29 / 72
29. 心理
しおりを挟む
目の前で、ウィルが執筆を続けている。
新品の原稿用紙が、印刷機にかけられたかのように次々と文字で埋もれていく。
ウィルは尋常でない速さで文章を書いていた。私は彼の忙しないペンを眺めながら、そっと話しかけた。
「あなたの話を聞いて、少し気になったことがあるのですが、ここでお尋ねしても良いでしょうか?」
ウィルはちらと私の方を見て、「構わないよ」と、にっこり微笑んだ。
私は少し間を置いてから、彼に話した。
「あなたは先程、無意識の攻撃についてお話しました。
自己正当化が進むと、無意識に他人の意見を否定し、攻撃するようになると」
「そうだね」ウィルが優しく相槌を打つ。
私はじっと考えながら、続きを言った。
「それでは、無意識の攻撃があるということは、意識的な攻撃もあるということでしょうか?」
「それは悪意のことかな」ウィルは顔を上げ、私をじっと見る。
「それとは少し違うんです」私は言葉を選びながら、話を続けた。
「例えば、こんなグループがあるとします。
そのグループでは、互いの主張をぶつけ合う。相手の考えに異議があれば、殴り合いで解決する。
殴り合いは、互いの了承のもとで行われます。ですが、勝ち負けはあるようでない。そこではただ、自身の信念をぶつけること自体が目的化している」
スポーツとは違う何か。意識的に行われる攻撃。ウィルは、このグループにはどんな意味があると思いますか?」
「そうだな」ウィルは考えるようにして、視線を斜め上に向ける。
「まず、君は信念をぶつけることが目的と言ったけれど、それは単なる信念のぶつけ合いではないかもしれないね」
ウィルがそっと微笑みながら、私に言う。
「どういうことでしょうか?」私は首を傾げる。
彼はペンを置き、静かに答えた。
「まず信念がぶつかり合うのは、それぞれの信念の性質が異なるからに他ならない。
意見が違うからこそ、衝突する。だけど、彼らはそれを知っていて戦っている。
でも、相手と自分がどう違うのかはわからない。だから、戦ってもっと知りたいんじゃないかな」
「それならば、話し合いの方が余程ためになるのではないですか?」私はますます首を傾げながら、ウィルに問う。
「そう思いたいところだけれどね。互いについて知る方法は、何も言語だけではないはずだよ」
ウィルは話を続ける。
「相手にパンチを食らわせる時を想像してみるといいさ。
その時は、ただがむしゃらに腕を振るのではなく、相手の目や動きを読み取って、確実に相手に当たるように調整するだろう。
いわゆる非言語コミュニケーションだ。殴り合いにはリスクがあるから、自分の身を守りながら相手を攻撃する。
そこには、言葉では表しきれない心理戦がある。少なくとも真剣な戦いならば、相手の心理を細かく読み取って、相手を理解する過程が生まれるはずだよ」
「そこに勝敗がないということは」ウィルは再びペンを取り、原稿用紙にペン先を付けた。
「その過程を重視する、ということだろうね」
ウィルはさらさらと執筆を再開する。私は彼の言葉に耳を傾けながら、内容を日記にメモしていた。
「その本は?」ウィルは不思議そうに私の日記を見る。
「日記です。あなたの言葉を書き留めているんです」
私の返答に、ウィルは笑う。彼は原稿用紙をぺらぺらとめくりながら、私に言った。
「君は真面目なんだな」
新品の原稿用紙が、印刷機にかけられたかのように次々と文字で埋もれていく。
ウィルは尋常でない速さで文章を書いていた。私は彼の忙しないペンを眺めながら、そっと話しかけた。
「あなたの話を聞いて、少し気になったことがあるのですが、ここでお尋ねしても良いでしょうか?」
ウィルはちらと私の方を見て、「構わないよ」と、にっこり微笑んだ。
私は少し間を置いてから、彼に話した。
「あなたは先程、無意識の攻撃についてお話しました。
自己正当化が進むと、無意識に他人の意見を否定し、攻撃するようになると」
「そうだね」ウィルが優しく相槌を打つ。
私はじっと考えながら、続きを言った。
「それでは、無意識の攻撃があるということは、意識的な攻撃もあるということでしょうか?」
「それは悪意のことかな」ウィルは顔を上げ、私をじっと見る。
「それとは少し違うんです」私は言葉を選びながら、話を続けた。
「例えば、こんなグループがあるとします。
そのグループでは、互いの主張をぶつけ合う。相手の考えに異議があれば、殴り合いで解決する。
殴り合いは、互いの了承のもとで行われます。ですが、勝ち負けはあるようでない。そこではただ、自身の信念をぶつけること自体が目的化している」
スポーツとは違う何か。意識的に行われる攻撃。ウィルは、このグループにはどんな意味があると思いますか?」
「そうだな」ウィルは考えるようにして、視線を斜め上に向ける。
「まず、君は信念をぶつけることが目的と言ったけれど、それは単なる信念のぶつけ合いではないかもしれないね」
ウィルがそっと微笑みながら、私に言う。
「どういうことでしょうか?」私は首を傾げる。
彼はペンを置き、静かに答えた。
「まず信念がぶつかり合うのは、それぞれの信念の性質が異なるからに他ならない。
意見が違うからこそ、衝突する。だけど、彼らはそれを知っていて戦っている。
でも、相手と自分がどう違うのかはわからない。だから、戦ってもっと知りたいんじゃないかな」
「それならば、話し合いの方が余程ためになるのではないですか?」私はますます首を傾げながら、ウィルに問う。
「そう思いたいところだけれどね。互いについて知る方法は、何も言語だけではないはずだよ」
ウィルは話を続ける。
「相手にパンチを食らわせる時を想像してみるといいさ。
その時は、ただがむしゃらに腕を振るのではなく、相手の目や動きを読み取って、確実に相手に当たるように調整するだろう。
いわゆる非言語コミュニケーションだ。殴り合いにはリスクがあるから、自分の身を守りながら相手を攻撃する。
そこには、言葉では表しきれない心理戦がある。少なくとも真剣な戦いならば、相手の心理を細かく読み取って、相手を理解する過程が生まれるはずだよ」
「そこに勝敗がないということは」ウィルは再びペンを取り、原稿用紙にペン先を付けた。
「その過程を重視する、ということだろうね」
ウィルはさらさらと執筆を再開する。私は彼の言葉に耳を傾けながら、内容を日記にメモしていた。
「その本は?」ウィルは不思議そうに私の日記を見る。
「日記です。あなたの言葉を書き留めているんです」
私の返答に、ウィルは笑う。彼は原稿用紙をぺらぺらとめくりながら、私に言った。
「君は真面目なんだな」
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
その男、人の人生を狂わせるので注意が必要
いちごみるく
現代文学
「あいつに関わると、人生が狂わされる」
「密室で二人きりになるのが禁止になった」
「関わった人みんな好きになる…」
こんな伝説を残した男が、ある中学にいた。
見知らぬ小グレ集団、警察官、幼馴染の年上、担任教師、部活の後輩に顧問まで……
関わる人すべてを夢中にさせ、頭の中を自分のことで支配させてしまう。
無意識に人を惹き込むその少年を、人は魔性の男と呼ぶ。
そんな彼に関わった人たちがどのように人生を壊していくのか……
地位や年齢、性別は関係ない。
抱える悩みや劣等感を少し刺激されるだけで、人の人生は呆気なく崩れていく。
色んな人物が、ある一人の男によって人生をジワジワと壊していく様子をリアルに描いた物語。
嫉妬、自己顕示欲、愛情不足、孤立、虚言……
現代に溢れる人間の醜い部分を自覚する者と自覚せずに目を背ける者…。
彼らの運命は、主人公・醍醐隼に翻弄される中で確実に分かれていく。
※なお、筆者の拙作『あんなに堅物だった俺を、解してくれたお前の腕が』に出てくる人物たちがこの作品でもメインになります。ご興味があれば、そちらも是非!
※長い作品ですが、1話が300〜1500字程度です。少しずつ読んで頂くことも可能です!
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる