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第二十三話

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 桐生の電話番号を登録した日から、二人はメッセージアプリでやり取りをするようになった。今思い返せば、お互いの連絡先を知らないのに、食事や行為をあれだけ重ねられたものだと石原は感心する。
 部活を終え、スマホを見ると、桐生から数日ぶりに連絡が来ていた。数日前は、「出張で大阪にいる」というメッセージとともに、関西国際空港の写真を送ってきた。名物や観光地ならともかく、どうでもいい空港の写真に石原は首を傾げたのを覚えている。それからは、仕事が忙しかったのか、連絡は途絶え、現在画面には「土産あるから、持っていく。夜、あけといてくれ」というメッセージが表示されていた。石原は、期待を込めて無意識に腰を撫でてしまう。
 夜になり、桐生が石原の家に来た。玄関から先に行こうとしない。
「入らないのか?」
 大阪土産の豚まんの紙袋を受け取った石原が聞くと、桐生は外へ出るように促した。冷蔵庫に土産をしまった石原が外に出ると、車に乗るよう言われた。
「飯か?」
「腹減ってんのか?」
 家に来ればすぐに行為が始まると思っていた石原は、既に食事の後だった。
「いや、別に」
「俺ももう済ませた。少し付き合って欲しいところがある」
 どこへ行くかは教えてくれなかった。そのまま数十分走り、車はホテル街へ。そして、あるホテルの駐車場に滑り込んだ。する場所が変わっただけだと、石原は思いながら、桐生のあとについていく。
「男同士でも大丈夫なのか?」
「このホテルは大丈夫だ」
 石原の胸がズキリと鳴る。「他の男と来たのか?」という言葉を必死に飲み込んだ。自分たちの関係は所謂「大人の関係」だ。桐生が他で何をしようと、石原がそれを咎めることはできない。目の前では手馴れたように桐生がスクリーンで部屋を選んでいる。
「ここがいい」
 迷うことなく1つの部屋を選ぶ。石原は、苦しくなる胸を押さえつけながら、部屋までの階段を登り、行為をするためだけの部屋へと足を踏み入れた。
 石原にもラブホテルに来た経験は何度もある。そのどれも終わりを迎えた関係だったが、記憶のラブホテルを辿ると、今の内装はだいぶ変わっていた。増えたアメニティに、コスプレ衣装、食事まで頼める仕様になっている。桐生は、石原の家同様、我が物顔で部屋を彷徨いている。
「シャワー浴びてこいよ」
「家で済ませてる」
 既に準備できている石原に、桐生は近寄り、腰に腕を回した。
「久しぶりだから、激しくなるかもしれねーけど」
「……」
 本当に久しぶりなのか……石原は疑いの目を向けてしまう。
「そんな目すんなよ。痛くはしねーよ」
 男二人が、大きなベッドの上へ移動する。それだけで激しく軋んだ音を出す。その音を合図に、桐生が唇を重ねてくる。最初は浅いキス。段々と激しくなり、首筋を這いながら、石原を食べるかのように楽しんでいる。愛撫は上半身へ移動し、しばらくそこで留まる。石原が達してしまいそうなほど念入りに、大切に2つの突起が手のひらと舌先で転がされる。
「いい加減にしろ……しつこいぞ」
「気持ちがいいくせに」
「ッ!」
「ここも、凄いことになってる」
 反り立った性器は大きな手に包まれ、上下に扱かれる。
「んぁ……くっ……やめ、ろ」
「……今日は気分じゃないのか?」
 不安そうな桐生の視線と目が合う。
「ちが……う」
「なら、こっちもいいか?」
 自分のも触って欲しいと、桐生は自身の雄を差し出した。糸川のおかげで、フェラだけは技術がついている。見知らぬ相手に、ライバル心を燃やし、石原は桐生のそれを口に含み丁寧に舐めた。時折、桐生の短い声が漏れると口角が上がりそうになる。
「いれたい」 
「どうぞお好きに」
 久しぶりの性行為。石原は、頭の片隅に嫉妬を追いやり、行為に耽った。
 行為後、シャワーを浴びようとベッドから抜け出す石原を桐生が後ろから抱きしめる。
「ちゃんと食ってたか?」
「桐生さんは?」
「大阪には捜査で行ってたから、ずっと外食だった。たこ焼きとかお好み焼きとか串カツとか」
 相変わらずどうでもいい様な話を桐生は石原を抱きしめながら続ける。
「そういえば、あれすごかったぞ。なんちゃらハルカス」
「なんだよ、それ」
「でっかい商業ビルみたいなやつなんだけど、宿泊施設もあって、そこに泊まった。景色が、すごかった」
 桐生が夜景の写真を見せてくる。大都会の夜景はとても美しく、端に映る部屋も小洒落ていた。本当に仕事で泊まったのか疑いたくなる。
「よかったな」
 桐生を引き剥がし、石原はシャワーへ向かった。ノズルを勢いよく回し、ため息を吐く。
「誰とあんな夜景が綺麗なところに行ったんだ」
 自分たちの関係には不必要な感情。前ならこんな気持ちになることは無かった。桐生と身体を重ね始めて数回目の頃。石原がまだ糸川との関係を疑っている時あたりから、桐生は石原を抱きしめたり、やたらキスをするようになってきた。事件後は、さらに行為に変化が生じた。愛撫が優しすぎるのだ。顔を合わせば口喧嘩があるのは前と変わらないのに、キスや丁寧な愛撫、事後のスキンシップがやたら増えた。
「俺以外、抱く気がないとか言ってたくせに。どこであんなこと覚えてきてるんだ」
 自分でも嫌になる感情が渦巻く。41歳にもなって割り切れない己に嫌気がさす。
「割り切れ。絆されるな」
 石原は、桐生が今日つけたであろうキスマークを痛いくらい洗った。

 石原が自己嫌悪に苛まれている頃、桐生は夜景の写真を見ながらボヤいていた。
「一緒に泊まってたやつが佐藤じゃなければなあ」
 桐生は、相棒の佐藤と一緒に大阪出張に行っていた。
「やば。佐藤に電話しねーと」
 石原との逢瀬ですっかり忘れていた男に電話をかける。
「もしもし、今大丈夫か?」
『おー、桐生。お疲れさん。いやぁ、今回の出張は、骨が折れた上に、災難だったな』
「災難なんかあったか?」
『綺麗な夜景に、洒落たホテル、美味い飯、捜査の一環でハシゴしたどエロいラブホたち……なのに、どうして隣に居るのがお前だったのか。嫁さんならなー、最高だったのに。俺からすれば災難だ』
「切るぞ」
『切ってもいいけど、用があるのはお前の方だろ?』
「今、例のホテルに来てる。同じ系列のだ。とりあえず同じ部屋を物色したけど、大阪のと同じだな。設計は真似てるんだろ」
『えっ? やっとこっち戻ってきたのに、お前単独で捜査してんのか?』
「……失礼なやつだな。まだ俺がそういうのに無縁だと思ってんのか」
『女ができたのか!?』
 佐藤が大声を出したので、桐生はスマホを耳から離した。
『嘘だろ! そんな素振りなかったじゃないか! いつだよ!』
「最近」
『最近って……かなり忙しかっただろ。糸川の再捜査に、今回のラブホの経営者の捜査。後者は難航してるしな。桐生、意外に器用なんだな』
「いちいち失礼な男だな。とりあえず、こっちのラブホの内装はまた明日伝える。他調べて欲しいことあるならと思って電話しただけだ」
『他にか……それなら──』
 仕事の話を終え、電話を切る間際、佐藤が嬉しそうな声を放つ。
『大切にしてやれよ』
「してる」
『ただでさえ、刑事は忙しいんだ。愛想つかされんなよ』
「向こうの方が忙しい」
『それなら、長電話はおじゃま虫だな。また明日』
 電話を切り、桐生は、まだシャワーの音がする浴室を見つめた。
「言われなくても大切にしてる……はずなんだけどな……なんであんな素っ気ないんだ」
 桐生は、石原とのやり取りを見返した。海の上に造られた関西国際空港の景色を共有したくて送った写真とメッセージにも、石原は素っ気ない返事を返している。綺麗だと思った夜景の写真の時も。性行為も、石原を気遣い丁寧にしているつもりだ。
「付き合ってんだから、キスも抱きしめるのも当たり前にしていいよな」
 身体だけの関係だった時は、頼って欲しい時だけしていた。糸川の事件後、倫理的に良くない関係に、きちんと名前がついたと思っている桐生。
「この年齢で付き合うってこんなもんなのか?」
 桐生は、35歳。石原とは6歳離れている。軽口を叩いているが、相手は年上の男だ。こんなものなのかと若干の寂しさを覚えてしまう。 
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