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第七話
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石原と夜を過ごした翌日。桐生は刑事課で大きな欠伸をした。
「寝不足か? この前の事件はかなり体力削られたもんな」
隣のデスクで相棒の佐藤が声をかけるてくる。
「けど、お前、定時過ぎに退勤してなかったか?」
「私用があったからな。早めに調書関係が片付いてくれてよかった」
「間に合ったか?」
「間に合ったというより、相手が来るのが遅かった」
約束などしていない。しかし、待たされた割に桐生の表情は柔らかい。
「女か?」
「は?」
「いや、そんな顔していたから」
「なわけねえだろ」
「それもそうだな。お前に女は無縁だ」
「そこで認めるのも癪だけどな」
「どんな用事かは知らないけど、仕事はしてくれよ。とりあえず受付に行ってくれ」
「何で?」
「さっき内線が入ってた」
「いつだ」
「一時間前」
「お前こそ、ちゃんと仕事しろよ」
「いやあ、嫁さんが寝かしてくれなくて。ご無沙汰にさせてしまってたからなぁ」
佐藤はにやにやしながら頬をかいている。
「既婚者は大変だな」
そう言いながら桐生は刑事課を出て、警察署入口の受付に向かった。階段を下りながら昨日の夜のことを思い出す。
激しい交わり。乱れていく教師の淫靡な姿。仕事中だというのに、体がじんわりと熱を持ってしまう。おかげで最後の段を踏み外した。
「刑事課の桐生だ」
そういうと受付の警察事務の女性は真顔になった。
「もうお帰りになりましたよ」
「は? 誰か来ていたのか?」
「一時間ほど前に、刑事課の桐生さんに来客がありました。内線で呼びましたよ」
「出たのは佐藤だろ」
「では、佐藤さんにきちんと言っておいてください。伝言はすぐに伝えるよう」
今日の受付にいる事務員は言い方がきついのと説教が長いことで有名だ。佐藤が小言を言われたくなくて、わざわざ桐生自身に受付まで行くように言ったことがわかり、桐生は舌打ちをした。
「舌打ちするくらいなら……」
「分かったよ。佐藤に言っとくから勘弁してくれ。俺も被害者だ」
「まったく……来客の方ですが、「もう一度お呼びしましょうか?」と聞いたら「いや、いい」と言われて、落とし物を受け取って帰られましたよ」
「落とし物? 誰だ、そいつ」
「青鳥高校の石原先生という方でした」
「何で、呼ばねえんだよ!」
思わぬ人物の名前に、桐生は大きな声を出してカウンターから身を乗り出してしまった。同時に事務員のこめかみに青筋が浮かぶ。
「やばっ」
結局、桐生は桐生で説教され、戻ってくるのが遅いと遠くから様子を見ていた佐藤も見つかり、二人で御用となった。
最悪な気分で仕事をする羽目になった二人。佐藤が先に退勤、桐生は時計が夜の九時を回るころに退勤の支度を始めた。
「もうそろそろいいだろ」
遅くまで仕事をしていたのは時間を潰すため。家には帰らず、桐生は昨日と同じ場所に向かっていた。
窓から明かりが漏れている。石原はすでに帰宅しているようだ。インターフォンを鳴らし、荒々しくドアを叩く。ドアの向こうから「何の用だ?」と声がする。開けてくれる気はゼロのようだ。
「今日、うちに来ただろ」
「ああ」
「俺に何か用があったんじゃないのか?」
「特に。あいさつだけでもと思っただけだよ」
桐生は、石原と会えなかったから家を訪ねたわけではない。石原が引き取った落とし物が何かを知り、疑問を抱いたから来たのだ。石原が引き取ったもの、それは──
「指輪、あんたのだったのか?」
「そうだよ」
初めて肉体関係を結んだとき、持ち主不明で、不倫をしたと勘違いした指輪だった。あの時は、石原も桐生も指輪の持ち主が自分であることを否定していた。
「嘘だろ。あの時は否定したじゃねえか」
「……」
「開けてくれ。ドア挟んで話す内容じゃない」
「だったら帰ればいいだろ」
「帰らねえ」
「しつこい」
石原が鍵を開ける気配がしない。桐生は深く深呼吸をすると、ドアのハンドルに手をかけた。
「寝不足か? この前の事件はかなり体力削られたもんな」
隣のデスクで相棒の佐藤が声をかけるてくる。
「けど、お前、定時過ぎに退勤してなかったか?」
「私用があったからな。早めに調書関係が片付いてくれてよかった」
「間に合ったか?」
「間に合ったというより、相手が来るのが遅かった」
約束などしていない。しかし、待たされた割に桐生の表情は柔らかい。
「女か?」
「は?」
「いや、そんな顔していたから」
「なわけねえだろ」
「それもそうだな。お前に女は無縁だ」
「そこで認めるのも癪だけどな」
「どんな用事かは知らないけど、仕事はしてくれよ。とりあえず受付に行ってくれ」
「何で?」
「さっき内線が入ってた」
「いつだ」
「一時間前」
「お前こそ、ちゃんと仕事しろよ」
「いやあ、嫁さんが寝かしてくれなくて。ご無沙汰にさせてしまってたからなぁ」
佐藤はにやにやしながら頬をかいている。
「既婚者は大変だな」
そう言いながら桐生は刑事課を出て、警察署入口の受付に向かった。階段を下りながら昨日の夜のことを思い出す。
激しい交わり。乱れていく教師の淫靡な姿。仕事中だというのに、体がじんわりと熱を持ってしまう。おかげで最後の段を踏み外した。
「刑事課の桐生だ」
そういうと受付の警察事務の女性は真顔になった。
「もうお帰りになりましたよ」
「は? 誰か来ていたのか?」
「一時間ほど前に、刑事課の桐生さんに来客がありました。内線で呼びましたよ」
「出たのは佐藤だろ」
「では、佐藤さんにきちんと言っておいてください。伝言はすぐに伝えるよう」
今日の受付にいる事務員は言い方がきついのと説教が長いことで有名だ。佐藤が小言を言われたくなくて、わざわざ桐生自身に受付まで行くように言ったことがわかり、桐生は舌打ちをした。
「舌打ちするくらいなら……」
「分かったよ。佐藤に言っとくから勘弁してくれ。俺も被害者だ」
「まったく……来客の方ですが、「もう一度お呼びしましょうか?」と聞いたら「いや、いい」と言われて、落とし物を受け取って帰られましたよ」
「落とし物? 誰だ、そいつ」
「青鳥高校の石原先生という方でした」
「何で、呼ばねえんだよ!」
思わぬ人物の名前に、桐生は大きな声を出してカウンターから身を乗り出してしまった。同時に事務員のこめかみに青筋が浮かぶ。
「やばっ」
結局、桐生は桐生で説教され、戻ってくるのが遅いと遠くから様子を見ていた佐藤も見つかり、二人で御用となった。
最悪な気分で仕事をする羽目になった二人。佐藤が先に退勤、桐生は時計が夜の九時を回るころに退勤の支度を始めた。
「もうそろそろいいだろ」
遅くまで仕事をしていたのは時間を潰すため。家には帰らず、桐生は昨日と同じ場所に向かっていた。
窓から明かりが漏れている。石原はすでに帰宅しているようだ。インターフォンを鳴らし、荒々しくドアを叩く。ドアの向こうから「何の用だ?」と声がする。開けてくれる気はゼロのようだ。
「今日、うちに来ただろ」
「ああ」
「俺に何か用があったんじゃないのか?」
「特に。あいさつだけでもと思っただけだよ」
桐生は、石原と会えなかったから家を訪ねたわけではない。石原が引き取った落とし物が何かを知り、疑問を抱いたから来たのだ。石原が引き取ったもの、それは──
「指輪、あんたのだったのか?」
「そうだよ」
初めて肉体関係を結んだとき、持ち主不明で、不倫をしたと勘違いした指輪だった。あの時は、石原も桐生も指輪の持ち主が自分であることを否定していた。
「嘘だろ。あの時は否定したじゃねえか」
「……」
「開けてくれ。ドア挟んで話す内容じゃない」
「だったら帰ればいいだろ」
「帰らねえ」
「しつこい」
石原が鍵を開ける気配がしない。桐生は深く深呼吸をすると、ドアのハンドルに手をかけた。
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