連立スル 夕顔ノ 方程式

ベンジャミン・スミス

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第三章 狂った八月

第二話 狂い出す(※)

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「おーい、そろそろ筋トレして、片付けろ!」

福山は授業をしている教室のベランダから叫んだ。それに反応して、茶色と黒のビー玉たちが振り向く。
次の試合に向けて汗を煌めかせて練習に励む次世代の選手たちは、手を上げて返事をした。

「先生、サッカー部、もう終わるんですか?」

数学の受験対策授業を受けている三年生がベランダにいる福山に尋ねた。

「ああ。俺、今日から出張に行くんだよ」
「えー、じゃ明日の数学の授業は?」
「他の先生が来る」
「福山先生がよかったなあ」

残念そうに天を仰ぐ生徒の姿に申し訳ないやら嬉しいやらで、福山は苦笑いした。

「よし、解けたか?」

クーラーの効いた部屋で、数字と戯れる。
授業後、今日はスーツのままグラウンドに出る。既にコート整備の準備に入りかけていた部員たち。
いつもなら一緒にするが、今日はスーツを着ている上に、時間もない。

「終礼するぞ!」

またこんがり焼けた彼らに明日は部活が休みになる旨を伝え、福山はグラウンドに背を向けた。
後ろから砂とトンボの摩擦音が聞こえ、どんどん遠退く、そして生徒から見えぬ福山の教師の面には亀裂が入り始める。

 通常なら、体育館には室内部がいて、まだ教師も残っている。しかしお盆を間近に控え、早めに休みになる部活や休みを取る教師、もしくは遠征に行っている部活動ばかりで、ガランとしている。
体育館もあの不気味な天井からの音がするのみだ。
その奥の教官室に教師は一人しかいない。

「鍵かけて、そこに座れ」

いつもより落ち着きがない辻本が顎がしゃくる先のソファーに座る。最近は人がいないのを良い事にここでやる事が多くなった。

「自分で広げろ」

ジャージを下ろし、屈辱に耐えながら太腿を持ち上げ、広げる。
晒された秘部は、毎日侵入してくる玩具を心待ちにしている。その主は局部にあたるクーラーの風と、気持ちの悪い視線に腹を下しそうだった。

——ブブブ

辻本が太い指でダイヤルを少しだけ回す。震えだした音に福山の性器は早速反応を見せ、思わず視線を逸らした。

「ここは素直なのに、お前はどこまでも強情だ。だからいまだにこんな目に合うんだよ」

場所を探りもせずに押し付けられたローターを「なあ?!」と語尾を強めた辻本が指ごと肉壁を抉った。

「いッッ‼」

太腿に爪を食い込ませ耐える。食いしばった歯がギシっと音を鳴らす。

「自分が耐えればいいと思ってんのか?!」

——パンッ‼

左頬に焼けるような痛みが走る。

「むかつくんだよ‼」

殴られ、中を掻き回され、最後には両手が福山の首を絞めつけた。

「ゴホッ、うッ……ッ‼」

薄く目を開けると、目を血走らせ、歯の隙間から涎を垂らす辻本のあまりの形相に、それ以上開ける事ができない。

「あの時も! お前は! あいつを!」

(あの時? あいつ?)

「宇野を!」
「うぐッ?! ……あっ、がっ……」

首の血管を引き千切る強さで首を絞めつけられる。顔を上げ、酸素を確保しようとするが、わずかで意識が遠のく。
その残された意識でも分かる。
辻本の福山に対する恨み。それは日に日に酷くなり、とうとう今日、死の恐怖まで与えた。

「お前が、宇野を助けたりしたから!」

首の骨が音を鳴らし始め、福山は辻本の手首を掴んだ。いつの間にかローターは外に転がり出て、肉壁は辻本の性器を飲み込んでいた。
だが、この異様なまでの憎悪と憤怒に下半身の事など無いに等しい。
その怒りが浮き上がる手首を掴み押し返す。

「うぐぐぐ……やめて……ください……」

力ならまだ福山の方が上だ。
辻本は全体重をかけ応戦する。ソファーが床につくほど沈み込み、再び、福山の首は絞まり始める。

「ゴホッ‼ ……ヒッ」

喉が細くなった高い声に、辻本がハッとなり血管の浮き出た手を離す。

「はぁ……はぁ……」

真っ赤になった首を擦る福山が視線を上げる。それが生意気に見え、辻本は青筋を再び立たせた。

だが、今度は首ではなく、おざなりになっていた下半身に仕置する。

「……ッ、あっ……んんッ!」

ローターや絞首に比べればどうってことない。悪い慣れ方をした福山は、激しいピストンを繰り出す辻本の罵声を聞きながら最後まで耐えた。
ソファーは浮き、床と衝突し、脳内に響く音は全て怒りが籠っている。

(……どうしてここまで宇野の事を根に持つんだ)

引き抜かれた泡立つ性器を見ながら、福山は虚ろな目で考えた。
その目が絶望に揺れる。

「先生……流石に、もう……」

肩で息をしローターを手にした辻本。
福山の蜜壺は限界だった。ローションのない性行為は、最後の最後に精液で濡らされただけ。

それに……

福山は壁時計に視線をやる。

「そろそろ出張に行かないといけません」

それでも辻本はローターを近づけてくる。

——ブブブブ

「ぁぁッ……え?!」

刺激に仰け反るが、背を向けてしまった辻本に福山は嫌な予感がした。

「それを挿れたまま大阪に行け」
「む、無理です!」
「命令だ。新大阪駅についたら必ず電話しろ。いいな?」

ふざけた現実味のない提案に、異論を唱えようとソファーから立ち上がるが、「んっ」と声を上げ倒れた。

(動いたら……いいところに当たって……)

「いい気味だ。絶対に捨てるなよ。分かったらさっさっと行け」

動けるわけがない。
だが、辻本がセキュリティーカードを取り出し、慌てて身支度を整えた。教官室にセキュリティーをかけられてしまえば、感知式の警備がかけられた部屋に閉じ込められて身動きが取れなくなる。動けば警備会社に通報されるシステムだ。

「んっ……ッ!!」

声を必死に抑え、教官室を出る。
そのまま職員トイレに駆け込み、辻本の言葉を無視してローターを抜いた。

「無理があるだろ。こんなの挿れたまま……」

しかし、遠隔操作式のローターのリモコンは辻本が持っている。離れれば問題ないと思ったが、どうやら単品でもずっと動ける仕組みのようだ。

——ブブブブブブ

「ゴクリッ」

ずっと震えるそれに下半身が疼き、不埒な妄想をしてしまう。

(駄目だ。ここは学校だ)

辺りを確認し、職員トイレを出る。
足音を煩く慣らして職員室に戻り、荷物を引っ掴んで更衣室へ向かった。

スーツに着替え、ジャージとタオルをローターに巻き付けリュックの奥に押し込んだ。

微かに振動は伝わるものの、音は全くしない。

「連絡しろって事はきっと音を確かめられる」

捨てる事はできない。
これを携えて大阪に行くしかない。

そして、その前に……

「やばい! 急がないと!」

車まで駐車場を走り抜ける。
大切な待ち合わせ場所にでも向かう様に、福山はハンドルを切った。
 
約束の18時ちょうどにアパートの駐車場に滑り込んだ。
もしかしたら男と鉢合わせるかと期待したが相変わらず人気はない。この時間に来たのは初めてで、アパートの外観は最近よく見るデザインの外観だった。お洒落な壁は煉瓦色だが煉瓦ではない。どこか西欧のイメージを当えるそれは夕日に照らされて綺麗だった。

「こんな外観だったのか……これなら玄関先に朝顔があってもおかしくないな……ん? あれって……」

リュックにいれたローターはせめて車に置いていこうと直前まで考えていたのに、福山はそれをせずに車を出て、吸い込まれるように部屋に早足で駆けた。

「朝寝坊にもほどがあるだろ」

前かがみになった福山の視線の先……
小学生がよく持っている淡い青色のプラスチックの植木鉢、その中で朝顔が白い花を咲かせていた。

「もう夕方だぞ……ああ、そうか……お前……」

——夕顔だったのか。

福山は左胸を押さえつけた。そして胸やけを緩和させるように全体的に撫でる。

(何だろう……夕顔……どこかで……)

伸ばした茶色い手首で時を刻む長い針が「2」の方へ倒れている事に気が付き、手を引っ込めた。

 そしてまだ誰もいない1Kの部屋へと足を踏み入れた。相変わらず雨戸は閉まったままで闇が広がっている。
スマートフォンの明かりを頼りにベッドに座りこむ。

ライトを消して自分で目隠しとガムテープをして、あの男が来るのを待った。

(今日も話したいけど……しつこいと嫌がられるか?)

顔の分からない正体不明の男と二人きりの空間。相変わらず死と隣合わせであるかもしれないというのに、福山は危機感をさほど募らせていなかった。

夕顔を育て、布団を準備し、そして福山に何が何でも会おうとする。

そんな男に別の興味を抱き始めた。

それに……

(生活の一部になっているんだよな。1日の締めみたいな……そのせいか寝てしまう程、安心する)

ここは少し居心地が良かった。

——ガチャッ

「?!」

男が来た。
相変わらず男は何もしゃべらない。ただガサゴソと音がするのみで、今日も福山のリュックを漁っている。

——ブブブブ

「?!」

ハッとなる。リュックの中のローターの存在をすっかり忘れていた。しかし口を塞いでいる為、声は出ない。

(まあいいか、知らないやつに変態と思われてもどうもない)

そもそもあれがローターだと気付いているかも分からない。そう脳内が冷える一方で、下半身は熱を持ち始めていた。

(くそ……反応している……)

ローターの気持ちよさを身体に刻み込まれ、音を聞いた瞬間から秘部はひくつき、中がジンジンして熱い。筋肉収縮の微量の刺激で肉壁を震わせ、それが快楽に変わる。
 
「ッ!」

微かとはいえ、その刺激が徐々に性器を強張らせる。
その間も男はリュックを物色している。合間に漏れ聞こえるローターの振動。

——カタン、ブブブブブ‼

床に落下したローターが大きな音を鳴らし、福山の鼓膜を、そして何も挿入されていない肉壁を震わせた。

「んああ」

ただの妄想と音。だが、中を開発されている福山には十分だった。声を上げてしまい、ローションの音で興奮が高まって行く事に似ているその現象は、福山の腰を揺らした。

「んッ……」

口のガムテープが湿り、中で涎が広がり不快だ。下半身も同じでオーガズムに達する事ができず、欲を吐き出したくてベッドに性器を擦りつけた。

バレていない。そう思っていたのに。
男の気配を近くで感じ、顔を上げる。
だが自分が本当に上げているのかも、男が近くにいるのかも分からない。

「ん?!」

頬に手が触れる。温かい。指が福山の輪郭を辿る様に滑り、ガムテープを優しく剥がしていく。ヒリヒリとする箇所も撫でられ、福山は思わずため息を吐いてしまう。

「はああ……ん? ッ‼ ぁあ、あっ、やめ……」

——ブブブブブブ

耳元でローターの音がする。
虫を払う様に頭を振るが、逆にそれが福山の正確な位置を男に伝えてしまい、更にローターの接近を許してしまう。

「ふああ……くッ、ぁぁあ」

耳輪、頬、そして口元に寄せられるローター。だがそれはそれより下にはいかない。本当に欲しいところは疼くばかりで、欲が外に出たがり腹の中で暴れ狂っている。

「うあ……んんッ……もっと……下……」

知らない男に懇願する。
今の福山は教師人生で一番解放されている。縛る辻本も居なければ、無意識に教師として背伸びしてしまう生徒もいない。
 どこかここが安心できる場所なのはそのせいもあるのかもしれない。
だから……

「ッ、お、お願いだ……」

——強請った。

「俺を……抱いてくれ」

——見知らぬ男に性行為を強請ってしまった。
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