連立スル 夕顔ノ 方程式

ベンジャミン・スミス

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第五章 夕顔咲く十月

第一話 Xの正体(※)

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 10月中旬、ジャケットの下にセーターを羽織る時期になった。
山下の件は、口頭指導で収まり、福山は激しい仕打ちにあったものの、それも収まりつつあった。

「また出張か……」

今は大阪へ向かう新幹線の中。
夏から今にかけて辻本の代理は5回目だ。福岡に2回、今日で大阪に3回目だ。

その度にローターを仕込まれている。
学校を出る時にタオルでグルグル巻きにし、リュックに詰め、そのままあのアパートへ向かう。

不思議な事にXはローターでは福山をいじめない。普通にセックスをして、福山は前入りの為最後の時間の新幹線に乗るのだ。

窓の外はトンネルを抜けても真っ暗で、する事がない。いつもは数学の問題を解くのだが、今日は灰色の更半紙と赤ペンを取り出した。

「んー」

赤ペンが灰色の海に滲む。
赤の水溜りからペンを離しサラサラと公式を書いていく。

《X+Y+Z=福山》

他人からみれば意味が分からない公式。

(Xはあの男……Yは辻本先生……Zは生徒たち)

全てを足して福山の今の日常だ。
そしてその下にもう一つ公式を書き足す。

《X+Z=理想》

(満たされる身体、あの不思議な安心感、そして生徒の前で理性をしっかり保てる俺が組み合わされば一番の理想だ)

2つの公式を連立方程式の中カッコでくくる。

(こんな公式ありはしない……でも今の俺にはぴったりだ)

現実と理想を知りながら、宙ぶらりんの状態。解けない公式は今の奇怪で理不尽な日常と似ていた。
 理想の方程式に視線を落とす。

(俺の中でZは宇野だ。だが宇野は教え子だ。性行為なんてとんでもないができない。だから一番は……Xと宇野が合わさった人物……)

そしてもう一つ、最初の方程式——罪の方程式を見つめる。

「現実はこれだよな……理想は所詮理想だ……」

どうあがいても解けない公式から視線を逸らす。何も見ずに4つ折りにして手帳に挟んでリュックに押し込んだ。
 Yの欲が微かに触れ、この後しなければならない自慰にため息が零れてしまった。

(でも……出張が終われば……)

とんぼ返りして、Xと行為に耽る事になる。
そして……

(Zを思い出して、何食わぬ顔で教壇に立つんだ)

罪と理想の連立方程式は生活のサイクルになっている。
 そうこう不思議な事を考えているうちに、新幹線は新大阪駅へと到着した。
辻本に電話をかけ、いつものトイレで自慰をする。

「うッ……くッ」

最悪なのが、一度射精を見られてからというものの、普通に自慰をしてしまえるようになったことだ。
便器にポタポタと落ちる精液を見つめなが襲い掛かる虚無感と戦う。レバーを引き、綺麗に流し、個室トイレを出ると、急に気分が悪くなり、トイレの前のベンチに座りこんだ。

「はあ……もう嫌だこんな生活」

罪の方程式を繰り返し、身体が死んでいく。

「辻本先生さえいなければ……」

Yさえ無くなれば、罪と理想の方程式は同じになる。まだ明確な答えが出ていないにしろ、精神的な負担は消えるだろう。

「それもまた理想か……うう、気持ちが悪い……」

項垂れる福山の目の前にペットボトルが差し出される。

「大丈夫ですか?」

視線を上げると、福山と同じくらいの男性がいた。眉間に皺を寄せて顔を上げた福山に、更に心配そうな顔を向ける。

「さっきから体調悪そうですけど」

新大阪駅で出会った標準語の男。
同じく出張なのか?
変な親近感を覚え、福山はそれを受け取った。

「ありがとうございます」
「どういたしまして」

そしてトイレの中へとその男は入っていった。

(同じ年頃の男となら……気兼ねなく関係を築けるのだろうか……)

無意識にXとZを組み合わせた人を探してしまっている。

(もう男とじゃないとこの身体は無理だ……)

XとZに当てはまる人物は10年に及ぶ男との性行為で狭まってしまった。

「ははは……こりゃまじでずっと独身だな」

生徒たちに心の中で謝罪し、福山は立ち上がった。そしてホテルへ向かい、ゆっくりと休む。

 翌日はそつなく代理をこなし、また新幹線に乗って帰る。そこでも手帳からあの公式を書いた更半紙を取り出して見つめたが、相変わらず答えは出ない。

それをまたリュックに戻し、福山はXの元へと向かった。

 いつも通りリュックを漁られる。
そしてベッドが一度軋めば、快楽に攫われてしまう。精神的なものは求めてはいけない。

「んっ……」

足を開こうとしたその時……

──ブー、ブー、ブー

(宇野か?)

福山は手探りでスマートフォンを探す。枕元のそれに触れたが、冷たいままだった。
対してXは慌てて身なりを整えて部屋を出ていった。

(……誰だろう)

仕事? プライベート? まさか恋人?
まだ顔も見たいことが無い男への興味が高まっていく。
それと同時に、ありえない独占欲が福山を支配した。

(俺以外の相手……)

醜い想いが渦巻く。
複数の男と身体の関係にあり、身体を重ねていないにしろ、精神的な拠り所にしている男も一人いる。なのに、この嫉妬と独占欲は褒められたものでは無い。

(身体だけじゃなくてXの心も手に入れられたら……)

あの理想の方程式が頭の中をグルグルする。

(XにZを求めるのか……ZにXを求めるのか……それとも別の誰かと付き合うのか……)

完璧な理想の人を求めて胸が苦しくなる。

(……Xの事が知りたい)

──福山はXにZを求める道を選んだ

スマートフォンのライトをつけて久しぶりに部屋の中を照らす。
やはりここにはベッド以外何も無い。キッチンは水道が通っている気配すらない。

ライトが一点で止まる。

(クローゼット……)

どんな服を? どんなものを?

気がつけば裸体のまま、そちらに歩き出していた。

「……ゴクリッ」

──ガチャ

クローゼットの中を開けると、そこには部屋の電気が置いてあった。電気は通っているということだろうか。
 そして、その横には胸に収まるくらいのダンボール箱。その二つしかない。

(何が入っているんだ……生活必需品か? いや、違う……これは……)

きちんと締まりきっていない箱の上部からは中身がチラリと見えている。スマートフォンの微かなライトが捉えたそれは、見た事のある色と形。

「う、嘘だ……」

目を逸らす。
しかし一瞬見えた物は何度思い返してもアレだ。

「違う。きっと、何かの間違いだ……」

確かめなければと、拳を握る。
ゆっくり手を伸ばし、箱に近づく度に心臓の鼓動が早くなる。

「そん、な……」

震える手で開けたダンボールの中には大量のローターが入っていた。色違いで全て揃っている。

「辻本先生のだ……」

鳥肌が立つ。
Xの正体が途端に嫌なものへと変わっていく。

頭の中で、数字を順番に並べるように色々なものが意図も簡単に繋がっていく。

福山の身体を知り尽くした行為、メールの口調、ローター、そして夕顔……

「嘘だ……違う……考えろ。当てはまらないこともあるだろ……Xのセックスは優しいじゃないか……」

立ちすくんで必死に導き出した辻本とは違う性格。
しかしそれも福山にとっては、事実を覆すものには繋がらない。
むしろ……

「醜態を晒していたってことか……」

──屈辱でしかなった

 狭い部屋なのに長い距離を歩いた感覚でベッドまで戻る。
知ってしまった事実に打ちひしがれ、ヒリヒリするのもお構い無しに顔をシーツに擦りつけた。

(嘘だ……嘘だ……嘘だ!!)

リュックを漁っていたのはさらなる弱みでも握るため?

分からなかったことがどんどん繋がり、いつかのように吐き気がした。

──ガチャッ

扉が開く音がして、足音がする。
床を軋ませるそれは、体育館の音に似ている。

(もう……嫌だっ!!)

初めてXに恐怖と憎悪を抱いた。

「来るなっ!!」

床が軋むのをやめた。

「俺に触るな。何で……どうして……どこまで俺を馬鹿にしたら……」

辻本に言われたような言葉しか出てこない。

「くそっ、何で……何であんたは俺をここまで苦しめるんだ!! 俺はもうあんたとはヤりたくないんだよ!!」

福山は自暴自棄になり、スマートフォンのライトをチラつかせた。
相手がそれに素早く反応し、福山の手首を掴んで、明かりを天井に向ける。

「ぐっ!!」

強い力、福山では勝てない。
天井では白い光が震えている。

──トサッ

手からスマートフォンがこぼれ落ちる。散らばっていく光が、ローターを見つけたように、Xの輪郭を一瞬照らした。

「おま、え……」

その瞬間、福山の全身から力が抜けた。その隙を狙ってXは福山をベッドに沈める。

「なん……で……っく、あああッ!!」

滑らかな人差し指が福山の中を犯す。激しいのに動きは優しく、第二関節──福山のいい所を攻めたてる。

「んっはっ! だ、だめ、……イッ、あん、あ」

指が抜かれ、ひくつくそこに、今度は性器が余裕なく入ってくる。
Xの焦りが伝わり、福山は少し冷静になってしまう。

「……どうして」

 福山を抱き締めた身体は行為の熱を纏って焼ける様に熱い。その燃える身体から香る体臭を福山は知っている。

「お前は……なんで、どうしてなんだ……こんなこと……」

動きが止まった福山に、Xは自分の正体がバレたと悟った。そしてXの胸に手を当て、距離を取ろうとしてくる福山をさらに強く抱き締める。

「何で、ッ?! ああああ‼」

福山に口を開かせまいと、Xは腰を激しく打ち付けた。

「んぁぁ、ああ、あっ……やめ、やめろ……そこは、んうッ……ッ、で、出るッ‼」

肉壁を擦り、うねる性器が、前立腺を波打つように刺激する。かと思えば先端で一点だけを集中的に突き上げられ、福山は激しく秘部を締め付けた。

「ッく」

今までにない締め付けにXも苦しそうに声を漏らす。聞いた事があるような、でもまだそんな関係には一度もなっておらず、その苦悶の声は不思議な声色。
そして声を聞かれた事を忘れさせるように、ベッドが揺れるほど腰を打ち付け、中をグチョグチョにしていく。

「いっ、あッ……くッ、……んあ、やめッ、激しく、しないで……くれ‼ お前の前ではイきたくない……見られたくない、んだッ!……だから、んあ、ぁああッ」

若い男の途方もない体力はピストンを激しくするばかり。それは辻本とは違う。

「はぁ……はぁ……い、嫌だ」
「最後まで見せて」

聞き覚えのあるXの声に福山は全身に力を入れる。

「見せて……先生」
「やめろ……お願いだ……」

——やめてくれ、宇野


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