担任という近い存在との職場恋愛はドラマや恋愛小説のような刺激を与える。僕からすれば理解できなかったけど、未経験の彼女には夢のような恋の始まりだった。ドラマのヒロインになった気分だったんだろうね。僕もその気持ちに答えた。紳士を装い、その日は男の本性を隠して、彼女と手だけ繋いだ。頬を染めるあの子はとても可愛らしかった」
 石原の田中先生に関する認識は糸川と一致している。生徒に寄り添う教師だ。
「順当に関係を深め、いよいよ彼女を抱く時が来た。まだ誰も触れていない体は痛がり、そう上手くはいかなかった。けど、それは逆に真っ白なものを好きな色に染められることを意味している。従順なあの子は、僕の言いなりだった。最高に興奮したのは、あの子の顔に僕の性液をかけた時だった」
「すみません。そういうのは割愛して、結論だけお願いしてもいいですか」
「僕の性癖に付き合ってくれよ。つまりは、誰かを自分で染めたいんだ。それは白ければ白いほどいい、光っていれば光り輝くほどいい。堕としてしまいたいんだよ、自分の手で」
 糸川は自分の手を見つめながら震え始める。
「あの子は最終的に教室で僕を求めるほどに成長したよ。それなら次のステップだ。中に出したい。でもそれだけは拒まれたんだ」
「まさか、中に出したくて結婚したんですか」
 糸川が微笑む。どこまでも狂っている男だった。
「もしくは、他の男に抱かれた彼女を抱いてみたかった」
「田中先生は浮気や不倫をする人ではない」
「そうなんだよ。だから結婚という道でしか僕の欲求を満たすことはできなかった」
 石原は田中先生が結婚した時のことを覚えている。田中先生が石原のいた高校に転任して一年目の出来事だった。もちろん、糸川のことなど知らない。「同僚が、同業者と結婚する」というだけだった。その後、十数年の時を経て、石原と糸川が同じ高校で勤務することとなり、何かのタイミングで糸川の妻が田中先生であると知った。
「結果的に僕は彼女でにできることはほとんどし尽くした。同時に性欲が収まらなくなった。新しい刺激を求めた結果ーー」
「あの盗撮事件を起こしたんですか?」
「あの事件は微かに持て余した性欲が起こしたことだ。盗撮という新しい境地だったよ。詰めが甘くて失敗したがね」
「では何をしたんですか」
「君に目をつけたんだ石原君。僕が青鳥高校に赴任した時、妻と同じように輝く君を犯したくなった」
 どうして糸川が石原に手を出したのか、ようやく話が繋がった。
「君が酒で記憶を飛ばしたあの日、僕の中で何かが弾けた。再び、あの興奮が蘇ってきた」
 糸川の手が石原の方に伸びてくる。石原は咄嗟に身を引いた。
「今度の僕は既婚者だ。バレてはいけない。時間はかかったけど、君は着実に堕ちていった」
「俺は、酔い潰れて糸川先生に迷惑をかけたと思っていました」
「ああ。確かに酔い潰れた君をホテルに運んで翌日感謝されたね」
「記憶はありませんでした。親切な人だと思っていた」
「最初はホテルに送っただけだったからあっているよ」
「でも次からは違うんですね」
「そうだね。二人で飲みに行くことが多くて不思議に思わなかったのかな?」
「教務主任と指導主事という関係から、自然とそうなったものと思っていました。それに、粗相があってはいけないと飲む量も控えていたはずなのに俺はいつも先生の世話になっていました」
「酒に混ぜていたものに、吸収を良くする成分が含まれているのがあってね。確実に欲情させるために混ぜたつもりだったけど、アルコールにも働いたみたいだ」
「体に何かされた形跡も残っていなかった」
 桐生と初めてした翌日は体に激しい痛みが残っていた。しかし、糸川との後にはそのような痛みが全くなかった。
「ゆっくり開発していったから。いい体になったでしょ? 乳首でも、後ろの穴でも感じられる。おまけに男のものを上手に咥える術も身につけさせた。僕の諸行の証拠は動画かな? 音声かな? どちらにしても君が激しく乱れる体になったことに間違いはないはずだ」
 糸川は嬉しそうに、そして頬を興奮で赤らめながら聞いてくる。石原は、一緒に働いてきた教師の本性に動じる姿勢を表に出さず見つめた。
「おしまいにしましょう。俺は、もう田中先生を裏切れません」
「「もう」か……つまり、この前は、知ってて僕を誘ったわけだ。先日のは自分から不倫関係を持ったということであっているかな?」
 糸川の瞳が意地の悪い光を放つ。痛いところを突かれた石原は、思わず肩を震わせてしまった。
「君は本当に素直だ」
「お願いします。警察にも言いません。だから穏便に済ませましょう」
「……条件がある」
「なんでしょうか」
「今から君を抱かせてくれないか?」
「もう十分抱いたでしょう」
「残念だけど、最後まではしてないんだよ」
「え?」
 石原が動画で撮影したのは前回のみ。確かに最後までされなかった。しかしそれは、前回に限りだと勝手に思っていた。
「だから、君と最後まで繋がらせてくれないか。そしたらもう何もしない」
 糸川がにこりと笑う。石原の脳内に一瞬だけ桐生がちらつく。そして再び既婚者と体を重ねることへの背徳感が押し寄せる。
「……」
「どうする?」
「……それで、もう終わりにしてくれますか?」
「ああ」
 石原はぐっと拳を握り、脳内の桐生と背徳感を振り払う。
「分かりました」
 糸川が興奮で短く息を呑む音が聞こえる。
 そして二人は店を出て、近くのビジネスホテルへと向かった。
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