連立スル 夕顔ノ 方程式

ベンジャミン・スミス

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第二章 激震する七月

第三話 独りのロスタイム(※)

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——翌日
洗面台で歯を磨きながらメールを確認する。

「またか」

《21時 いつもの場所》

今日はこれだけだった。手順は昨日と同じという事だろう。

やはり警察に言うべきかとも考えたが、実害がない上に「公務員」という有難くも有難くない肩書が邪魔をする。
変なニュースにだけは巻き込まれてはいけない、巻き込まれたとしても表に出た時の国民の反感が大きすぎて、みな無意識に隠してしまう。
特に今回は福山だけの問題だ。
隠しておいても問題はない——そう結論にいたり結局、警察には連絡をしなかった。

むしろ……

「警察に言わなければいけないのは辻本先生の方だ」

あれは確実に強姦だ。逮捕され、最悪懲戒免職となる案件。
だが、これも公務員と言う立場が邪魔する。
気持ちを吐き捨てるように口をゆすぐ。ミントが程よく洗い流され、すっきりとする。

「そしてあの人はそれを利用しているんだ。俺の考えを見抜いてるからこそあそこまで好き勝手される」

今日もそうだ。
鼓膜の奥で振動する音が聞こえる。

「くそッ!」

痛いくらい目を瞑り、鏡に拳を打ち付けた。

ローターあれには勝てないかもしれない」

もう10年も辻本以外と関係を持っていない福山にとって、機械だろうと、あの刺激は恋しくて堪らなかった。

「でも……あの人の前ではイきたくない……だったら今のうちに出しておけば……」

鏡にうつる福山は自分と目を合わせない。
そして言い訳しながら、指で弄んでいたスマートフォンのバイブ機能を起動させる。

———ブー、ブー、ブー

それを秘部に押し付けた。

「はっ……はああ」

性器が目を覚まし、伸びをする。天に向けられた頭から雫が浮かび上がる。

「んくっ、うう……」

バイブの振動は中に挿入されていなくても、皮膚と筋肉を通じて、前立腺に届く。臀部の筋肉を締め、中を自分でひくつかせる。

「うッ、あ……いつのまに……こんな、男になって……いた、あああん……だ」

手を使わずとも、絶妙な筋肉の収縮で肉壁を震わせ、前立腺を刺激している。
こんな芸当が身についている自分が愚かであるのに、今の福山はそれを利用した。

———ブー、ブー、ブー

「ぁぁあ……ん、はっ、んあッ……」

——ブー、ブー、ブー

ローターよりも緩やかな振動なうえ、ずっとは続かない。もどかしい刺激に、腰が揺れる。

「もっと……ほしい……」

額を壁に擦りつけ、身体を支える。
左手にもつスマートフォンを押し付けながら、右の人差し指を中に侵入させた。

(第二関節……)

まさかここで辻本に教えて貰った福山の前立腺の位置が役に立つとは思わなかった。悔しさで眉間に皺が寄るも、指に腹が捕らえた突起に、理性が弾けた。

「あああッ‼ ……いッ、んあ、き……きもち……あぁ、ダメ……何だ、これ……ああ、はあ……」

自分にしたいように、与えたいように刺激を与えられた蕾は膨らみ、その反動で、性器に溜まった雫も溢れ、血管を這うように垂れていく。

「ぁぁ、ああ……いい、すごく……んふッ」

揺らしていた腰が激しくなり、白い壁に性器を擦りつけ、射精を促す。二本の手はバイブレーションと前立腺に出払い、壁で擦るという寂しい自慰を演出している。

それでも良かった。

「こんなの……知らない……」

気持ちよさで。もうどうでもよくなっていた。自分で指を挿れ、自分で中を掻き回し、そしてその刺激に耐えきれず、自分の指を肉壁で締め付ける。
 壁を伝って青臭い臭いが上がってくる。

「……ッンン……はあ、ぁぁああ、ああ、い、イくッ……ああッ‼」

壁から身体を離したが、勢いよく飛び散った白濁色の飛沫は壁を汚した。

「はあ……はあ……はあ……さ、最悪だ」

白い壁に染みを作る白は、目を背けたくなるほど汚らしい。
目を逸らしながらティッシュでガシガシと擦り、虚無の塊をゴミ箱へ捨て去る。

 もうシャワーを浴びている時間はなく、もう一度冷水で顔を洗い、福山は学校へと車を走らせた。
通勤中、心の中で、辻本にローターでイかされない為だと言い聞かせた。
そしてその我慢を伴う夕方はあっという間に来た。

 炎天下で部活をした後のべたつく身体が、体育館倉庫の冷たい床に転がる。
両手をついて身体を起こそうとしたが、辻本に向けている無防備な臀部を蹴飛ばされる。

「じっとしてろ」

昨日殴った事で暴力の箍も外れたのか、乱暴さに拍車がかかる。小さな子供が悪い事をしてお尻を叩かれるように、ジャージを捲られる。

「……ッあ!」

 相変わらず迷いもなく侵入し前立腺までやってくるローター。

——ブブブ

「ッ‼」

微弱ながらも存在感のあるそれに、福山は背筋を張り、尻を突きだした。腰をくねらせどうにか位置をずらしたり、快楽から逃げようとするが、四つん這いでその仕草は辻本を煽るだけだった。

「とんだ肉便器だな」

自分に向けられる福山の広がった穴を見てゴクリと生唾を飲む。その光景はとんでもなく卑猥で、辻本の性器を興奮させた。
福山の前にしゃがみ込み、頭頂部の黒髪を雑に鷲掴みにした。
無理矢理顔を上げさせられた福山の鼻先を汗とアンモニアの激臭が掠め、眉を顰めた。顔を背けたくなるそれは、間髪入れず口内に捻じ込まれる。

「んふッ……んむ、んんん」
「相変わらず下手なフェラだ。覚えも悪すぎる」

不規則なピストンで、頬の薄い内壁を抉られ、喉の奥を突かれ、舌下の窪んだ繊細な部分までも暴れ狂う性器が襲う。
痛みと臭い、そして辻本の荒い息は福山の鼻を曲げさせ、脳内を麻痺させ、朦朧とさせる。
細めた目を何と勘違いしたのか、辻本はローターのダイヤルを回した。

「んんんッ‼」

四つん這いの背骨が反り、顎が上がる。

「ッ痛‼」

性器に歯が当たり、辻本は顔を顰め、次の瞬間には、怒りで歯ぎしりをし、性器を喉の奥へと押し込んだ。

「ングッ?!」
「いてーだろ‼ あんッ?! お前は——」

怒りで声を震わせた辻本の張り手が背中、臀部、身体を支える腕に飛び、頭上からは福山への恨み言を降らせた。

「お前は、俺を、どれだけ、馬鹿にすれば、いいんだッ‼」

言葉を区切るたびに性器を喉の奥に押し込み、福山の目元に雫が浮かぶ。

「お前さえ、いなければッ‼」
「んぐ……ンッ‼ ……ゲホッ‼」

性器が口内からズルリと抜かれ、フェラしていたにも関わらず乾燥した唇との間に糸を光らす。
それを福山の頬を平手で弾き切り離した辻本が、部活の汗でべたついた肩を押して仰向けにさせる。

 太腿に指が食い込み、ローターのせいで勃起したヌルヌルの性器は晒される。
そして震える秘部に性器が挿りたそうに擦りつけられる。

「待って下さい! まだ中にあれが、ぁぁあッ‼」

ローターが奥へ消え、新たに居座った性器のカリが前立腺を擦り上げる。

「嫌だッ! あ、あ、ああ……もう……あッ、止めてくださいッ」

懇願するも、辻本は目を血走らせていた。
それは快楽とは違う何か。
時折「あの時のあれが」「あれさえなければ」とブツブツ呟いては福山の肉壁を乱暴に掻き回した。

欲が吐き出されるまでそれは続き、終わった頃には福山の性器は萎えていた。奥のローターを自分で吐き出し、最後の刺激で「んあッ」と艶めいた声を出したが辻本の前で射精するのは堪えた。

「明日も来い」

と吐き捨てられ、倉庫の扉が閉まる。
乱暴さを増した性欲処理は確実に福山の精神力と体力を奪う。
それでもまだ残る仕事で己を奮い立たせ、福山は必死に教師の姿に戻った。

 明日の準備を済ませ、再び増田に「今日も早いな」と言われて職員室を出る。
確かに今までの福山は日付が変わるまで働いていた。
その生活にまたいつか戻れるだろうかと考えながら、車に乗り込み、まだ車がちらほら残る駐車場を走り抜けた。

「あっ」
  
 また右に向けたウインカーを左に切り替える。まだ慣れない道を走り、誘われるようにアパートへ。一応周りをキョロキョロするが、人の気配はない。夕闇が落ちてからしか来た事がないせいか、いつ来ても、知らない場所に思えてしまう。
 だが、手慣れたように鍵を開け、ガムテープで口を封じ、目隠しをする。
そしてまたドアの音がした。

(今日はちょっと仕掛けがあるんだよな)

大した仕掛けではない。
ただ、この人物が何を狙っているのか知りたいがために色々入れておいたのだ。
現金が入った封筒は勿論、食べ物、そして「極秘」と記載された冊子とUSBだ。

(USBか冊子に食いついたらビンゴだ)

福山はこの人物が生徒の個人情報を狙った物取りと考えていた。
個人情報は高く売れる。
その検証にと、中身が空っぽのUSBに、夏期課外で解いている連立方程式の問題用紙を綴じて、あたかも極秘冊子であるかのように見せかけたのだ。

——カサッ

(やっぱりか)

紙を捲る音を捕らえた。
しかもじっくり見ているのか長い。

(長い……長すぎる……)

ページを捲り終えた後は、また鞄の漁る音、そしてまた紙の擦れる音。

(やばい……眠い……)

授業をし、八月の猛暑を控えた炎天下で部活をした後、辻本に弄ばれた身体はどんどん重たくなる。
しかも朝から自慰をしたせいで、そもそも一日の始まりから疲労のスタート地点がおかしかった。

(少しだけ……)

福山は目を閉じた。
だが、直ぐにまた開けた。勿論目の前は真っ暗な世界が広がっている。
脳が覚醒し、側頭部に締め付けがない事に気が付いた。

「あれ? 目隠しがない……」

声も出た。ガムテープもない。
もう一度辺りを見渡すと、やはり真っ暗。だが、動かす首は軽い。
バイブレーションが鳴った記憶もなく、手をベッドの上で動かすと、何かに触れる。
 そこには数回にも及ぶ非通知からの着信と……

「ろ、六時半?!」

慌てて立ち上がり部屋を出ようとしたが、朝なのに真っ暗なそこに足踏みしてしまう。
ワタワタとライトをつけドアを開ける。

「眩しッ‼」

朝の陽ざしは暗闇の中にいた目には刺激的だ。トンネルを出た時のようなチカッとする視界に眩暈がしたが、急いで靴を履く。

——ビチャッ

「うわッ‼」

一歩を踏み出した瞬間、足から水の弾ける音がした。
視線を下ろすと、部屋のドアの隣にある目印──植木鉢の下から水が広がっていた。

「あいつ水やりなんてするのか……」

その時は花なんだから当然だと思ったが、乗り込んだ車のエンジン音で頭が更に冴え、その奇怪な行動に頭を傾げた。

「律儀な奴なんだな」

人を呼び出し、物を物色している人間のする事とは思えない。
そしてあんな場所だったにも関わらず、熟睡した頭はもう一つの謎に辿り着く。

「寝坊助な朝顔だ」

葉と蔓、そしてまだ緑の布団の中に包まっている花を一瞥して、車を発進させた。


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