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第五章 夕顔咲く十月

第四話 強い根

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 体中が熱い。そして腹部には何かが食い込むような痛み。開け放たれた屋上の扉が強風で壁にガン、ガンと衝突している音が鼓膜を震わす。

「……」

視界には秋の透き通った空が広がっている。
飛び降りれば確実に校舎が移りこむ筈なのに建物の類は何もない。背中だって硬いコンクリートに叩きつけられなければならないのに、身体を覆う熱い温もりと同じ体温の上にいる。

 そして荒い息遣いが聞こえ、急に空が陰る。そして青空から雨が降ってくる。

「……宇野」

顔をグシャグシャにした宇野が息を荒げ、汗と涙を降らせる。

「何してるんですか!」

雷も振ってきたが、福山はどこか遠い目をしている。

「先生! 先生ってば!」

抱き締められようやく自分が自殺し損ねたと理解した。それどころか教え子に助けられたことも。腹部の痛みは宇野が飛び降りる福山に腕を回し後ろに引っ張った時の痛み。鋭い痛みが物語っている様に命を懸けたそれは遠慮がなかった。

「何で?! どうして?! 先生は悪くないのに!」

涙を流す宇野は、雫と共に汗で顔を濡らし、コンクリートに染みを作っている。

「俺が来なかったら死んでいたんですよ?!」

怒りを露わにする宇野は一抹の不安を覚えここまで全力疾走してきた。いまだ肩で息をしている彼に正気を取り戻した福山も唇を震わせる。

「……せて……くれよ」
「……先生?」

勢いよく上半身を起こし、宇野の震える肩を掴む。あまりの強さに宇野はたじろいた。

「死なせてくれよ‼ 俺は、俺は覚せい剤を運んだかもしれないんだぞ! それにこの10年間、教師の皮だけを被り続けて生活してきたんだ! もう疲れたんだよ‼」

宇野を突き放し、コンクリートに拳を振り下ろし、砂利が跳ねるほど打ち付ける。

「自分を騙して、生徒を騙して生きてきたんだ! 教師として許されない事を俺はあの男としてきた!」

宇野の知らない辻本との関係。
絶対に掴むことができないコンクリートを掴もうと爪を立て、血が滲む。

「それにお前だって知ってるだろ……俺が顔も知らない男とヤるような淫乱教師だって‼」

生徒に見せた事がない様な酷い顔を宇野に向ける。そして宇野はその涙で濡れた恩師の唇に……

「んッ」

キスをした。

「やっとキスできた。やっと……先生の本音が聞けました」

宇野の表情が綻び始める。卒業式で見るような達成感と幸福感に満ちた様な笑顔に、福山は段々と冷静さを取り戻す。

「お前……何でこんな時にキスなんか……」
「嬉しくて。先生がやっと先生以外の素の姿を見せてくれたから」
「人の話聞いてなかったのか? 充分俺の本性なら見ただろ? あれだけ喘がせといて……」

宇野が分からず屋な福山の唇をもう一度塞ぐ。

「まだ明るいところでは見てませんから」

と屁理屈をこねる姿は学生の頃のようだった。

「先生、今夜抱いていい? 勿論電気つけたままで。なんならここでも」
「こら。職務中だろ。それにそもそも付き合ってない」
「付き合いましょう。ね?」
「ダメだ。教え子となんて……」
「先生の喘ぎ声や性格をここまで知っているのは果たして教師と教え子って関係で済みますか?」

昔に比べて饒舌になった宇野に、福山は頭を掻いた。

「そ、それに……俺は……」
「辻本先生と10年間セックスをしていた」

最後の秘密を意図も簡単に口にされ、福山は再び脳内が沸騰した。
しかし先ほどまで幸福に満ちていた宇野の表情が苦しそうになり、慈愛が溢れる。

「宇野……知っていたのか?」
「はい。俺のせいですよね? あのバイク事件のせいで、先生は辻本先生に肉体関係を迫られた」
「知っているなら尚更なんで俺と付き合う気になるんだ?!」
「あれは強姦です。先生の意志じゃない」

宇野の目つきが鋭くなる。

「俺は先生を助けに来たんです。あの男から。だから……」

——だから刑事になったんだ。

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