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第二話
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石原は最悪の朝を迎えたホテルから急いで帰宅し、着替えを済ませるとすぐに学校へ向かった。世間は休み。しかし部活動の顧問を任されている石原には関係ない。学校に一番乗りし職員室を開ける。デスクは常に綺麗にしてあり、生徒指導関係のファイルがびっしりだ。
石原は静かな職員室を見渡した後、管理職席に視線を移した。副校長・教頭と並び、教頭の隣の席はきれいさっぱり片付いている。人気のないその席は教務主任のデスク。先日不祥事を起こし懲戒免職になった男――教務主任・糸川の席だ。
「はあ」
石原はどんよりした溜息を吐いた。昨夜の失態がどうしても頭から離れないのだ。糸川の席を見ればなおさらこびりつく。こんな短期間で主任と主事がしでかせば大騒ぎだ。
だが、仕事は待ってくれない。けたたましく職員室内の電話がなる。生徒からの部活の欠席連絡かもしれないと、石原は気持ちを切り替えて電話に出た。
「おはようございます。県立青鳥高等学校の石原です」
『あっ? おお、先生か。ちょうどよかった』
生徒ではない。瞬時に理解した。若さの無い乾いた低い声、それに礼儀のなっていない態度。いつもなら怒りが湧きだすはずなのに、今日は血の気が引き、石原の返事をする声を奪ってしまった。
『青鳥署刑事課の桐生だ。あんた、今日部活か?』
「……」
『聞いてんのか』
失礼な口の利き方を咎めるより前に、石原に一つの希望が見えた。桐生のいつも通りの話し方から昨日の記憶がないと思ったのだ。
『今日暇か?』
「暇なら学校にいませんけど。推理が苦手な刑事だな」
『よく言うぜ、あんただって昨日、夜中にゲーセンうろついてた生徒を見逃したくせによ』
「はああ?!」
石原はもう一度記憶を呼び覚まそうと躍起になった。だが、飲み会会場のあとからの記憶が盗まれたようになくなっている。
桐生と行為に及んだだけではない。まだ他に何か失態をしている。相手が桐生でなければすぐに聞き出すところだが、この男にだけは頭を下げたくなかった。
『その件で話がある。深夜徘徊の生徒を見逃したなんて不祥事は勘弁だろ?』
「俺を脅す気か?」
『来るのか、来ないのか』
返事を急かすように電話口の刑事は早口になった。
「考える暇も与えてくれないわけだ」
『そもそも考える余地もないだろ。答えは一つだ。来い』
有無を言わさぬ命令形。石原は従うしかなかった。
「分かった。どこに行けばいい」
『今夜八時、駅前だ』
「それなら問題ない。部活は終わっている」
仕事に支障が出ず、安堵する石原。
『相変わらず熱心な先生だ』
「何か言ったか?」
『いや、別に』
桐生の声は少し呆れていたが、石原には届いていなかった。
そして約束の時間に石原が駅前に行くと、すでに桐生は来ていた。相変わらずヤクザのような人相にスーツ姿。駅前を歩くサラリーマンとは纏っている空気も違う。
「お疲れさん」
「どうも」
大人しい桐生に、石原は疑心暗鬼になる。
「こっちだ、こい」
「どこに連れてく気だ」
桐生が顎でしゃくった先にはビジネスホテル。
「はっ?」
「行くぞ」
桐生は石原をビジネスホテルに連れ込もうとする。
「勘弁してくれ!」
やはり昨日のことを覚えているのではと疑いかけたが「ゲーセンの件、他の奴に聞かれちゃ不味いだろ」と言う言葉に、抵抗の色を消し、二人でホテルの一室に入った。
「ゲーセンの件、話す前に確認したいことがある」
「なんだ」
「記憶なしか?」
「記憶? あっ、昨日のホテルか?」
「そうだ」
「……ない」
「何だよ今の間は!!」
「桐生さんはあるのか!?」
「ねーよ! けど……」
桐生はグッと唇を噛み締める。
「何も無いってわけじゃないことは分かってる」
「それは俺もだ」
どっちが抱いたのか、抱かれたのか。無理矢理だったのか、同意の上だったのかも分からない。ただ、何かしらの肉体的な交わりがあったのだけは確かだ。石原も急に恥ずかしくなり、桐生から目を逸らし「抜きあっただけとかじゃないよな」と零した。
「それはないだろな」
「だよな。腰も尻も痛かったし」
「は? 腰だけだろ?」
石原だけ痛みの箇所が多い。この発言でどちらが抱かれたのか明確になった。
「さ、最悪だ。俺が抱かれたのか」
「……あの金は、俺があんたを買ったってことか?」
「金? いや、それは違う。ホテル代と迷惑料的な意味だ。じゃないと売春だろ」
石原は自分が抱かれてしまったという事実から立ち直れない。
「絶対に何かの間違いだろ。何で俺があんたに……」
石原は恨めしそうに桐生を睨みつける。
「もしかして、刑事さんは経験があるとか?」
「俺が男と? あるわけないだろ」
「経験があるから尻に全く違和感がないだけって可能性もあるだろ」
「そもそも男としたことがないっていってるだろ。だいたい、先生に抱かれるほど鍛え方は間違ってない。断言したくないが、抱いたのは俺だ」
「俺だって経験ないのに、あんたに身体を許すわけないだろ」
「酔ってたからだろ」
「だとしても腹が立つ……ていうか、強姦になるんじゃないのか?」
その言葉に桐生がピクリと反応する。石原は面白そうに「強姦だなー」と揶揄った。その瞬間、背中をドンと押され、石原の視界は白い海になった。柔らかいベッドに身体が沈む。
「え?」
石原は身の危険を感じ急いで身体を翻した。しかし、左右の退路は桐生の大木のような腕で塞がれてしまう。思った以上に桐生との距離が近い。整髪剤や柔軟剤の香りがダイレクトに伝わり、接近を嗅覚からも教えてくれている。
「何してんだ! 警察官だろ!」
「もう一度抱かせろ」
あっけらかんと言った桐生は、憤慨する石原のシャツのボタンに手をかけた。
「お、おい!」
「強姦はしねーよ」
しかし、今まさに石原は桐生に服を脱がされかけている。
「待て待て待て! その手はなんだ!」
状況が飲み込めない石原。さすがに強引すぎたかと、桐生は舌打ちをしながら頭をかき、悪態をつく。
「俺だってしたくねーよ。でもあんたとセックスしなきゃならねーんだ」
「悪いが状況が全く掴めない」
「あんたと同意の上でセックスがしたい」
「はっ? えっ、同意?」
「とりあえず抱かせろ。そしたら昨日のゲーセンの話をしてやる」
詳しい説明もなしに行為を何度も迫られ石原の脳内が沸騰する。勢い任せに腕を振り回し桐生を退けようとするが、虚しく空をかき、手首を捕らえられてしまった。
「諦めな」
どれほど力を入れても屈強な握力から逃れられない。刑事の力は強く、教師ではどうにもならなかった。しかし石原は首や足をばたつかせ悪あがきをする。桐生はそんな石原に初めて焦りの声を発した。
「頼む。察してくれ」
「……ああ、なるほど」
石原にとっては男のプライドだけの問題。しかし、桐生は記憶がないとはいえ強姦の可能性がある。つまり不祥事の瀬戸際に立たされているのだ。同意の上でセックスする相手だという確かな証拠が桐生には必要なのだ。
「もういいよ。口外する気ないし」
「俺はいつも先生を揶揄っている。腹いせに被害届を出すかもしれないだろ」
「しないよ」
「信じられるわけ無いだろ」
桐生は職業柄、簡単には人を信じない。
「じゃあ、どうするんだ。俺はもう抱かれたくないんだけど」
「交換条件として、昨日のゲーセンの話をするってのは?」
「口外しない条件で、ゲーセンの話をするのは無しなのか?」
「それは、俺にリスクがありすぎるだろ。あんたが約束を守る確証はない。今の俺には同意の上のセックスしか思いつかない」
「最初からそのつもりでホテルに連れ込んだな」
「悪いとは思ってる」
「……ああ、もう気色悪いな。しおらしくなるなよ。いつものあんたでいてくれ。俺相手にその用心深さは不要だ」
石原は、どうにかすれば収めれそうなことを、きちんと説明して解決しようとする桐生に同情の眼差しを向けた。同時に、職場で不祥事が起きた時の大変さを知っている身として、他人事でもなかった。本当に口外するつもりがないのに、頑なな桐生に腹を決める。
「とりあえず酒頼んでくれ。酔わんとやってられん」
「あんた酒に弱いだろ」
「弱くはない。でも、昨日の記憶がないってことは、なんかあったんだろ」
「飲んでるのに走ってた」
「ゲーセンでか?」
「それ以上は秘密だ」
「まあ、いい。生徒の話が秤にかけられているなら、答えは決まってる」
石原は内線でかなりの酒を頼んだ。
「あとは、どうしたらいい? 紙にでも書けばいいのか? 同意の上でセックスしますって」
「できれば酒を無しにしてほしい」
「それは無理だ。男と素面でするなんて勘弁してくれ」
「俺はあまり書面は信じない」
「紙だしな。どうとでも偽装できる」
「……動画はダメか?」
「カメラに向かって言えばいいのか?」
「いや。やってるところ撮らせてくれ」
「……桐生さん、そんな趣味があるのか?」
石原は、桐生を異物を見るような目で見た。
「あるわけないだろ! けど、きちんとあんた自身が写って、肉声が入る! 確実な証拠になる!」
「わかった! わかったからそんな必死にならないでくれ! こっちが恥ずかしくなる! でもそれでいいのか?」
「俺は問題ない。ただ、酒が心配だ。もし、変なこと口走ったら、もう一度撮り直すことになる」
「いや、そうじゃなくて……嫁さんがいるだろ?」
「はあ?」
「だって指輪つけてただろ。ん? 今日はしてないのか」
桐生はズボンのポケットからリングを取り出した。
「俺のじゃない。これは先生が持ってたやつだ。でも、先生も結婚してないだろ。心当たりがないなら預かっとく。飲み会で紛れたのかもしれないしな」
「全くない。昨日参加した教師に既婚者もいない。それより何で知っているんだ」
「あ?」
「俺が独身だって」
「そんなことか。調べたんだよ。警察なめんな」
鼻で笑う桐生だったが、石原もにやりとする。
「なるほど。既婚者抱いたと思って慌てて戸籍を取り寄せたわけだ。取り越し苦労で残念でしたね」
図星。桐生は頬を痙攣させた。
石原は自分も桐生が既婚者だと勘違いしていたことは棚に上げて、桐生をさらに煽る。
「刑事さん、意外にビビりなんだな」
「ちっ、黙ってろよ。今から抱かれるくせに」
「抱かせるか。今度は、あんたが俺に抱かれるんだよ。それでも同意のセックスになるだろ!」
「馬鹿抜かせ。先生が俺を組み敷けるわけないだろ」
桐生の体格はとてもいい。盛り上がった筋肉は石原に勝ち目を与えない。
「やってみなきゃ分からないだろ! やる前から否定するな!」
石原は教師らしい発言を威勢よくしたが、桐生を押し倒す前に押し倒された。
「ほら。逆転してみろよ」
桐生の眼光が挑発的に光る。それを睨み返しながら石原は桐生の胸を押すがびくともしない。結局、いつものいがみ合う二人に戻ってしまう。
「くっ……態度も図体もでかいやつだな」
「どうしたもう降参か? 情けない先生だな」
「何だと?!」
怒りを力に変え、石原は桐生を押し倒した。肩で息をしながら跨る。
「おいおい跨ってちゃ俺を抱けねーぞ?」
石原は荒い呼吸をしながら、じろりと睨みつけた。
「分かってる」
「?」
「抱かせてやるよ刑事さんに」
そして勝気に微笑んだ。
「だが主導権は俺が握らせてもらう。あんたは俺の中で喘いでろ!」
これ以上攻守を争っても無駄に体力を消耗するだけだと結論付けた石原。自ら後ろの穴を犠牲にする決断をした。
「そうこなくっちゃな」
桐生は、石原をもう一度押し倒す。そしてスマホのカメラを起動させた。
「抱くぞ」
石原は首を縦に振らない。やはり迷っているのか、桐生はそっぽをむいた顎をとり、くいっと自分の方を向かせる。「はい」と言え、目でそう訴えた。その目つきが石原の癪に障る。
「抱かせてくださいの間違いだろ」
威勢のいい「イエス」桐生は石原にゾクゾクしてしまった。
「やっぱりあんた最高だな」
言い合う仲なのに、桐生は石原を抱くことに高揚感を覚えていった。
石原は静かな職員室を見渡した後、管理職席に視線を移した。副校長・教頭と並び、教頭の隣の席はきれいさっぱり片付いている。人気のないその席は教務主任のデスク。先日不祥事を起こし懲戒免職になった男――教務主任・糸川の席だ。
「はあ」
石原はどんよりした溜息を吐いた。昨夜の失態がどうしても頭から離れないのだ。糸川の席を見ればなおさらこびりつく。こんな短期間で主任と主事がしでかせば大騒ぎだ。
だが、仕事は待ってくれない。けたたましく職員室内の電話がなる。生徒からの部活の欠席連絡かもしれないと、石原は気持ちを切り替えて電話に出た。
「おはようございます。県立青鳥高等学校の石原です」
『あっ? おお、先生か。ちょうどよかった』
生徒ではない。瞬時に理解した。若さの無い乾いた低い声、それに礼儀のなっていない態度。いつもなら怒りが湧きだすはずなのに、今日は血の気が引き、石原の返事をする声を奪ってしまった。
『青鳥署刑事課の桐生だ。あんた、今日部活か?』
「……」
『聞いてんのか』
失礼な口の利き方を咎めるより前に、石原に一つの希望が見えた。桐生のいつも通りの話し方から昨日の記憶がないと思ったのだ。
『今日暇か?』
「暇なら学校にいませんけど。推理が苦手な刑事だな」
『よく言うぜ、あんただって昨日、夜中にゲーセンうろついてた生徒を見逃したくせによ』
「はああ?!」
石原はもう一度記憶を呼び覚まそうと躍起になった。だが、飲み会会場のあとからの記憶が盗まれたようになくなっている。
桐生と行為に及んだだけではない。まだ他に何か失態をしている。相手が桐生でなければすぐに聞き出すところだが、この男にだけは頭を下げたくなかった。
『その件で話がある。深夜徘徊の生徒を見逃したなんて不祥事は勘弁だろ?』
「俺を脅す気か?」
『来るのか、来ないのか』
返事を急かすように電話口の刑事は早口になった。
「考える暇も与えてくれないわけだ」
『そもそも考える余地もないだろ。答えは一つだ。来い』
有無を言わさぬ命令形。石原は従うしかなかった。
「分かった。どこに行けばいい」
『今夜八時、駅前だ』
「それなら問題ない。部活は終わっている」
仕事に支障が出ず、安堵する石原。
『相変わらず熱心な先生だ』
「何か言ったか?」
『いや、別に』
桐生の声は少し呆れていたが、石原には届いていなかった。
そして約束の時間に石原が駅前に行くと、すでに桐生は来ていた。相変わらずヤクザのような人相にスーツ姿。駅前を歩くサラリーマンとは纏っている空気も違う。
「お疲れさん」
「どうも」
大人しい桐生に、石原は疑心暗鬼になる。
「こっちだ、こい」
「どこに連れてく気だ」
桐生が顎でしゃくった先にはビジネスホテル。
「はっ?」
「行くぞ」
桐生は石原をビジネスホテルに連れ込もうとする。
「勘弁してくれ!」
やはり昨日のことを覚えているのではと疑いかけたが「ゲーセンの件、他の奴に聞かれちゃ不味いだろ」と言う言葉に、抵抗の色を消し、二人でホテルの一室に入った。
「ゲーセンの件、話す前に確認したいことがある」
「なんだ」
「記憶なしか?」
「記憶? あっ、昨日のホテルか?」
「そうだ」
「……ない」
「何だよ今の間は!!」
「桐生さんはあるのか!?」
「ねーよ! けど……」
桐生はグッと唇を噛み締める。
「何も無いってわけじゃないことは分かってる」
「それは俺もだ」
どっちが抱いたのか、抱かれたのか。無理矢理だったのか、同意の上だったのかも分からない。ただ、何かしらの肉体的な交わりがあったのだけは確かだ。石原も急に恥ずかしくなり、桐生から目を逸らし「抜きあっただけとかじゃないよな」と零した。
「それはないだろな」
「だよな。腰も尻も痛かったし」
「は? 腰だけだろ?」
石原だけ痛みの箇所が多い。この発言でどちらが抱かれたのか明確になった。
「さ、最悪だ。俺が抱かれたのか」
「……あの金は、俺があんたを買ったってことか?」
「金? いや、それは違う。ホテル代と迷惑料的な意味だ。じゃないと売春だろ」
石原は自分が抱かれてしまったという事実から立ち直れない。
「絶対に何かの間違いだろ。何で俺があんたに……」
石原は恨めしそうに桐生を睨みつける。
「もしかして、刑事さんは経験があるとか?」
「俺が男と? あるわけないだろ」
「経験があるから尻に全く違和感がないだけって可能性もあるだろ」
「そもそも男としたことがないっていってるだろ。だいたい、先生に抱かれるほど鍛え方は間違ってない。断言したくないが、抱いたのは俺だ」
「俺だって経験ないのに、あんたに身体を許すわけないだろ」
「酔ってたからだろ」
「だとしても腹が立つ……ていうか、強姦になるんじゃないのか?」
その言葉に桐生がピクリと反応する。石原は面白そうに「強姦だなー」と揶揄った。その瞬間、背中をドンと押され、石原の視界は白い海になった。柔らかいベッドに身体が沈む。
「え?」
石原は身の危険を感じ急いで身体を翻した。しかし、左右の退路は桐生の大木のような腕で塞がれてしまう。思った以上に桐生との距離が近い。整髪剤や柔軟剤の香りがダイレクトに伝わり、接近を嗅覚からも教えてくれている。
「何してんだ! 警察官だろ!」
「もう一度抱かせろ」
あっけらかんと言った桐生は、憤慨する石原のシャツのボタンに手をかけた。
「お、おい!」
「強姦はしねーよ」
しかし、今まさに石原は桐生に服を脱がされかけている。
「待て待て待て! その手はなんだ!」
状況が飲み込めない石原。さすがに強引すぎたかと、桐生は舌打ちをしながら頭をかき、悪態をつく。
「俺だってしたくねーよ。でもあんたとセックスしなきゃならねーんだ」
「悪いが状況が全く掴めない」
「あんたと同意の上でセックスがしたい」
「はっ? えっ、同意?」
「とりあえず抱かせろ。そしたら昨日のゲーセンの話をしてやる」
詳しい説明もなしに行為を何度も迫られ石原の脳内が沸騰する。勢い任せに腕を振り回し桐生を退けようとするが、虚しく空をかき、手首を捕らえられてしまった。
「諦めな」
どれほど力を入れても屈強な握力から逃れられない。刑事の力は強く、教師ではどうにもならなかった。しかし石原は首や足をばたつかせ悪あがきをする。桐生はそんな石原に初めて焦りの声を発した。
「頼む。察してくれ」
「……ああ、なるほど」
石原にとっては男のプライドだけの問題。しかし、桐生は記憶がないとはいえ強姦の可能性がある。つまり不祥事の瀬戸際に立たされているのだ。同意の上でセックスする相手だという確かな証拠が桐生には必要なのだ。
「もういいよ。口外する気ないし」
「俺はいつも先生を揶揄っている。腹いせに被害届を出すかもしれないだろ」
「しないよ」
「信じられるわけ無いだろ」
桐生は職業柄、簡単には人を信じない。
「じゃあ、どうするんだ。俺はもう抱かれたくないんだけど」
「交換条件として、昨日のゲーセンの話をするってのは?」
「口外しない条件で、ゲーセンの話をするのは無しなのか?」
「それは、俺にリスクがありすぎるだろ。あんたが約束を守る確証はない。今の俺には同意の上のセックスしか思いつかない」
「最初からそのつもりでホテルに連れ込んだな」
「悪いとは思ってる」
「……ああ、もう気色悪いな。しおらしくなるなよ。いつものあんたでいてくれ。俺相手にその用心深さは不要だ」
石原は、どうにかすれば収めれそうなことを、きちんと説明して解決しようとする桐生に同情の眼差しを向けた。同時に、職場で不祥事が起きた時の大変さを知っている身として、他人事でもなかった。本当に口外するつもりがないのに、頑なな桐生に腹を決める。
「とりあえず酒頼んでくれ。酔わんとやってられん」
「あんた酒に弱いだろ」
「弱くはない。でも、昨日の記憶がないってことは、なんかあったんだろ」
「飲んでるのに走ってた」
「ゲーセンでか?」
「それ以上は秘密だ」
「まあ、いい。生徒の話が秤にかけられているなら、答えは決まってる」
石原は内線でかなりの酒を頼んだ。
「あとは、どうしたらいい? 紙にでも書けばいいのか? 同意の上でセックスしますって」
「できれば酒を無しにしてほしい」
「それは無理だ。男と素面でするなんて勘弁してくれ」
「俺はあまり書面は信じない」
「紙だしな。どうとでも偽装できる」
「……動画はダメか?」
「カメラに向かって言えばいいのか?」
「いや。やってるところ撮らせてくれ」
「……桐生さん、そんな趣味があるのか?」
石原は、桐生を異物を見るような目で見た。
「あるわけないだろ! けど、きちんとあんた自身が写って、肉声が入る! 確実な証拠になる!」
「わかった! わかったからそんな必死にならないでくれ! こっちが恥ずかしくなる! でもそれでいいのか?」
「俺は問題ない。ただ、酒が心配だ。もし、変なこと口走ったら、もう一度撮り直すことになる」
「いや、そうじゃなくて……嫁さんがいるだろ?」
「はあ?」
「だって指輪つけてただろ。ん? 今日はしてないのか」
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「俺のじゃない。これは先生が持ってたやつだ。でも、先生も結婚してないだろ。心当たりがないなら預かっとく。飲み会で紛れたのかもしれないしな」
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「あ?」
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図星。桐生は頬を痙攣させた。
石原は自分も桐生が既婚者だと勘違いしていたことは棚に上げて、桐生をさらに煽る。
「刑事さん、意外にビビりなんだな」
「ちっ、黙ってろよ。今から抱かれるくせに」
「抱かせるか。今度は、あんたが俺に抱かれるんだよ。それでも同意のセックスになるだろ!」
「馬鹿抜かせ。先生が俺を組み敷けるわけないだろ」
桐生の体格はとてもいい。盛り上がった筋肉は石原に勝ち目を与えない。
「やってみなきゃ分からないだろ! やる前から否定するな!」
石原は教師らしい発言を威勢よくしたが、桐生を押し倒す前に押し倒された。
「ほら。逆転してみろよ」
桐生の眼光が挑発的に光る。それを睨み返しながら石原は桐生の胸を押すがびくともしない。結局、いつものいがみ合う二人に戻ってしまう。
「くっ……態度も図体もでかいやつだな」
「どうしたもう降参か? 情けない先生だな」
「何だと?!」
怒りを力に変え、石原は桐生を押し倒した。肩で息をしながら跨る。
「おいおい跨ってちゃ俺を抱けねーぞ?」
石原は荒い呼吸をしながら、じろりと睨みつけた。
「分かってる」
「?」
「抱かせてやるよ刑事さんに」
そして勝気に微笑んだ。
「だが主導権は俺が握らせてもらう。あんたは俺の中で喘いでろ!」
これ以上攻守を争っても無駄に体力を消耗するだけだと結論付けた石原。自ら後ろの穴を犠牲にする決断をした。
「そうこなくっちゃな」
桐生は、石原をもう一度押し倒す。そしてスマホのカメラを起動させた。
「抱くぞ」
石原は首を縦に振らない。やはり迷っているのか、桐生はそっぽをむいた顎をとり、くいっと自分の方を向かせる。「はい」と言え、目でそう訴えた。その目つきが石原の癪に障る。
「抱かせてくださいの間違いだろ」
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