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第十二章 Major Strategy

第六話 看病大作戦

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 ニュースキャスターが震えながら寒空の下でお天気報道していたこの日、春人は布団から出るのもやっとのことで会社に出勤した。総務がさすがにこの寒さはということで暖房を入れてくれたので、朝一番に来た社員が電源を入れたのであろう、オフィスはとても温かかった。

かじかんだ手を擦ってパソコンのキーボードを打つ。昼頃には寒さも忘れてオフィスの温もりにも慣れてきた。

「先輩、これ人事・広報部に持っていきますね!」

宮野が大きな青いファイルを抱える。ファイルの内容は過去のインテリア事業部の広報に関する資料だ。持ち出し禁止のため、部長か副部長を介して貸し借りを行わなければならない。

「赤澤部長かミラー副部長にお渡しすればいいんですよね?」
「よろしく。あっ! 今在席しているかどうかはパソコンで確認してね!」
「はい!」

パソコンで確認している宮野は最初の頃に比べると慣れた手つきになった。

「赤澤部長は在席しているので行ってきます!」
「よろしく!」

(赤澤部長は……?)

宮野の言った言葉が気になり春人も自分のパソコンで社員の出勤状況を確認する。

アルバートはカタカタなのですぐに見つかる。

(あれ?)

アルバートの欄が〈有給〉になっていた。

(どうしたんだろ。アルバートが有給を取るなんて珍しい。休みをとるなんて言ってなかったしなぁ……まさか何か僕に秘密で……いやいや、アルバートに限ってそんなことないだろうし、それにわざわざ有給とるなんて恋人に伝える必要ないし……)

アルバートにもプライベートがあると自身に言い聞かせつつも春人は昼休みの非常階段で電話をかけてしまった。

——プルルル……プルルル……

「はあ……さむッ」

昼なのに寒い。温いオフィスにいたせいでその寒さは倍になって春人の身体を襲う。風を避けるため階段に座り込みアルバートが電話に出るのを待った。
しかし残念ながら留守番電話サービスに繋がってしまう。

「どうしたんだろ」

もう一度かけようとした瞬間……

——ブー、ブー

メールが来た。送り主は今、電話をかけたアルバートからだった。

《どうした? 仕事中だろ?》

漢字を使うようになったアルバートのメール文。メールが返って来るという事は電話にも気がついたはずだ。電話が来るかもと思い待ってみたが電話は来なかった。もう一度かけて見るがやはりでない。電車や公共の場でかけ直せないならそういった内容のメールが来るはずだ。

(メールはできるけど電話は出来ないってこと?)

何かあったのだろうか?モヤモヤは消えない。考え込んでも仕方が無いと非常階段を後にする。ちょうど社内に戻って廊下を歩いていると前から赤澤が歩いてきた。

「お疲れ様です!」
「お疲れ様! そういやさっき宮野からファイル受け取った」
「貸していただきありがとうございました!」
「おう! ……おい、月嶋」
「何か?」
「どうした顔色が悪いぞ?」
「いえ、何も!」

顔色が悪いのは不安や心配のせいかそれとも寒い外にいたせいだろうか。

「まさかお前も風邪か?」
「も?」

周りに誰もいないことを確認して赤澤が春人に親指を突き立てる。

「お前のコレも風邪で休みだ」

(お前のコレ? 親指……彼氏……アルバートか!!)

「えっ? 風邪で休みなんですか?」
「ああ。何だ知らなかったのか。すげぇ声してたぞ。むしろあれは声と言えるのか? ってぐらい」

つまり喉をやられている。電話に出られなかった理由は解決した。
春人の不安が消え一瞬安心したが別の不安が押し寄せた。

「お前も気をつけろよ! 寒暖差激しいからな!」
「はい!」

赤澤は去りながら手を挙げてヒラヒラとさせた。その背中を見送った春人は壁にもたれ考え込む。

(風邪をひいたアルか)

大人といえどアルバートが自分よりかなり年上である事が春人には心配で仕方がなかった。

(もし……そのまま肺炎とかになったら?! それでもし最悪の場合になったら?!)

あわわと春人は会社の廊下で悪い想像を繰り広げる。

(とにかく仕事終わりアルの家に行こう。看病するんだ!)

そう意気込んだ春人は仕事を早めに片付け、終業時間と共に会社を出た。必死で仕事と向き合ったつもりだったが、時間が進むにつれ気が気じゃなくなり、何度も時計を見ていた。

連絡はしていない。アルバートが春人と付き合って病気をしたことなんて一度もなかった。弱っているところすら見たことがない。そして彼は優しい。移さないようにするため春人が家に来るのを断固として拒否するはずだ。

 途中のスーパーで買い物をする。

「えーと……お粥かな?」

お米はアルバートの家にある。
具材は……

「梅干しかな?」

ひとまず梅干しをカゴに入れる。
あとは……

「林檎? でも林檎ってどうやって皮向くんだっけ? まぁいっか。あっ! のど飴とマスクも!」

不安な言葉と共に籠はいっぱいになっていく。

「他は……僕なら何が欲しいかな?」

悩んだ挙句色々なものをカゴに入れていく。冷却シート、清涼飲料水、プリンとゼリー。
気がつくとカゴはいっばいになっていて、それに気がついた時には既にレジに並んでいた。

どっさりと袋につめてアルバートの家へと向かう。
なるべく音を立てないように鍵を開け、コソッと中を覗けば中は真っ暗だった。

(寝ているのかな?)

靴を脱ぎそろりそろりと忍び足でリビングへ手探りで進み、キッチンに買い物袋を置いて寝室へと向かう。寝室の中も消灯されていたが外の月明かりで少し明るい部屋のベッドに膨らみができている。近づけば寝息が聞こえ膨らみは一定のリズムを刻みながら上下しているのが分かる。
真ん中で眠ればいいのに左側によっている。顔と身体は横向きで右を向いている。春人と寝る時と同じ位置、体勢だ。もう彼の癖になっているのだろうか。

起こさぬよう手を伸ばし額に当てれば予想していた通りかなり熱を持っていた。
買ってきた冷却シートをペリペリと剥がし額に貼り付ける。

「んっ」
「?!」

アルバートが一瞬身動きしたが目が開くことはなかった。のぞき込むと、貼る前より表情が柔らかくなっていて、それを確認して起こさぬように寝室を出てキッチンへと戻った。

「よし! やるぞ!」

キッチンに備え付けられている電気をつけ、とりあえず林檎の皮を剥くために包丁を手に取るが、林檎の皮剥きなんて中学生の家庭科の実習以来だ。
半分に切る。そしてまた半分、もう半分と林檎を切っていく。一口大にしようとさらにもう半分と切っていく。

そこで春人は気がついた。

「皮剥き忘れた」

一口大にした小さな林檎の皮を剥く羽目になってしまった。

「んっ、よっ……あれ?」

皮に果肉がかなり付いている。

「次こそは……いったーい!」

薄くしようとして手を切ってしまい、慌てて絆創膏を探す。一度指を切ると次が怖くなりなかなか包丁に力を入れることが出来なくなり、仕方なく引き出しを漁りピーラーを探す。
程なくして見つけたピーラーで皮を剥いていく。そして最後に種をピッと弾く。

「次はお粥だ!」

さすがにお粥を間違えるほど料理下手では無いため、お粥はすぐに出来た。
しかし問題が発生した。アルバートが起きていないのに作ってしまったため、お粥が水を吸い、別物になり始めていた。

アルバートの部屋を覗いたが起きる気配はない。

「仕方ない……いただきます!」

結局、春人が完食した。
そしてもう一つ問題が発生した。何故か林檎が変色しだしたのだ。慌てて調べると塩水につける必要があり、急いで塩水を準備し、これ以上の変色は抑えれるかもと思い塩水につけておいた。

「そろそろシート変えようかな……」

冷却シートの替えを持ってもう一度寝室を訪れる。先ほどと寝相は変わっていない。最初に貼った冷えピタは既にアルバートの熱で同じくらいに熱くなっていた。春人の掌に伝わる体温は危険な温度で、眉が下がってしまう。
そして新しいシートを張った瞬間、指が触れた髪の生え際がじんわり湿っていた。

(汗、かいてる)

拭くためのタオルと青いラベルが目印の清涼飲料水を持って、ベッドサイドにゆっくり腰かける。タオルで優しく汗を拭き取り、首周りも見えているところだけする。逞しい首筋が今は弱々しく見えるのは病気のせいだろう。
タオルを一度置いて、清涼飲料水のボトルのキャップを静かに開けた。それをアルバートの口元に持っていき傾けるが、残念ながら隙間なく結ばれた唇は水分を受け入れなかった。シーツに染みを作り、タオルで伝った分も拭き取る。

(あとで、風邪が移るとか言われそうだけどいいよね……)

春人は自信の口内に清涼飲料水を含み、アルバートの唇に寄せた。ついでにベッドに模潜り込む。中はとても熱く、触れた唇も火傷しそうな程、熱を持っている。口から清涼飲料水が出ないようにしつつ、舌で器用にアルバートの口をこじ開ける。

——ゴクッ

(あっ、僕が飲んじゃった)

もう一度、口に含み再度チャレンジする。今度は何とかアルバートの口の中に移すことが出来たのだが、横を向いているせいかアルバートが飲む気配がない。それにまた唇の横からツーッと伝っている。

(あれ? タオルどこだっけ? もういいや)

ベッドのシーツを汚さないようにペロリと舐めとる。

——ゴクッ

(飲んでくれた!)

アルバートが喉を鳴らす音が聞こえる。もっと飲んでもらおうとまた口に含み、口移しを繰り返す。

——クチュ

たまたまアルバートの舌が動き春人の舌と絡み合う。その水音と熱にやられ春人は吸い付くように舌を絡ませる。

「はあ……」

飲ませ終え、一度唇を離して今度は清涼飲料水を口に含まず唇を触れ合わせ舌を絡める。
舌の持つ熱が気持ちがいい。清涼飲料水のせいで少し冷たくなっていた口内がだんだん熱くなる。

(だめだ……病人なのに) 

あと1回、あと1回と心に誓い、舌を絡ませ、アルバートの歯茎の裏をなぞり、堪能する。
もうこれ以上はいけないと思い唇を離そうとした。

 瞑っていた目を開ける。
段々と目の前のアルバートに焦点が合い始める。
アルバートは……

「へ?」

起きていた。

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