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20. 定義
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「NATEについての僕の意見を知りたい、か」
ウィルは顎に手を添え、何やら深く考え込んでいる。
私はウィルの様子を眺めながら、説明を足した。
「NATEについて、人々の意見は定まっていません。
研究者は『実在しないもの』として否定しますが、若い人達は力あるものとして信じます。
私には、どれも正しいように思える。だからこそ、混乱してしまうんです」
「NATEとは、一体何なのでしょうか?」私は両手を膝に置き、しょんぼりと俯く。
謎に包まれたNATE。ふと私の口からため息が漏れる。
「どうやら参っているようだね」
ウィルはその場に立ったまま、私に視線を送る。
彼はしばらく物思いに耽っていたが、やがてコピー用紙を手に取り、私に見せた。
「一度、真っ白なカンバスを思い浮かべてみるといい」
「真っ白なカンバス?」私はオウム返しに言う。
「そう。何も書かれていない、白紙の状態をね。そこに赤色を付け足すとしよう」
ウィルが赤ペンを取り、白紙にぐるぐると円を描いてみせる。
「これは何色かな?」と尋ねられたので、私は「赤色です」と答えた。
「僕にもそう見えるよ。では、これはどうかな?」
ウィルが、今度は黄色のペンで線を書く。そして、緑、紫、茶色、黒と、次々と色を足していく。
「さて、僕は色々な色を混ぜてみたが、君には何色に見えるかな」
「何とも言えません」私は雑多な色が混じったコピー用紙をじっと見ながら答える。
「どうしてそう答えるんだい?」
「色が混ざりすぎて、何色と呼べばいいのかわからないのです。
虹色と呼ぶには、あまりにも混雑していて……」
「どうやら君は、複数の色を同時に見ようとしているようだね」
ウィルがコピー用紙を机に置き、椅子に座る。
私はその言葉を確かめるようにして、コピー用紙をまじまじと見る。
「赤のみに注目すれば、『赤』と答えられる。だけど、君はそうしなかった」
「その発想はありませんでしたよ」私は顔を上げ、ウィルに驚きの表情を見せる。
「それは、君が色の全体像を見ようとしているからじゃないかな」
ウィルが足を組み、私に鋭い視線を向ける。
「僕は物の見方を色に例えたけれど、これはNATEにも通ずるのではないかと思う。
NATEについては、色々な意見がある。君はその全てを聞いて、NATEが何であるかを最終的に定義しようとしている。けれど……」
彼は指でまぶたをこじ開け、くっきりとしたグレーアイを私に披露した。
「人間の目には限界がある。君は空を見上げた時、目に映るものが宇宙の全てを表していると思うかい?」
「いえ」私は反射的に断言し、その考えを否定する。
「要は、それと同じじゃないかな。
NATEは星のように無数に散らばっている。君はその全てを同時に見たいが、どうしても見ることができない。
人はちっぽけな存在だ。その目は全ての星を包括するようには出来ていない」
「だから、NATEを1つの定義に収めることも、ほとんど無謀に等しいというわけですか」
私はウィルが説明を終える前に、その言葉を口にする。
「ありふれた考えに落胆したかい」彼が微笑を浮かべる。
「そのつもりは……」私は口をつぐみ、さっと身を縮ませる。
「君は僕に並々ならぬ期待をしてくれているようだけれど」ウィルは足を組み直してから、静かに笑った。
「僕は君が思っているよりも、ずっと凡人なんだよ」
ウィルは顎に手を添え、何やら深く考え込んでいる。
私はウィルの様子を眺めながら、説明を足した。
「NATEについて、人々の意見は定まっていません。
研究者は『実在しないもの』として否定しますが、若い人達は力あるものとして信じます。
私には、どれも正しいように思える。だからこそ、混乱してしまうんです」
「NATEとは、一体何なのでしょうか?」私は両手を膝に置き、しょんぼりと俯く。
謎に包まれたNATE。ふと私の口からため息が漏れる。
「どうやら参っているようだね」
ウィルはその場に立ったまま、私に視線を送る。
彼はしばらく物思いに耽っていたが、やがてコピー用紙を手に取り、私に見せた。
「一度、真っ白なカンバスを思い浮かべてみるといい」
「真っ白なカンバス?」私はオウム返しに言う。
「そう。何も書かれていない、白紙の状態をね。そこに赤色を付け足すとしよう」
ウィルが赤ペンを取り、白紙にぐるぐると円を描いてみせる。
「これは何色かな?」と尋ねられたので、私は「赤色です」と答えた。
「僕にもそう見えるよ。では、これはどうかな?」
ウィルが、今度は黄色のペンで線を書く。そして、緑、紫、茶色、黒と、次々と色を足していく。
「さて、僕は色々な色を混ぜてみたが、君には何色に見えるかな」
「何とも言えません」私は雑多な色が混じったコピー用紙をじっと見ながら答える。
「どうしてそう答えるんだい?」
「色が混ざりすぎて、何色と呼べばいいのかわからないのです。
虹色と呼ぶには、あまりにも混雑していて……」
「どうやら君は、複数の色を同時に見ようとしているようだね」
ウィルがコピー用紙を机に置き、椅子に座る。
私はその言葉を確かめるようにして、コピー用紙をまじまじと見る。
「赤のみに注目すれば、『赤』と答えられる。だけど、君はそうしなかった」
「その発想はありませんでしたよ」私は顔を上げ、ウィルに驚きの表情を見せる。
「それは、君が色の全体像を見ようとしているからじゃないかな」
ウィルが足を組み、私に鋭い視線を向ける。
「僕は物の見方を色に例えたけれど、これはNATEにも通ずるのではないかと思う。
NATEについては、色々な意見がある。君はその全てを聞いて、NATEが何であるかを最終的に定義しようとしている。けれど……」
彼は指でまぶたをこじ開け、くっきりとしたグレーアイを私に披露した。
「人間の目には限界がある。君は空を見上げた時、目に映るものが宇宙の全てを表していると思うかい?」
「いえ」私は反射的に断言し、その考えを否定する。
「要は、それと同じじゃないかな。
NATEは星のように無数に散らばっている。君はその全てを同時に見たいが、どうしても見ることができない。
人はちっぽけな存在だ。その目は全ての星を包括するようには出来ていない」
「だから、NATEを1つの定義に収めることも、ほとんど無謀に等しいというわけですか」
私はウィルが説明を終える前に、その言葉を口にする。
「ありふれた考えに落胆したかい」彼が微笑を浮かべる。
「そのつもりは……」私は口をつぐみ、さっと身を縮ませる。
「君は僕に並々ならぬ期待をしてくれているようだけれど」ウィルは足を組み直してから、静かに笑った。
「僕は君が思っているよりも、ずっと凡人なんだよ」
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