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第二十五話

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 先に折れたのは桐生だった。桐生の作戦では「美味いラーメン屋があるから行かないか?」で再び顔を合わせる手はずだった。しかし普段から喧嘩ばかりの二人。そう上手く行くはずもなく。
「この前、あんたのとこの生徒が万引きしただろ?」
 嫌な情報を第一声に電話でかましてしまった。
『それならもう謹慎処分済みですけどね』
「仕事が早いな」
『早い? あれにどれだけ苦労したか。嫌な終わり方だった』
 電話口で溜息が聞こえる。「あれ」──万引き事件は、授業の空き時間の全てを使って生徒指導会議を繰り広げた事案だった。該当生徒の担任が若く、年配教師に指導不足を指摘され、処分検討の議題から大きく逸れた会議だった。軌道修正を図るも、嫌味が飛び交い、最後は生徒指導主事石原の独断で処分が決まってしまった。
「あんたが難航するなんて珍しいな」
『教師なんてみんながいい人ってわけじゃない。時に教師の敵が教師になることだってある。とりあえず全力は尽くしたさ』
「先生のそういうところ好きだけどな」
 こんな言い方なら「好き」だと簡単に伝えられる。しかしこれでは石原に伝わらない。
『で? あんたはそれを言うためだけに電話してきたのか』
 案の定、桐生の想いはスルーされた。
「……」
『最低だな』
「何も返事してないだろ」
『長話は今度でいいか? 悪いけど、今から部活なんだ。それにさっきの謹慎生徒も登校しているから指導しないといけない』
「休日もお疲れ様なこった。夜は会いてんのか?」
『夜なら』
「じゃ、いいところ連れてってやるよ」
『……風俗じゃないだろうな』
「警察官と風俗を結びつけるんじゃねーよ」
 桐生は不機嫌な声を放った。それに桐生は石原しか抱くつもりはない。そんな一途な思いが全く伝わっていないことを再び痛感し腹が立つ。
「俺以外にあんなイきまくる顔をみせるつもりなのか?」
『?! は、はああ?!』
 嫉妬のつもりで言ったのに日頃の行いが悪いせいでまた嫌味にとられてしまう。
「つうか風俗じゃねーよ。飯食いに行こうってだけだ。美味いラーメン屋があんだよ」
『なんだ、そういうことか』
「やらしい先生だな」
『ッくそ』
「けどよ。飯食ったら先生んち行くから、あながち間違ってないかもな」
『……』
「そのまま期待しといてくれ」
『誰も期待なんかしていない!』
 きちんと目的のゴールにたどり着き、桐生は一安心した。電話口で慌てる石原を愛しく思う。また嫌味をお見舞いしてせっかくの約束が台無しになってはいけないと、電話を切った。その数分後、時間の約束をしていなかったと思い出す。電話をもう一度かけようとした時、今度は石原から電話がかかってきた。
『悪い。今夜、無理になった』
 桐生は、スマートフォンを握りつぶしそうになった。

***

 桐生が怒っているとも知らず、石原は電話を素早く切った。そして電話をかけた生徒指導室の天井を見上げる。謹慎に入っている生徒は休日の奉仕活動を終わらせ帰宅した。今は生徒が座っていた椅子に若い教師がうなだれている。
「大丈夫か?」
「はい。すみません」
 若い教師の目元は腫れている。この教師こそ、例の担任だ。そして……
「泣く姿を見るのは卒業式以来だな」
 石原の教え子でもある。
「弱いですよね」
「そんなことはない。あの生徒指導会議でよく耐えたと思う。神崎先生は強かったよ」
「先生が守ってくれたから」
「別に守ったわけじゃない。生徒が万引きをした以上、それは生徒指導主事である俺の日頃の指導方針にも問題があった。だから神崎先生だけが言われるのは違うと思っただけだ」
「……俺はてっきり教え子だから甘やかされて守られているのかと」
「教え子だからと特別扱いする気はない。同じ一教師として扱っているつもりだ」
「でも、さっき約束断ってたじゃないですか?」
「あれは……」
「先約断ってでも、俺とご飯に行ってくれるんでしょ?」
 神崎は指導後、石原に先日の会議の件を謝罪した。その途中、自分の不甲斐なさに胸がいっぱいになり涙が溢れた。ゆっくり話をききたかった石原だったが、この後桐生との約束がある。喧嘩の仲直りをするチャンスだった。しかし教え子は見捨てられない。石原は「気晴らしにご飯に行こうか」と簡単に桐生を切り捨てた。そしてすぐに桐生に断りの電話。
「……教え子はやっぱり可愛いもんだからな」
「やっぱり特別扱いしてる」
「今はな。職務上はしていない」
「これはプライベートってことでいいですか?」
「え? ああ、ん? そうなるのか?」
 少し違う気がすると首を傾けた石原。プライベートと聞いてまず最初に浮かんだのは桐生の顔だった。しかし、神崎が石原の腕を掴み、その存在を消し去る。
「ありがとう先生」
 教え子に頼られ石原は嬉しくなる。腕を掴みお礼を言う神崎はまだ項垂れているが声に覇気が戻っていた。もちろん石原は、その下の表情がとても怪しく微笑んでいることに気付いていない。
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