NATE

九時木

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28. 物語

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 10月9日、午後11時。私は仕事のため、ウィルの家に向かっていた。
 いつも通りインターホンを鳴らすと、ウィルが落ち窪んだ目で私を迎えてくれた。

 「一夜漬けでしたか」私は彼の痩せこけた頬を眺めながら、声をかける。
 ウィルは頭を掻き、遠慮がちに笑った。

 「わかるかい。でも、執筆はかなりはかどったよ。
 一度、君の前で没にした物語があっただろう。あの続きを書いたんだ」

 「物語を聞いてくれるかな」ウィルがまっすぐな視線を私に送る。
 私は床に散乱した原稿用紙を一瞥してから、ゆっくりと頷いた。

 「もちろんです」


 私たちは木製の椅子に座り、原稿用紙を手に取った。
  私が無数の文字を目で追っていると、ウィルが私に話しかけた。
 
 「僕は以前、主人公が読書と感想文の投稿に没頭して、部屋から出られなくなると言ったね」

 「そのように聞きましたよ」私が返事をすると、彼はスイッチが入ったかのように滑らかに話し始めた。

 「彼は読書感想文をSNSに投稿して、たくさんの高評価をもらった。彼はそんな評価に満足していた。
 だけど、彼は反対意見を目にすることになるんだ」

 「どのような意見なのですか?」続きが気になった私は、ウィルに尋ねる。

 「『君の感想文は媚びを売っている。まるで他人から称賛を得るためだけに書いているようで、物語の本質にはこれっぽっちも迫っていない』だ」

 「ずいぶんシビアな意見ですね」

 「ああ。それで、主人公は批判を受け入れられず、そのコメントを削除してしまうんだ。

 彼はそのまま感想文を書く。そうして、『素晴らしいですね』『私も同じ意見です』といった肯定的なコメントだけを信じ、文章を書き続ける」

 「これについて、君はどう思う?」ウィルが試すような視線を私に送る。
 私は少し考えてから答えた。

 「主人公は、同調的な意見だけに耳を貸しているので、自己批判する機会を見失っていると思います。

 等身大の自分が見えなくなり、自身の意見こそ絶対に正しいと思うようになるかもしれません」

 「自己正当化が始まると、人間はどうなるのかな」ウィルは手を組みながら、私に尋ねる。

 「周りが見えなくなり、無意識に他人を攻撃するようになるのではないでしょうか」

 「そうだね」ウィルはそっと微笑み、話を続けた。

 「実際に、主人公は反対意見を攻撃するんだ。『あなたの考えは完全に間違っている』といった具合にね」

 「まるでNATEの暴行事件を反映しているようですね」私は自らの言葉にはっとする。

 「まさか」

 「そのまさかだよ」私の反応を見て取ったウィルが、ペンを回しながら言った。


 「君の考えている通り、この物語はNATEの暴行事件をモチーフにしている。

 彼らは自分こそが正しいと思うが故に、互いを受け入れられず、攻撃するんだ。
 殴り合いに発展するのは、他人に対する寛容さを失っているからではないかと、僕は思う。

 僕らは一度、他人に対する自らの行いを見直さなくちゃならない。それが今回の物語に込めたいメッセージだ」

 「道徳的なテーマなんですね」私はウィルの考えを整理しながら、そう伝える。

 「だけど、そのままじゃあ、あまりにも説教じみた小説さ」ウィルが自虐的な笑みを浮かべ、私に言った。

 「これは大まかなストーリーだから、僕はこのメッセージをもう少し上手く覆い隠してみせる必要があるだろうね」

 ウィルは赤ペンで原稿用紙に次々とメスを入れる。どうやら、今日のウィルは好調のようだ。

 「物語が上手く進むと良いですね」私は仕事熱心な彼を見ながら、ホットコーヒーを飲む。
 ウィルは原稿用紙に一点集中したまま、言葉を返した。

 「今晩のワインは、きっと美味いよ」
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