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第三章 狂った八月
第七話 押しのもうひと狂い
しおりを挟む4年目。
自分のしでかしたことが橘にバレてしまうのが、さらに怖くなった。
橘は僕を嫌っているだろう、憎んでいるだろう。
おぞましい男だと、思っているだろう。
でもそれは、あたりまえのことだ。
あの一件をただの不幸な事故、コドモの過ちだと信じている彼に、真実など話せるわけがない。
彼の兄も、死ぬまで僕から離れられない橘のために、真実を隠し通すことを決めたらしい。
父にも言うなと釘を刺された──どうにも、橘の兄に嫌われたくないようだ。
ましてや好きだなんて言えるわけがなかった。だって、知られたらきっと軽蔑される。この気持ちは絶対に悟られちゃいけない。
橘にこれ以上嫌われたら、僕は死んでしまう。
けれども、好意以外の感情で彼と接するのは難しかった。
なにしろ僕は性格が悪いのだ。橘にも言われた通り。
普通の顔をして、橘と何を話せばいいかわからないし、緊張して口が空回り、皮肉や嫌味しか出てこない……これは元来の僕の性格が原因かもしれないけれど。
でも、僕が冷たい言葉を吐き捨ててしまうたびに、『なんでそーゆーこというんだよ』なんてムスッとした唇を突き出して、僕を睨んでくる橘は可愛い。
可愛い、可愛い。
僕はいつだって、橘の背中に天使の羽が生えているように見える。
この4年間、ずっとずっと橘は可愛かった。
本当は、その突き出た唇が腫れるくらい吸ってしまいたい。ヒート中は、彼の足腰が立たなくなるぐらいめちゃくちゃにして犯してしまいたい。
ヒートが終わっても、彼を部屋から出したくない。
三日間以上同じ家の中にいるというのに、一日たった数回の、ごく普通の交わりでコトが終わってしまうなんて。
彼の兄がいる家になんて、帰したくない。
次にまともに会えるのが数か月後も先だなんて、信じられない。
いっそのこと、このまま家に閉じ込めてしまおうか。金ならある。僕しか鍵を持たない地下室でも作って、橘をそこに突っ込んで──なんて、相も変わらず、そんなことばかり考えている自分の浅ましさに反吐が出た。
一歩間違えれば、ヒートもなにも関係なく彼を襲い、その身体を余すところなく貪り尽くしてしまいそうだった。
自分のおぞましい衝動を抑えるために、嗜好品に手を出し始めたのはこの頃からだ。
橘を求めて寂しがる口が咥えたのは、煙草。しかもスゥッと鼻を突き抜けるメンソール系。
清涼感のある爽やかなミントの香は、こんな関係になる前に手に入れた橘のリップクリームと、よく似ている香りだった。
これが一番、橘の唇の味に近い気がした。
あの頃の思い出に必死に縋り付いて日々を生きる。
そんな惨めな4年目だった。
──────
淡々と、姫宮視点の最期の章(後篇)が始まります。
お付き合いいただけると嬉しいです。
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