NATE

九時木

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50. 集団極性化

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 10月19日土曜日、午後21時。
 チャンネル8にて、『NATEー謎の存在を語る』の放送を開始。

 ゲストは社会心理学者のアンドリュー・カーライル。司会者はロイ・マック。

 「今夜はノンカフェインのコーヒーをご用意しました」マックがコーヒーカップをカーライルに差し出す。

 「カフェインが入っていないコーヒーですね」カーライルがゆっくりと頷く。

 「カフェインには覚醒作用があると聞きましたから。ミスター・カーライル」

 カーライルはそっと香りをかぎ、コーヒーを味わう。
 マックは手を組みながら、その様子を静かに見守る。

 「悪くないですね」カーライルは目元にシワを寄せ、にっこりと微笑んだ。


 「さて、今週は様々な事件がありましたが」少し間を置いた後、マックが話を進めた。

 「中でも我々を驚かせたのは、暴行事件の同時発生です。
 S市内のストリートで、全10件の暴行事件。あなたはこれについて、どうお考えですか?」

 「同時発生というのは、決して偶然ではないと思います」カーライルはコーヒーを手に持ったまま返す。

 「警察の言う通り、事件の背景には何らかのグループが関与しているのでしょう。
 事前の計画のもとに行われたものであると、私は考えています」

 マックは納得したように頷いてから、次の質問を投げかけた。

 「木曜日には、もう一つの事件がありましたね。D1と呼ばれる人物が、N地方局の電波を乗っ取った事件です。

 犯人は声明で、『若者たちを解放しろ』と主張していました。あなたは、この犯人が暴行事件のグループと関係があると思いますか?」

 「あるでしょうね」カーライルは真面目な表情をマックに向けた。

 「犯人は若者のグループを率い、暴行事件を扇動している。
 その人物は、彼らの声を代表するリーダー格なのかもしれません。

 自らの信念を叶えるために、示威行為を取る。これはデモの一環と見ても良いでしょう」

 「犯人は、『仲間を解放しろ』と主張していましたが、我々はどうすべきなのでしょうか?」

 マックが問いかけるような口調で、相手に尋ねる。
 カーライルは足を組み直し、黒いソファにもたれながら告げた。

 「合意のもとの殴り合いとはいえ、互いに傷害を加えているのならば、法律に従って逮捕されるでしょう。

 犯人の声明が、今後の法律のあり方にどのような影響を与えるのかは、今後も観察を続ける必要があります。

 とはいえ、これ以上暴行事件が発生すれば、市議会も黙ってはいられないでしょうね。
 議会は近いうちに、何らかの手立てを講ずると思います」

 カーライルがノンカフェインコーヒーに息を吹きかける。
 湯気がゆらゆらと揺れ、マックがその動きを目で追う。

 カーライルはコーヒーをゆっくりと堪能した後、コーヒーカップをテーブルに置いた。


 「人間は個人より集団で意思決定をすると、過激でよりリスキーな方向へ陥ることがあります。
 いわゆる『集団極性化』です。今回の事件においても、その現象が起こっていると考えられます。

 グループで意思決定を行った結果、暴行によって自らの主張を訴えるようになった。これは危険な兆候だと思います」
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