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24. JACK
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午後21時30分。Xビルから歩いて数分後、ゴスと私は古びたビルに到着した。
「ここは?」私は赤レンガの外装を眺めながら、ゴスに尋ねる。
「Yビルだ。JACKは、ここの地下一階にある」
「元々ライブハウスだったのを、戦いの場にしたのさ」ゴスが私の背を押し、先を促す。
「入りな」
私は促されるままに、暗がりの階段を降りる。
「格闘技は、私はあまり見ないのですが……」
「弱気になるんじゃないよ。新入りだからって、あたしは手加減しないからね」
ゴスがドアを開け、会場内へ導く。
ドアが開かれた瞬間、大勢の人々が視界を遮る。会場は湯気が沸き立つほど蒸し暑かった。
「さあ、どいたどいた」ゴスが私の腕を掴みながら、人混みをかき分ける。
会場の中央にたどり着くと、そこには2人の男性が上半身裸の状態で向き合っていた。
「ただ今より、第70回目の試合を行います。試合前に、お二人方は一言どうぞ」
「ぶちのめしてやる」巨体の男が鼻を鳴らし、拳と拳をぶつける。
「必ず倒してみせます」一方の痩せ男は、腕を組み、堂々とした姿勢を見せた。
試合開始のベルが鳴り、2人が同時にボクシングの構えのポーズを取る。
2人の男はじりじりと様子を伺う。すると、巨体の男が大声を出し、主張を始めた。
「NATEは、脳内に存在する微小のパラサイトだ。そいつは常日頃、俺たちに『屈服しろ』とささやきかける。
仕事をしている間も、ソファでくつろいでいる間も。それは悪魔のように俺たちの思考を乗っ取り、権力者の前でひれ伏すようにと諭してくる。
俺たちは無力感を感じ、実際に上司や教師の言いなりになる。自分には何の力もないのだと信じるようになり、権力者に盲従する。
NATEは俺たちを弱体化させる存在だ。俺たちはそれをいち早く脳内から追い出さなきゃならない」
「それは全くの間違いだ」痩せ男がよく通る声で、相手に反論する。
「NATEは、我々に力をもたらす存在だ。パラサイトなどではない。希望の遺伝子なのだ。
我々は権力者によって、金銭や労働力を搾取されている。だが、NATEはそんな権利者に対抗するだけのカリスマ性を我々に与える。
NATEは我々に、『導け』と教える。そして、我々は人々を平等の道へと案内し、経済格差のない社会を実現させる。
NATEは悪魔ではない。我々一人一人が特別な存在になるための、橋渡し役をする存在なのだ」
「何が『特別な存在』だ!」
巨体の男が痩せ男に右ストレートを入れる。
痩せ男はその場でふらついたが、じっと堪え、負けじと相手の頬を殴り返した。
会場に歓声が湧き上がり、地面が振動で揺れる。
巨体の男が相手を勢いよく蹴り飛ばす。観客がクッションのように痩せ男を受け止める。
巨体の男が拳を掲げ、勝利のポーズを取った。会場は再び盛り上がり、口笛があちこちから響き渡った。
「JACKでは、口喧嘩をしながら殴り合いをする。互いの主張が気に食わなければ、殴りかかってものを言わせる。そんな場所だよ」
「見ているとたまらない気分になるね」ゴスが楽しげな笑みを浮かべながら、私に言う。
「いわゆる地下格闘技のようなものですか」
「まるでなってない、口喧嘩つきのね」ゴスが両手を頭の後ろで組み、試合を観戦する。
「さて、今度は誰が出るかな?」ゴスは次の挑戦者を探るようにして、辺りを見回す。
見覚えのある男が、一歩前に出る。
黒のTシャツに、黒のジーンズ。男はにやりと笑い、会場の中央に立った。
私はその人に目を見開く。ゴスは前のめりになり、熱中するように見入った。
「久々のお出ましだね、ダン」
「ここは?」私は赤レンガの外装を眺めながら、ゴスに尋ねる。
「Yビルだ。JACKは、ここの地下一階にある」
「元々ライブハウスだったのを、戦いの場にしたのさ」ゴスが私の背を押し、先を促す。
「入りな」
私は促されるままに、暗がりの階段を降りる。
「格闘技は、私はあまり見ないのですが……」
「弱気になるんじゃないよ。新入りだからって、あたしは手加減しないからね」
ゴスがドアを開け、会場内へ導く。
ドアが開かれた瞬間、大勢の人々が視界を遮る。会場は湯気が沸き立つほど蒸し暑かった。
「さあ、どいたどいた」ゴスが私の腕を掴みながら、人混みをかき分ける。
会場の中央にたどり着くと、そこには2人の男性が上半身裸の状態で向き合っていた。
「ただ今より、第70回目の試合を行います。試合前に、お二人方は一言どうぞ」
「ぶちのめしてやる」巨体の男が鼻を鳴らし、拳と拳をぶつける。
「必ず倒してみせます」一方の痩せ男は、腕を組み、堂々とした姿勢を見せた。
試合開始のベルが鳴り、2人が同時にボクシングの構えのポーズを取る。
2人の男はじりじりと様子を伺う。すると、巨体の男が大声を出し、主張を始めた。
「NATEは、脳内に存在する微小のパラサイトだ。そいつは常日頃、俺たちに『屈服しろ』とささやきかける。
仕事をしている間も、ソファでくつろいでいる間も。それは悪魔のように俺たちの思考を乗っ取り、権力者の前でひれ伏すようにと諭してくる。
俺たちは無力感を感じ、実際に上司や教師の言いなりになる。自分には何の力もないのだと信じるようになり、権力者に盲従する。
NATEは俺たちを弱体化させる存在だ。俺たちはそれをいち早く脳内から追い出さなきゃならない」
「それは全くの間違いだ」痩せ男がよく通る声で、相手に反論する。
「NATEは、我々に力をもたらす存在だ。パラサイトなどではない。希望の遺伝子なのだ。
我々は権力者によって、金銭や労働力を搾取されている。だが、NATEはそんな権利者に対抗するだけのカリスマ性を我々に与える。
NATEは我々に、『導け』と教える。そして、我々は人々を平等の道へと案内し、経済格差のない社会を実現させる。
NATEは悪魔ではない。我々一人一人が特別な存在になるための、橋渡し役をする存在なのだ」
「何が『特別な存在』だ!」
巨体の男が痩せ男に右ストレートを入れる。
痩せ男はその場でふらついたが、じっと堪え、負けじと相手の頬を殴り返した。
会場に歓声が湧き上がり、地面が振動で揺れる。
巨体の男が相手を勢いよく蹴り飛ばす。観客がクッションのように痩せ男を受け止める。
巨体の男が拳を掲げ、勝利のポーズを取った。会場は再び盛り上がり、口笛があちこちから響き渡った。
「JACKでは、口喧嘩をしながら殴り合いをする。互いの主張が気に食わなければ、殴りかかってものを言わせる。そんな場所だよ」
「見ているとたまらない気分になるね」ゴスが楽しげな笑みを浮かべながら、私に言う。
「いわゆる地下格闘技のようなものですか」
「まるでなってない、口喧嘩つきのね」ゴスが両手を頭の後ろで組み、試合を観戦する。
「さて、今度は誰が出るかな?」ゴスは次の挑戦者を探るようにして、辺りを見回す。
見覚えのある男が、一歩前に出る。
黒のTシャツに、黒のジーンズ。男はにやりと笑い、会場の中央に立った。
私はその人に目を見開く。ゴスは前のめりになり、熱中するように見入った。
「久々のお出ましだね、ダン」
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