崖先の住人

九時木

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8章: 解放

71. 決着

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 僕らはナイフを持ち、再び構えの姿勢に入る。
 ナイフをちらつかせ、互いに威嚇し合う。直後、エスがナイフを突き出し、先に襲いかかった。


 僕は姿勢を低くし、攻撃を避ける。その姿勢のまま、足を踏み込み、エスの腹に向かって一突きする。
 エスは素早く後退し、片足を曲げる。足が矢のように飛び出し、僕の腹に直撃した。

 僕は胃酸を吐き出し、腹を押さえる。まもなくエスが直進し、肘で僕の肩甲骨辺りを勢いよく押した。
 僕の背が壁にぶつかる。エスはそのまま逆手持ちのナイフを僕の首元に突きつける。

 「降参したらどうだ」

 「絶対にするものか」
 
 僕は両手でナイフを防ぐ。素手でナイフに触れ、手から血が流れ落ちていく。
 僕は両手に力を込め、エスの手からナイフを引っこ抜いた。休む暇もなく、奪ったナイフを相手に向かって突き出す。

 エスが僅かに身をずらし、片腕でナイフを受け止める。エスの腕にナイフがぐさりと突き刺さり、深く入り込む。
 エスは怯んだ僕からナイフを素早く奪い返した。そして、注射針でも打つように、僕の首元めがけてナイフを上から振り下ろした。


 僕の左肩にナイフが突き刺さる。エスはそのまま僕の首を掴み、思いきり締め付ける。
 超近距離接戦だ。僕は片手で首を絞める手を押さえながら、もう片方の手でエスの首元を狙う。

 刃先がエスの首元に当たる。その瞬間、エスが身をずらし、急所をかわした。
 ナイフはエスの左耳の付け根を切った。だが、エスは手を離さない。僕は足を動かし、必死に抵抗するが、エスの腕はびくともしない。


 意識が飛び飛びになりながら、僕はエスに向かって言葉にならない声で叫ぶ。
 僕は体を大きく前に出し、そのままエスを突き倒した。
 エスにまたがり、目の前の心臓を狙う。ナイフを振り上げ、勢いをつける。
 これでお終いだ。僕は意識を集中させ、エスの顔を見届ける。

 しかし、エスが不穏な笑みを浮かべた。次の瞬間、僕の脇腹に冷たい感覚が走った。
 エスの服に、大粒の血が落ちる。血はとめどなく流れ、やがて洪水のように流れ出す。

 見ると、僕の脇腹にナイフがずぶりと刺さっていた。
 エスがにやりと笑い、ナイフを深く押していく。

 「苦しいか?」

 僕は声を発することができない。冷たい感覚はやがて熱へと変わり、焼けるような温度で僕の脇腹を蝕む。

 「俺を解放しろ。そうすれば、楽になれる」

 エスが微笑みながら、僕にささやきかける。
 僕は細く長く呼吸し、脈を落ち着かせる。僅かに残った力を振り絞り、声を発する。


 「幼い頃から」僕の額から汗が垂れ落ちる。汗は顎を伝い、エスの服へと滲んでいく。

 「幼い頃から、僕は意志薄弱だった。父さんに抗えず、凶器で成されるがままになっていた。
 母さんにだってそうだ。僕は母さんの言った『良い子』になるために、いつも机に向かっていた」

 「だけど」僕は深呼吸し、呼吸を整える。脇腹の痛みは限界に達し、やがて体全体の痛覚を麻痺させていった。

 「僕はもう子どもじゃない。生まれ変わらなくちゃならないんだ。
 自分で人生を決める。自分にとって何が正しいのかは、親や君が決めることじゃない。僕が決めることだ」

 「そいつは結構なことだ」エスはほとんど嘲笑的な笑みを浮かべ、ナイフに力を込める。

 「意地でも君を止めてやる」僕はエスをじっと見ながら、ナイフを握る。
 ナイフをエスの心臓へと近づける。刃先がエスの胸に触れ、やがて肋骨をくぐってエスの心臓に接する。

 修復不可能な、深い傷。僕らはきっと、二度と同じ場所で出会うことはないだろう。


 「両親を失ってから」僕はエスの目を見ながら、話す。

 「君は怒りのぶつけ所を失った。だから、最も身近な人間を頼りにするようになった。
 それが僕だ。君は感情を制御できず、段々と僕を傷つけるようになった。
 君は絶望していた。屈辱感、悲しみ、怒り。全ての入り混じった感情が、君を駆り立て、僕の肉体を切り裂いた」

 僕は深呼吸を続ける。脇腹のナイフは深く入り、やがてエスの心臓と同じように貫通した。

 「その感情が癒えることは決してない。感情はいつまでも僕を蝕み続け、苦しませるだろう。
 だけど、僕には君を背負うだけの覚悟ができている。僕は君を消し去るつもりはない。君の暴走を止める。それだけだ」

 エスの心臓が、ナイフを小刻みに動かす。ナイフの揺れは段々とゆっくりになり、やがてほとんど動かないようになる。


 脇腹から血が流れ続け、僕は意識が朦朧とし始める。
 エスが脇腹からナイフを引っこ抜き、僕に言う。

 「つまらないことばかり言ってくれるじゃないか」

 エスがナイフを置き、僕を蹴飛ばす。
 僕は脇腹を押さえながら、エスにしがみつく。

 エスは心臓から血を垂らしながら、ふらふらと歩く。
 歩いた先には、一丁の拳銃がある。エスはそれを掴み取り、エス自身のこめかみに当てた。

 「ゲームは『狩るか、狩られるか』だ。そうだろう?」

 エスは引き金に指をかけ、僕を見下ろす。僕は目を見開きながら、エスを見上げる。
 エスは口角を上げ、僕に向かって微笑んだ。

 「勝敗はもう決まっている」
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