上 下
66 / 112
第九章 The end

第二話 甘いのに苦い

しおりを挟む
 新しい製品の模索、必要とされている国、複数の知識を応用させる新しい仕事を春人は難なくこなしていた。
これもそれも寂しさを紛らわすために始めた勉強のおかげ。

(やっぱり役に立った)

と内心ガッツポーズをする春人に村崎は心配そうに「ゆっくりでいいからな?」と声をかけてくる。

 いつの間にか年も明け、正月が過ぎ、2月になっていた。アルバートと春人の遠距離恋愛も半年以上が経っていた。
そして関係は相変わらずだ。

 繋がらない電話、数件のメッセージ、それに反して毎週届く薔薇。

(せめて何か理由をつけて電話しないと)

しかしその理由が「寂しいから」であってはいけない。それはアルバートの負担を大きくする。
だからこそ何かもっともな理由をつけなければならなかった。
 そしてその作戦は既に始まっていた。

(今日はきっと電話がくる)

そう確信している春人は早めに仕事を切り上げ、アルバートの香りが待つ家へ帰った。
 帰宅後、肌身離さずにスマートフォンを持つが、一向に鳴る気配がない。

(気遣いを大切にする紳士なら、絶対に電話をくれるはず)

そうなる様に仕向けたのだから。

 春人の作戦は簡単なものだった。
バレンタインデーのチョコレートを贈っただけ。
日本文化にしろ、去年の記憶と指定した日時を見ればさすがのアルバートもその意味に気が付くはずだ。
 
(早く鳴れ、早く鳴れ……)

ベッドの上に転がり、スマートフォンを握りしめるがメッセージすら受信しない。
時折、メールマガジンや学生時代の友人から連絡が来るたびに目を輝かせては落胆するばかり。
 友人に返信する事もせず、ただ握りしめて待った。
そしてそのまま寝てしまい、スマートフォンを握りしめた状態で朝を迎えてしまった。

「何で……どうして……」

連絡は一件もなく、それどころか充電すら減っていなかった。

仕事で受け取ることができなかった。
海外だから日本の様に郵便が正確とはいえない。

この2つの簡単な理由すら浮かばない程春人は混乱していた。
そして何も連絡がなかったこの日の夕方。今日は来るかもしれないと定時であがった春人を待っていたのはいつもの薔薇だった。

「素敵な方なんですね」

と毎週顔を合わせる花屋の女性店員はこの二人の関係に気が付いているのだろう。その裏では悲しい現実がある事も知らずに、頬を染めて聞いてくる。

「はい」
「毎週、お電話下さるんですよ。薔薇の調子まで聞かれて、優しい方ですね」

籠を握る手に力を込める。

(僕の調子は聞かない癖に)

どんどん心の中に嫌な自分が侵食してくる。

「ありがとうございます。では……」

まるでアルバートを花屋に盗られた気分になり、早々に扉を閉めた。

「……ッ!」

こんな薔薇捨ててやろうかとも思った。
しかし持ち上げた瞬間香る匂いにその腕を下ろす。

「いらっしゃい、アル」

そうして今日もベッドの側にアルバートを誘う。
 そして何度目かの薔薇の贈り物をされた数日後……

「あっ……」

スマートフォンが震えている。

「?!」

そこには待ち焦がれていた人の名前があった。

「もしもし?!」
『やあ、春人。元気かい?』

少し英語圏の砕けた挨拶の仕方をするアルバート。当然の事なのに、まるで寂しくなんてなかったと余裕を出している声に聞こえてしまう。
 しかし、久しぶりの恋人との電話に口角は上がったまま。

「元気だよ。いつも薔薇ありがとう」
『気にしないでくれ。日本へ行けないのだから当然だ』
「……仕事大変だもんね」

(ねえ、いつになったら来るの?)

そう言いたい口を噛みしめる。

「ありがとう。今日はどうしたの?」
『素敵な贈り物が届いたから電話をしようと思って』
「贈り物?」
『チョコレート』
「チョコ? ああ! あれか!」

あまりにも嫌な思い出だった為、記憶の奥に押し込んでいた。

「今日届いたの?」
『ついさっきね。日付が大切なのに、真面目に仕事をしてもらわないと困るね』
「仕方ないよ。でもよかった届いて」
『ありがとう。大切に食べるよ』
「感想聞かせてね!」
『勿論だ』

(その感想もいつ連絡が来るか分からないけど)

春人は手で口元を覆う。

(こんなの嫌味じゃん……)

『春人?』
「え?」
『どうかしたのかい?』
「別に……何もないよ……」

久しぶりの電話で浮かぶのは寂しさからくる嫌味ばかり。

(ダメだ、こんな事言ったら嫌われちゃう……)

頭を振り、別の話題に移ろうとしたその時だった。

『……、……calling……』
「アル?」

電話口でアルバートとは違う男性の声がする。それを制しているのか、英語で宥めるアルバートの声はやけに優しい。

(嘘……誰?)

「アル?」

もう一度呼ぶが、アルバートはまだ英語で何か話している。気になるが、聞いたら何か嫌な事を知ってしまいそうでわざと耳を遠ざけた。

(そもそもアルは今何をしていたんだ。仕事? 家? それとも……嫌だ、知りたくない)

スマートフォンは耳から離れ、春人は電話を切った。
 心臓が早鐘を打っている。

(仕事なんて嘘じゃん。いや、そもそも仕事とは言っていなかった。それにあの喋り方は仕事とは違う。何してるの?)

色々な感情と思考が行き来し、混在し、頭がパニックを起こす。胃が締め付けられ立っていられない。
今までに感じた事のない不安に襲われ、足の力を失った身体はベッドに倒れた。

「信じなきゃ。アルは浮気なんてしない」

自分に言い聞かせる。
振動し始める端末がシーツを震わせる。どんな言い訳を聞かされるか分からず、出る事ができない。なにより、今出てしまえば今まで隠していた本音をぶちまけてしまう気がした。

(いいや。もし何か言われたら、僕も仕事のフリをすればいい)

アルバートが仕事かどうかなんてわからない。しかし勝手に「」だなんて不貞腐れた解釈をし、電話を無視した。

 急に押しかけた複数の感情にドッと疲れてしまい、意識を手放す。
 目が覚めた時には陽が昇り始めていて、休みなのを良い事に、また目を閉じた。
次に目覚めた時は昼。アルバートは眠っている時間帯だ。それに妙な安心感を覚え、ようやくスマートフォンをチェックすることができた。
電話と何件かのメッセージが来ていた。メッセージには動画と画像が添付されている。それを再生する。

「……誰?」

 動画では、アンティークな部屋でウロウロするプラチナブロンドの男性が写っていた。アルバートかと思ったが、髪形が妙にお洒落だ。
その男性がテーブルの上にある箱を見つける。

「これ、僕が送ったチョコだ」

春人が送ったチョコレートの箱を手にした男性が、カメラの方を向く。そして唇の片方だけ極端に上げ、外国人特有の茶化す様な笑みを浮かべ『Haruto?』と言っている。

「この人……」

その男性はアルバートにそっくりだった。しかし若々しい。

「弟?」

動画内からアルバートの声がする。『Yes.』そして返却するようにお願いしている。
それを返さず逃げる男性にアルバートは『Luxus.』と声を何度もかけていた。

「やっぱり弟だ」

電話口でしていた声は弟のラクサス・ミラーのものだったのだ。
 チョコレートの箱を取り返すべく、そこで動画は切れていた。
しかし一緒に添付されていた画像に全て解決する。
数枚送られてきた画像には、チョコレートの箱を大切そうに開けるアルバート、そしてチョコレートを口に入れているアルバート、その瞬間を弟に盗撮されている事に気付き眉間に皺を寄せているもの、そして最後は箱を撫でるアルバートとその端に自撮りで写り込むラクサスの写真だった。

普通なら「よかった。浮気じゃなかったんだ」で済む問題。
 しかし、寂しさで押し潰されている春人には

「弟と会う時間はあるんだ……」

とうとう、心の声を外に漏らしてしまった。
しおりを挟む
感想 26

あなたにおすすめの小説

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

実力を隠し「例え長男でも無能に家は継がせん。他家に養子に出す」と親父殿に言われたところまでは計算通りだったが、まさかハーレム生活になるとは

竹井ゴールド
ライト文芸
 日本国内トップ5に入る異能力者の名家、東条院。  その宗家本流の嫡子に生まれた東条院青夜は子供の頃に実母に「16歳までに東条院の家を出ないと命を落とす事になる」と予言され、無能を演じ続け、父親や後妻、異母弟や異母妹、親族や許嫁に馬鹿にされながらも、念願適って中学卒業の春休みに東条院家から田中家に養子に出された。  青夜は4月が誕生日なのでギリギリ16歳までに家を出た訳だが。  その後がよろしくない。  青夜を引き取った田中家の義父、一狼は53歳ながら若い妻を持ち、4人の娘の父親でもあったからだ。  妻、21歳、一狼の8人目の妻、愛。  長女、25歳、皇宮警察の異能力部隊所属、弥生。  次女、22歳、田中流空手道場の師範代、葉月。  三女、19歳、離婚したフランス系アメリカ人の3人目の妻が産んだハーフ、アンジェリカ。  四女、17歳、死別した4人目の妻が産んだ中国系ハーフ、シャンリー。  この5人とも青夜は家族となり、  ・・・何これ? 少し想定外なんだけど。  【2023/3/23、24hポイント26万4600pt突破】 【2023/7/11、累計ポイント550万pt突破】 【2023/6/5、お気に入り数2130突破】 【アルファポリスのみの投稿です】 【第6回ライト文芸大賞、22万7046pt、2位】 【2023/6/30、メールが来て出版申請、8/1、慰めメール】 【未完】

塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。 そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【書籍化確定、完結】私だけが知らない

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

処理中です...