NATE

九時木

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22. ブレインストーミング

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 「それじゃあ、気をつけて」

 ウィルが玄関まで私を見送る。
 結局、彼はほとんど執筆をしなかった。ソファにもたれたまま、NATEについてのテレビを見ているだけだった。

 ウィルは憂鬱な目をしていた。私はドアに手をかけ、彼の家を去る前に言った。

 「あなたが丸めた紙についてですが、私はあの物語の続きを知りたいです」

 その言葉は決定打となったようだった。ウィルは目が覚めたかのような表情をし、私にまっすぐな視線を向けた。

 「努力するよ」


 「やあ、エマ」レオが私に声をかけ、軽く挨拶をする。
 私は「こんばんは」と返し、彼のそばに歩み寄った。

 「ダンはいないんですね」私は辺りを見回しながら、レオに言う。

 「あいつはちょっと野暮用があってな」レオは分厚い書類をテーブルの上に積み、にっこりと微笑んだ。


 10月8日、午後21時。私はウィルの家を去った後、NATESの議論を聞くため、Xビルを訪れていた。
 会場のドアを開けると、20数人のメンバーが既にラウンドテーブルを囲い、準備をしていた。


 「今日も討論をするんですか?」

 「いいや。今回はブレインストーミングの時間だ。
 1つのテーマに沿って、アイデアを好きなだけ出し合う。討論の前段階として設けているんだ」
 
 レオが腕時計に目をやり、私に着席の合図を送る。
 私はレオの隣に座り、彼が司会進行役を務めるのを見届けた。

 「10月8日、午後21時。これから第12回目のブレインストーミングを始める。

 今回のトピックは『NATEと潜在能力』だ。アイデアは、『NATEは人のどんな潜在能力を解放するか?』に答える形で出してくれ」


 その言葉を皮切りに、メンバーが次々と挙手をした。
 彼らは声を張り、意見に意見を重ねるようにして主張した。

 「NATEは人の計算能力を大幅に向上させる。スーパーコンピュータレベルの高速計算が可能になり、人は数秒で気象予測や医薬品開発をするようになる」

 「NATEは人の創造力を解放する。素人の人間でも、数日でレオナルド・ダ・ヴィンチ並の名画を作り出せる」

 「NATEは認知症を予防する。アミロイドβの蓄積を防ぎ、極めて記憶力の高い高齢者を生み出すことができる」

 私は人々の話に耳を傾け、その熱狂たる様子を日記に書き留めた。

 『深みにはまると、抜け出すのはなかなか難しいよ』

 ふと、ウィルの言葉が蘇る。私はその言葉を真剣に受け止め、メンバーを慎重に眺めた。

 ところで、彼らの意見は様々だった。その中でも、特にメンバーの興味を引いたのは、ある男子学生のアイデアだった。

 それは「NATEは人を不死身にする」というものだった。


 「人間の寿命は」男子学生は黒縁メガネを整えながら、おずおずと話す。

 「テロメアの長さで決まっている。テロメアは染色体の末端部分で、細胞分裂時に染色体の遺伝情報を守る働きがある。

 テロメアは、細胞分裂が進むほど短くなり、老化が進行する。だけど、テロメアが長ければ、老化は阻止され、寿命が伸びる。

 テロメアは細胞分裂が進めば短くなってしまうが、テロメラーゼという酵素がテロメアが短くなるのを防いでくれる。

 でも、テロメラーゼには限界がある。テロメラーゼが活発になりすぎると、がん細胞が無限に増殖されるんだ。

 がん細胞にはテロメラーゼが備わっていて、無限に細胞分裂を繰り返してしまう。
 増殖したがん細胞は、1つの部位から体のあちこちに転移する。さらには腫瘍を作り、人を死へ追いやる。

 だけど、NATEには、がん細胞に備わったテロメラーゼの働きを抑制する働きがある。
 この働きによって、がん細胞の増殖を防ぎ、テロメアの長さを安全に維持することができるんだ」


 「これが、不死身の理由だよ」男子学生はその言葉を言い終えると、ペットボトルを掴み取り、水を一気に飲み干した。


 男子学生はペットボトルを置き、恥ずかしそうにメガネをいじる。
 男子学生の説明に、メンバーは次々と拍手を送った。

 たった1人を除いて。その女性は腕を組み、鋭い口調で言葉を放った。

 「くだらない。この場所は本当にくだらないね」
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