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第三章 狂った八月

第六話 同窓会(※)

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 大阪出張から戻り、相変わらずな日々が続いた。授業、部活、辻本との暴力的な性行為、そして謎の男との秘め事……

 職員室の福山のデスク、更半紙の上で赤ペンを転がす。安いリサイクル用紙は試験問題や普段のプリントに利用される教師の必需品だ。
 その上で、次の授業の計画を立てながら、福山は唸っていた。

「X……」

数学では分からない答えに記号やアルファベットを当てはめる事が多い。
有名どころだとやはりXだろう。

(あの男はXだ)

気になるのに、分からない。
まさにXだった。解くための要素が殆ど揃っておらず、共通点と見つからない為、とても難問だ。

男、物を漁る、大阪土産を持って帰った(のち丁寧に返却された)、布団を用意したり、夕顔を育てている。

(そして俺を抱いている)

今夜は今までで一番遅い23時に待ち合わせで、その前には……

「同窓会楽しみだな。あいつら元気にしてるかな?」

 手を擦り合わせながら職員室を出て駐車場に向かう。辻本はすんなり今日のお仕置を見逃してくれた。
今日は何もない、そして同窓会の後にはあの男Xに逢う、苦痛のない幸せな1日になると確信していた。その表れで浮足立ち、胸を弾ませながら会場へ向かう福山だったが、脳裏に1人の男が浮かぶ。

(流石にたくさん卒業生もいるから、あの話にはならないか……)

一抹の不安を消し去り、もう一度口元を緩めた。

 会場は居酒屋の二階を貸し切っていた。少し薄暗い橙色のアンティークな明かりに、廃れた印象をわざと与える色彩の階段。狭すぎて、この上にクラスの大半が入るのかと心配になったが無用だった。座敷で襖を全て取っ払うという気遣いを店側がしてくれていた。会場には幹事の学級委員長含め既に20名ほど集まっていた。

「せんせーい‼」

黄色い歓声が飛び、素直に顔が崩壊する。久しぶりに教え子たちを前にして、嬉しさでふらつく。

「あははは! 先生、足腰弱くなったの?」

と茶化す女子生徒が、自分の横をポンポンと叩く。化粧をして、髪も染めているが口元の黒子で分かる。

「お前、今井か」
「そうだよ! 先生久しぶり!」

今井の横に座ると、回りから「えーこっちは?」と悲し気な声が飛ぶ。学級委員長が「あとで交代すればいいだろ」と提案した後、ほとんどの生徒が集まり、同窓会はスタートする。

「……」
「先生、キョロキョロしすぎ! そんなに懐かしい?」
「いや、宇野がいないなって」
「あー宇野君なら仕事になったんだって!」
「そうなのか?」
「仕事忙しいんだって。私ともなかなかデートしてくれないの」
「え? お前ら付き合ってんの?」

今井がアルコールでほんのり色づいた顔の前で手をヒラヒラさせる。

「違う違う。狙ってるだけ!」
「高校の時からか?」
「うん。でも女子と絡むような子じゃなかったしね。でも警察官じゃん?! やっぱりかっこいいなあって!」

うっとりする今井の前に座る、別の生徒が「28にもなって結婚相手いないから焦ってんだろ!」と言い、今井が「だって30までには結婚したいじゃん!」と言い返す。

「おい、俺はどうなるんだ」
「先生まだ独身なの?!」

と周りの視線が左手の薬指に行く。
そしてみな直ぐに視線を逸らした。

「お前ら相変わらずだな」
「先生だって相変わらず仕事バリバリだから彼女出来ないんじゃないの?」
「仕事が恋人なんだよ」
「つまり彼女もいないんですね!」

最後は今井に一本取られて、苦笑いしながら別の席へと移動した。
結婚している者もいれば、既に二児の親になっている者も、仕事を必死にこなす者もいて、一人の教師のクラスから卒業していったとは思えない彩だった。

「そういえば、卒業式に貰ったタネどうしてる?」「あーあれか、一応埋めたけど生えてこなかった」「まじ? 俺今でも咲いてるんだけど」

何処からか気になる内容が聞こえる。

「てかあれってなんで朝顔じゃないの?」「確か、提案した辻本先生が……」

その続きが気になって耳をそば立てていると「おい! 今から宇野来るってよ!」という声に遮られた。
それと同時に福山のスマートフォンもなる。

(嘘だろ……)

急いで財布から万札を取り出し、学級委員長に渡す。

「どうしたんですか?」
「仕事になった。帰るわ。これ、釣りはいらないから」

引き止めたそうに瞳が揺れるが、福山を知る教え子だからこそ何も言わなかった。「悪いな」と言って会場を出る時「次会う時は彼女紹介してくださいね!」と騒がしい声に手を振り別れの挨拶をした。
 店を出て電話に出る。

「もしもし……はい……分かりました」

相手は辻本だった。
やはり彼がすんなり福山を野放しにするわけがない。

「どこですか? はい……国道の○○ホ……?!」

ホテルの名前を繰り返そうとして、スマートフォンの口元を抑える。

「やっほ先生!」

宇野が現れた。
黒のチノパンに、グレーのシャツというラフな格好。袖からは今井がかっこいいと叫びそうな筋肉質な腕が伸びていた。
その先の大きな手が福山に向けて振られている。

「すみません。すぐ行きます」

と慌てて電話を切る。

「電話してた? ごめんなさい」
「いや、もう終わった」

宇野の横を通り過ぎようとしたが、目の前を警察官の逞しい腕が塞ぐ。

「腕をどかしてくれないか?」
「どこ行くんですか? もしかして同窓会終わった?」
「俺は今から仕事だ。まだみんないるぞ」
「先生、戻ってくる?」

宇野の逞しい腕に浮き上がる血管を見つめる。この後、辻本として、あの男ともする。三次会でもない限り戻って来れる時間ではない。

「もう戻ってこない」
「そっか。俺、先生に話があるんですけど」
「今じゃ駄目なのか?」
「駄目です。長くなります」
「今夜は無理だ。何時になるか分からない」
「今夜、電話かけてもいい?」
「たぶん出られないぞ」
「それでもいいです」

この前とは違って、目が笑っていない。声も低い。
何か変なことに巻き込まれたのではと不安に駆られる。

「何か相談か?」
「うん」

それを言われては教師の福山は黙っていない。

「分かった。出られなかったらごめん。でも必ず聞くから」

そういうと、ニパッと笑った宇野は腕を退かした。

「仕事行ってらっしゃい!」

と送り出され、罪悪感でいっぱいの福山は辻本に指定されたホテルへ向かった。
その後姿が見えなくなるまで宇野は見届けた。


           *

 国道沿いのビジネスホテルの一室。そこで待ち構えていたのはまたもアルコールを纏った人物だった。床には空の缶ビールが転がっている。そしてその横では……

「うう、あっ……いたッい」

福山の下の穴が焼酎を飲んでいた。中身はカラッポだ。四つん這いで瓶の口の方を突っ込まれた姿は焼酎を飲んでいるようだ。

「もっとほしいか?」

瓶の底を押し、穴が広がる。

「ぐッ……ああッ」
「俺の約束をないがしろにするとはいい度胸だな」

辻本は許してなどいなかった。
他の予定を優先した福山をその場では帰したように見せかけて、幸せの時間を引き裂いたのだ。

(本当に何処までも腐っている……)

そう恨み節を心で吐く一方、藤沢の話が頭を過る。しかしどれほど辻本が熱意のある教師であったとしても過去は過去だ。今やっている事は許される事ではない。

「ぬい……て……ンンッ?!」

多少の口答えも許容されない。
辻本は瓶のくびれより奥まで突っ込もうとしてくる。

「いッ‼」
「今日はせいぜい痛がれ。明日は玩具で気持ちよくしてやる」

この前のは大阪で捨てた。つまり新しいのを買ったのだろう。

「次は何処でヤらせようか」
「?」
「今度は福岡への出張の時にでも……また一人で玩具遊びして貰おうかな」

口をいやらしく歪ませた辻本がベッドサイドに座り足を組む。
組まれた足先を瓶の上に乗せ、力を込める。

「ぁぁあッ!」
「返事は? 八月末の福岡出張の代理」
「ッあ、は、はい……行きます」

力が弱まり瓶が抜かれる。
スッポリ空いた穴に、性器がスルリと侵入し、最後の最後までベッドに上がることなく福山は犯された。

 そして直前まで飲酒していた辻本はそのままベッドに大の字でいびきをかき始める。
ヒリヒリと焼ける痛みを負いながら立ち上がった福山は時計を確認する。

(間に合う……)

こんな状態なのに、あの男の身体を思い出し、痛みが気持ちよさに変わる。ジンジンと熟しだしたそこをひくつかせ、今度はあのアパートへ向かった。

 この時間に咲いていない夕顔を一瞥して思い出す。

(そういえば辻本先生に夕顔の件、聞いてみようか……)

目隠しをしながら、暗闇に10年前を投影させる。生徒が言っている時はしっくりこなかったが、全て思い出した。

 あの年、同じ学年団だった辻本の提案で卒業生への贈り物は夕顔の種になったのだ。なぜそれになったのかは覚えていない。

(宇野の電話に出られたら……聞いてみようか……)

そして、ここにある夕顔とは何か関係があるのかと勘ぐってしまう。
最初のメールには《お前の秘密を知っている》とあった。
福山の秘密は辻本との関係だ。
そして辻本は夕顔の提案者。もう繋がりは十分ある。それでも……

「何故、荷物を漁っているんだ」

それが分からず、この繋がりは単なる偶然としてまた片付けられてしまった。ロジックに決着がついたころ、ドアが開く。

 今日も今日とてリュックを漁っている。そしてその間、福山は「ごめん」といって寝転がった。

思った以上に辻本からされた特殊なプレイが身体にきている。

「はああ」

と大きな溜息をついてしまう。ガサゴソと漁る音が消え、ベッドが軋む。

(きた……)

福山のベルトに手がかけられる。そして福山も身体を起こして男——Xの衣服を奪い去った。熱い身体を重ね、お互いの性器を擦りつけある。

「ん、ああ」

辻本の時より高い声。身体も感じている。
正直相性がいいのかと思ってしまう程、気持ちがいいのだ。
だから止められない。

「ぁあ、ッく……いッ?!」

福山の悲痛な短い声に、Xの肩が跳ねる。

「だ、大丈夫だ……挿れてくれ……」

秘部に走った激痛を耐える。

(これ絶対に切れてるだろ)

乱暴な行為の後遺症がセックスの邪魔をする。いつもは福山をよがらせる指も、戸惑って中で迷っている。

(でも、他の男に焼酎瓶を突っ込まれていたなんて言えないしな)

しばらくお互い迷っていると……

——ブー、ブー、ブー

「?!」

スマートフォンがベッドで振動している。
目隠しをしている為、誰からかかってきたかは分からない。
Xがここに居るという事は、いつもの非通知ではない。
つまり……

(宇野か……悪い……出れそうにない)

放っておこうと、Xの首に腕を回した。
しかし、耳元で爪と画面がカツっとぶつかる音がした。

(まさか……)

『もしもし先生? 今何していますか?』

Xが受話ボタンをタップしたのだ。
何も知らずに呑気な宇野の声が聞こえる。
何か言わなければ、と思考を巡らせていると、福山の身体がビクンッと反射的に跳ねた。

「?!」

——ギシッ

ベッドがその反動で軋む。

「ッく‼」

秘部が火傷するように熱い。傷口を癒す様にXの舌先がチロチロと這っている。
そのざらついた舌先の柔らかさと繊細な動きに、痛みが快楽へと変わっていく。

「んんッ‼」

口を必死に抑えるが、声が漏れる。
宇野に返事などできない。

『せんせーい! おーい!』

何も言わぬ福山を呼ぶ声がする。福山の代わりにその声にこたえる様にXの舌の動きは激しくなり、とうとう蜜壺を広げ始めた。

「はっ、んあッ」
『先生? 何かあったんですか?!』

異常事態を感じ取った宇野。慌てて福山は役目を果たさなくなったガムテープを探り、雑な長さに千切った。
それを久しぶりに口に当てる。

そして手を必死に動かし『先生? 福山先生‼』と繰り返し呼ぶ声を頼りにスマートフォンを探す。

——コツンッ

指先に硬い物が触れる。それは熱を持ち始めていて、画面を叩く様にタップした。

——ツー、ツー、ツー

「ふうう……」

ガムテープを外す。そして脅威が去った身体は快楽だけに支配されていく。

「舌……あつ、い。はぁぁんッ……あ、あ、ごめん……ごめんな、宇野」

教え子に謝罪をしながら堕ちていく。
最初に痛がったせいか、Xは秘部を舐め続け、福山の射精を促しただけで今日の行為は終わってしまった。

「あんたはいいのか?」
「……」

答えなど返っては来ない。
一方的な快楽は、福山の欲望をどんどん高め、この不可思議な関係にもどかしさを感じ始めさせていた。

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