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40. 挫折
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JACK。それは地下格闘技に似た、他言無用の団体。
10件目の暴行事件に関わった2人の男性は、恐らくJACKのメンバーなのだろう。
彼らは自らの行いを暴行だとは認めておらず、合意のもとの闘いだと主張している。
それは、『信念をぶつけ合う』というJACKの方針とそのまま一致する。
しかし、地下で行われていた殴り合いが、路上で行われることを、ダンは想定していたのだろうか?
「今回の暴行事件について、君は何か知っているのかい?」
ウィルが火照った顔で、私に問う。
私は少し黙ってから、説明した。
「私が以前、合意のもとに殴り合いをしているグループについて話したのは、あくまでも仮の話ですから……」
「偶然の一致ですよ」私は小刻みに震える肩をすくめ、何とか誤魔化してみせようとする。
長い沈黙が訪れ、私の手のひらに汗がにじむ。
少々無理があったかもしれないと懸念したが、幸い、ウィルは相当に酔っていた。
「そうかい」と言うと、彼はソファに横たわり、手足を脱力させた。
私はほっと胸を撫で下ろし、椅子に座り込んだ。
「ところで、物語を本当に書き直すのですか?」
時計が半周した頃、私は、寝転がったままうとうとするウィルにそっと話しかけていた。
「現代問題を意識した物語を目指しているんだ。今のままでは、それが叶わないからね」
ウィルは気乗りしない様子で答えた。
「僕も落ちぶれたものだよ。自分自身に対して、何も気の利いた言葉が思いつかない。低迷期とは、正にこのことだね」
ウィルがむくりと起き上がり、再びワインを注ぐ。
「流石に飲みすぎですよ」少し心配になった私は、ウィルからワインを取り上げ、コルクで蓋をした。
「今はぐっすり眠りたい気分なんだ」ウィルは充血した目でこちらをじっと睨む。
「すぐに書けなくたって良いでしょう。少しずつ進めていけば、必ず物語が完成しますから」
私はできるだけウィルからワインを遠ざけ、彼を諭す。
「君も不運だな」私の言葉を受け取ったウィルは、独り言のように呟いた。
「入社2年目で、耄碌の僕のもとに回されるなんて。
僕の執筆活動は、10代の頃に書いた『分身』でピークを迎えている。ほとんどの書評家がそう言うものだよ。
君にもわかるだろう?近頃の僕は、まるで健筆を振るっていないと……」
「どうか卑屈にならないでください」私は決然とした態度で、ウィルに訴える。
「私はあなたの物語を信じています。あなたには、表現しきれない人の心を表現しようとする姿勢が伺える。
まだ、書くべきことはたくさんあるはずです。そうでしょう?」
「わかっているさ」ウィルはため息をつき、その場で項垂れた。
「失礼なことを言って、悪かったよ。
君は何も悪くない。僕はこの物語を意地でも書かなくてはならない。そうなんだな」
「私はあのままのストーリーでも構わないと思います。充分に、現代の影を映していると思いますから」
「尽くしてみせるよ」ウィルはソファから立ち上がり、ゆっくりと私の方を見た。
「君の期待は裏切りたくないからね」
10件目の暴行事件に関わった2人の男性は、恐らくJACKのメンバーなのだろう。
彼らは自らの行いを暴行だとは認めておらず、合意のもとの闘いだと主張している。
それは、『信念をぶつけ合う』というJACKの方針とそのまま一致する。
しかし、地下で行われていた殴り合いが、路上で行われることを、ダンは想定していたのだろうか?
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私はほっと胸を撫で下ろし、椅子に座り込んだ。
「ところで、物語を本当に書き直すのですか?」
時計が半周した頃、私は、寝転がったままうとうとするウィルにそっと話しかけていた。
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ウィルは気乗りしない様子で答えた。
「僕も落ちぶれたものだよ。自分自身に対して、何も気の利いた言葉が思いつかない。低迷期とは、正にこのことだね」
ウィルがむくりと起き上がり、再びワインを注ぐ。
「流石に飲みすぎですよ」少し心配になった私は、ウィルからワインを取り上げ、コルクで蓋をした。
「今はぐっすり眠りたい気分なんだ」ウィルは充血した目でこちらをじっと睨む。
「すぐに書けなくたって良いでしょう。少しずつ進めていけば、必ず物語が完成しますから」
私はできるだけウィルからワインを遠ざけ、彼を諭す。
「君も不運だな」私の言葉を受け取ったウィルは、独り言のように呟いた。
「入社2年目で、耄碌の僕のもとに回されるなんて。
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「失礼なことを言って、悪かったよ。
君は何も悪くない。僕はこの物語を意地でも書かなくてはならない。そうなんだな」
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