漂流物

九時木

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閉ざされた扉: 居酒屋〜マンション

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 私が「母と揉めたのではないか」と言うと、彼は目を見開き、少しぎょっとしたような様子を見せた。

 「以前、君が母について話していたから」

 私がそう付け加えると、彼は身を固め、緊張をあらわにした。
 私は彼をじっと見つめながら、「母と揉めたのは、君が私の家に訪れた後か」と訊いてみた。
 彼はその答えを言うか言うまいか、悩んでいるように見えた。
 喉元まで答えがやって来ているのだが、途中でつかえ、上手く答えられないといった表情を見せた。
 私がしばらく待っていると、彼はしどろもどろに答えた。

 「当たらずといえども遠からず、というか、その通りなんだ」


 私たちは店前から少し離れ、街灯の下で話をしていた。
 彼は落ち着かない様子で足元や周囲に目を移していたが、やがて話を始めた。

 「君が言う通り、あの後、母さんから叱られてしまってね。色々あって、しばらくバイトに行けなかったよ」

 街灯が彼のやつれた顔を灯し、淀んだ目を映し出した。
 二週間と比べて、彼は少し変わったように見えた。
 血色の良かった顔はやや青白くなり、はっきりとした目もまた、重たげな瞼によって半分ほど覆われていた。
 私の長く続く視線に気がついたのか、彼は恐る恐る口を開いた。


 「母さんは過敏になっていてさ」

 彼は頭を掻きながら、私に言った。

 「いつもと違うことが起こると、それが不安の種になってしまうみたいなんだ」

 彼は口を歪め、言いにくそうな顔をした。

 「だけど、あの日に帰りが遅くなったのは、僕が飲みすぎたせいだろう。コーヒーの香りだって、別に気にしすぎる必要はない」

 「だから、君は何も悪くないんだよ」と、彼はややまとまりの欠いた表情をしながら、私に言った。
 「帰りが遅いことや、いつもと違うにおいがして母に叱られたのか」と私が言うと、彼は歪んだ笑みを浮かべた。

 「少し変な話だろう。僕にもわからないのだけれど、母さんはそれが気がかりみたいだ」

 彼はそう言うと、再び頭を掻いてみせた。
 私は彼の様子を見ながら、しばらく考え込んでいた。
 何分か考えた後、私は彼に一つ訊いてみることにした。


 「君の母から直接話を聞いてみたいのだが、一度、母に会うことはできないか」

 私の頼みは、彼をひどく驚かせた。
 私は「どうだろうか」と彼を見つめ、答えを待った。
 彼は相当に悩んでいるようだった。声を詰まらせては顔を歪ませ、何処か痛みに悶えているような表情を見せた。
 彼の目は揺れていた。明らかな動揺を表していたので、私は「無理には言わない」と付け加えた。
 彼は顔を上げ、おずおずと私を見た。
 しばらく待った後、彼は小さな声で、私に言った。

 「会ってみるかい」
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