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九時木

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城の中のイギリス人2

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 『追いまわすことの窮極は、だ』

 モンキュはそう囁きながら、僕の頭を水中へとねじ伏せた。
 僕は酸欠になり苦痛に悶えた。同時に、天国にいるような快楽を味わった。
 モンキュは並外れたサディストだった。悪魔の座に君臨した彼は、物言わせぬ威厳によって、僕に一切の呼吸を禁じた。
 サディズムと権力が密接に関係していることを察したのは、正にこの瞬間だった。
 しかし、彼のサディズムは完全な忌避に値しなかった。むしろ、彼は僕に背徳的な好意を掻き立てた。
 狂乱の最中にあった僕は、『城の中のイギリス人』を天井に掲げたまま、満面の笑みで浴槽の底に沈んだ。
 それは完全犯罪に対する、あるいは一種の美学に対する、豚丸出しの微笑みだった。


 モンキュの狩猟精神は凄まじいものだった。
 彼は生贄を数々の方法で拷問し、自らの快楽のための餌食にした。
 彼は自身を痛めつけることを選ばず、他人を痛めつけることを選んだ。それは紛れもなく、彼の狩猟精神に由来する選択だった。
 彼には人間の虚飾性を剥ぎ取り、野性をむき出しにするという目的があった。そして、その目的が自己完結によっては決して達し得ないことを知っていた。
 彼は城に獲物をかき集め、散々にいたぶった。そして最後には城ごと狩ってしまった。
 城は爆破し瓦礫の山となった。彼も生贄もまとめて砕け散り、拷問の証拠は跡形もなくなった。
 つまり、何もかもが消えた。それは泣いて悲しむにはあまりにも潔すぎる結末だった。


 既存の人間性に対する彼の隠れた敵意と憎悪は、高濃度で混ざり合い、やがて殺意を超えた慢性的な倦怠を生み出した。
 モンキュは発情困難になった。彼は取り繕った人間性に飽き飽きしていたのかもしれない。
 キャビアやウニなどの高級料理も、貴族の衣服も、拷問の見世物に笑う人間も、彼にとっては鈍物も同然のようだった。
 高尚な人間の欺瞞を暴くため、彼は奇行に走った。
 ひたすら逆行し、ついに美徳への反抗心を空に打ち上げた。それは絶頂の結果と呼ぶにはあまりにも凄惨な光景だったが、思想の大成と呼ぶには充分な光景だった。


 だが僕の精神は満足しない。まるで彼の不能を受け継いだかのような面で、その精神は浴槽に沈んでいる。
 僕にとって重要なのは、「寸前」であることだった。殺意をむき出しにする思想と、生を訴える本能が衝突する瞬間こそが、サディズムとマゾヒズムが最も美しく咲き誇る時間だった。
 彼はその瞬間を味わう前に吹っ飛んでしまった。その結末がやはり薄味気味で、もの寂しかった。
 何故皆は死にたがるのだろうか。僕はその問いに対して、永久に確かな答えを示すことができないだろう。
 明後日は出勤日だ。要するに僕は、生者としての役目を果たさねばならないわけだ。
 凡人であることは運がいい。何らかの才能を持った人間はいつの時代も、己の才能のために死に急いでしまうのだから。
 浴室には6冊の本が開かれたまま、散らばっていた。僕の熱は37度まで下がろうとしていた。
 それは体感だったが、確かな吉兆だった。
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