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第一話 熟女好きの新人デザイナー

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 松崎が新企画を任されたとは知らず、アダルト開発部のメンバーはいつも通りの空気を醸し出していた。

「みんなご苦労様」

と声をかけるのは常。
しかし今日はいつもより声のトーンを落として、自分の存在を消しながら部長席まで長い足で歩いた。

(さて、どうしたものか)

「社外・社内秘」と赤で印字された封筒をデスクに置く。
肘をつき、顔の前で組まれた手の先にいる社員達を見つめる。

男性と女性の割合は9:1で、変態と正常の割合は10:0のオフィス。時折、前屈みになる者や、奇声を発する者、端末から喘ぎ声など日常茶飯事だ。一応「イヤホンの着用」というルールはあるものの、二年前に「見られたい願望120%の高橋」の入社で、見られたい・聞かれたいは個人の自由となった。特に反対の声も無かった為、今日も今日とて始業一番に喘ぎ声が響いた(なお、高橋のものではない)

(デザイナーは誰にしようか)

この企画にはデザイナーが必要不可欠だ。

(桃城君か? いや香川君か?)

アダルト開発部にデザイナーは四人いる。
乳首玩具担当の「乳輪と乳首の比率は2:1の桃城」、SM玩具担当の「緊縛ジャスティス山田」、女性ノーマル玩具担当の「包茎香川」、そして最後の一人が……

(まだ名前がないんだよね。早くつけてあげなきゃ可哀想かな)

否、名前はある。
小池直樹、22歳。今年入った新人で、彼は松崎が採用した。新卒の為、デザイナーとしての経験値はほぼ0。しかし、面接の入室後に見せたデザインでも表せぬ笑顔の猥褻物感に即採用してしまった。通常はジャニーズ系だ。
いまだに何故彼があんな表情をしたのかは分からない。それでも完成された雄の表情に気が付けば椅子を倒し、スタンディングオベーションで採用の判子を押した。

 入社してひと月。先輩デザイナーの手伝いに回しているが彼は変態の素顔をあれ以来見せていない。エントリーシートに記載必須の性癖も「熟女好き」だが、彼が熟女系の何かを話しているのも聞いた事がない。

(開花の時だ、小池君。熟女とは関係がないが、君にこれを託そう)

「小池君」

皆がデスクに向かい頭が下がっている中、黒髪頭がひょっこりと上がる。顎を下げ、上目遣いでちょいちょいと手で彼をこちらに招く。
 サッと立ち上がったあたり、股間は勃起していないようだ。

「何でしょうか」
「ちょっといいかね」
「はい」

少し不安気な表情。そんな彼の背中を押してオフィスから出る。
二人が消えたオフィスはざわついた。

「小池、何かしでかしたのか?」
「部長、深刻そうな顔してたよね」

 松崎・ジャン・ピエール(46)はアダルト開発部の部長だ。
オーダーメイドの高級感溢れるスーツに、ベスト。スクエア型のメガネが端正な顔を知的に引き締めている。フランス人と日本人のハーフで、顔立ちは前者よりだ。言わずもがな女性社員にファンがいる。
 しかし当の本人は未婚。
と、なれば性格に何か問題があるのかと疑うが、仕事を完璧にこなし、部下の指導も徹底していて、欠点が見つからない。
自分達同様、特質した性癖があるようには見えなかった。
 事実、一人も松崎の性癖を知る者はいない。よってあだ名もついていない。

 そんな部長に個別で呼び出されれば戦々恐々とするのは当たり前。例によって小池も進められるがまま会議室に入室し、部長が椅子に座っても立ったままだった。

「座りなさい」
「はい。失礼します」

まだあだ名のついていない二人が会議室の長机を挟んで向かい合う。

「実は……」

鋭い眼差しに小池の背筋が伸びる。

「実は君に任せたい仕事がある。これは社外どころか、社内でも極秘の仕事だ。小池君の口が軽いかどうかは分からん。しかし内容を聞けば君も漏らせまい」

松崎は二回咳払いをして、小池に茶封筒を渡す。

「中を見たまえ」
「はい」

恐る恐る中身を取り出した小池。
読んでいるのが目の動きで分かる。だが、表情は変わらない。若々しいしっとりとした唇が開き、意図も簡単に企画名を読み上げた。

「男性用ランジェリーですか?」
「そうだ。我が社で初めての取り組みだ。これが成功すれば男性専用の玩具の開発にも着手できる。大きな賭けだが、私は需要があるとみている。女性用玩具、特に性器型玩具の購入者の4割は男性だ。」

弊社のアンケートの結果、その購入男性のうち半数以上が自身のアナニーや、同性同士のセックスに使用していたことが分かっている。

「つまりゲイ向けの商品開発の第一歩だ。コスト面から考えてまずはおパンティーから。そして完璧な男性特化の商品の為に君に力を貸して欲しい。私と会社を大きくする手伝いをしてくれないか?」

会社の未来を切り開こうとする部長の眼差しは小池を見つめていた。その中年とは思えぬ力強さに、小池は音を鳴らして生唾を飲んだ。

「……ッ部長!」

小池が初めて生き生きとした声を発した。それは純白の壁を震わすほど。そこからやる気を感じ取り、松崎は「任せてもいいだろうか?」と手を握った。

「はい! 喜んで! 俺で良いんですか? まだ一年目のぺーぺーですよ?」
「君が良いのだ」
「俺がいい……嬉しい言葉です! ありがとうございます‼ 部長の為に精一杯やらせてください‼」

(なんだ意外に承認欲求があるのだな)

物静かな男の意外な一面を垣間見た松崎の熱弁も相まって話は意図も簡単に通ってしまった。

「では、これは私と小池君だけの秘密だ」

と人差し指を整った髭が生えた口元に当てる。何故かそれにため息を漏らした小池。

 まだ性癖が公になっていない二人の男性用ランジェリー誕生への険しい道が今始まる。
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