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7章: 離隔
59. 母親
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「かわいそうな、母さん」
少年はその言葉を呟き、鉛筆を置く。
芯の先は擦り切れており、机のあちこちに炭素がこびりついていた。
「母さんは、僕の見えない所でずっとここを押さえているんだ」
「具合が悪いんだな」と医者のような口ぶりで言いながら、少年が指で心臓の絵をつつく。
僕は何となく居心地が悪くなり、少年からそっと離れた。
次の瞬間、ドアの開く音がした。
少年は急いで心臓の絵をかき消す。僕は自分が幽霊状態であることを忘れ、反射的に物陰に隠れる。
ドアが開き、長髪の女が現れる。
女はドアをゆっくりと閉め、少年に声をかけた。
「勉強は順調かしら」
「おかえり、母さん」少年は女の方へ振り向き、にっこりと微笑む。
どうやら、女は少年の母親のようだ。しかし、顔が影で覆われており、よく見えない。
「今、宿題をしている所なんだ。もうすぐで終わるよ」
少年は机いっぱいに教科書を広げ、机を覆う。
母親はじっとその様子を見ながら、少年に言う。
「真面目に取り組むのよ」
母親の言葉に、少年はぎこちない笑みを浮かべる。どうやら、母親にはお見通しのようだ。
母親が再びドアを開け、部屋を去る。少年はほっと息をつき、椅子にどっともたれかかる。
「やっぱり悪いやつだな」
僕は物陰から、少年に向かって悪態をつく。
しかし、少年には聞こえるはずもなく、少年はそのままぼんやりと天井を眺めていた。
しばらくすると、リビングから料理をする音が聞こえた。
少年は香ばしい香りを嗅ぎ、机から立ち上がる。僕は少年の後へついていく。
夕食の時間なのだろう。リビングに着くと、2人分の食事が揃っていた。
少年と母親が手を合わせ、食事を始める。僕は2人が黙々と食事する様子をそっと見守る。
部屋の照明は薄暗く、テレビも付けられていない。箸が食器に当たる音だけが響き、無言の時間が流れていく。
少年は、母親の顔色をちらと伺いながら食事する。そして、体をそわそわとさせながら、ついにその言葉を口にした。
「母さん、今日は学校で国語のテストがあったんだけど」
「実は、満点を取ったんだ」少年は、まるで秘密事でも明かすような口ぶりで伝える。
しかし、母親は箸を止めない。箸の先で白米を摘み、静かに口へ運ぶ。
「そう」
母親はそう短く言い、淡々と食事を続ける。
少年は少し俯きがちになる。しかし、再び顔を上げ、母親に向かって繰り返す。
「100点満点だったんだ。母さんが毎日見てくれたおかげだよ」
少年は少し前のめりになる。数粒の米が、食卓にこぼれ落ちる。
母親は無言のままティッシュで拭き取り、再び箸を動かす。少年は少し申し訳なさそうな顔をし、萎むようにして俯いた。
しばらく沈黙が続いた後、母親が静かに言った。
「ええ、そうね」
食事を終えた後も、少年は机にしがみついていた。
教科書は広げられたままで、机の薄明かりだけが部屋を照らしている。見ると、時計は午後9時を回っていた。
僕は部屋の隅で、少年がうとうとしながら勉強をするのを眺める。
少年は何度も額を机にぶつけ、呻き声を上げる。
「わからないよ」
少年は教科書を退け、ふらふらと鉛筆を動かし始める。
机には、あの心臓の絵が再び描かれる。さらに、その中央に真っ黒な穴が書き足されていく。
「どうしたら、母さんの具合は良くなるんだろう」
少年は机の上に置かれていた1枚の紙を掴み、ぐしゃぐしゃに丸める。
紙の塊が、ゴミ箱に向かってぽいと投げ捨てられる。僕はそれを拾い上げ、ゆっくりと中身を開ける。
少年が頭を抱え、眠たげな声で呟いた。
「わからない。母さんの気持ちがわからないよ」
少年はその言葉を呟き、鉛筆を置く。
芯の先は擦り切れており、机のあちこちに炭素がこびりついていた。
「母さんは、僕の見えない所でずっとここを押さえているんだ」
「具合が悪いんだな」と医者のような口ぶりで言いながら、少年が指で心臓の絵をつつく。
僕は何となく居心地が悪くなり、少年からそっと離れた。
次の瞬間、ドアの開く音がした。
少年は急いで心臓の絵をかき消す。僕は自分が幽霊状態であることを忘れ、反射的に物陰に隠れる。
ドアが開き、長髪の女が現れる。
女はドアをゆっくりと閉め、少年に声をかけた。
「勉強は順調かしら」
「おかえり、母さん」少年は女の方へ振り向き、にっこりと微笑む。
どうやら、女は少年の母親のようだ。しかし、顔が影で覆われており、よく見えない。
「今、宿題をしている所なんだ。もうすぐで終わるよ」
少年は机いっぱいに教科書を広げ、机を覆う。
母親はじっとその様子を見ながら、少年に言う。
「真面目に取り組むのよ」
母親の言葉に、少年はぎこちない笑みを浮かべる。どうやら、母親にはお見通しのようだ。
母親が再びドアを開け、部屋を去る。少年はほっと息をつき、椅子にどっともたれかかる。
「やっぱり悪いやつだな」
僕は物陰から、少年に向かって悪態をつく。
しかし、少年には聞こえるはずもなく、少年はそのままぼんやりと天井を眺めていた。
しばらくすると、リビングから料理をする音が聞こえた。
少年は香ばしい香りを嗅ぎ、机から立ち上がる。僕は少年の後へついていく。
夕食の時間なのだろう。リビングに着くと、2人分の食事が揃っていた。
少年と母親が手を合わせ、食事を始める。僕は2人が黙々と食事する様子をそっと見守る。
部屋の照明は薄暗く、テレビも付けられていない。箸が食器に当たる音だけが響き、無言の時間が流れていく。
少年は、母親の顔色をちらと伺いながら食事する。そして、体をそわそわとさせながら、ついにその言葉を口にした。
「母さん、今日は学校で国語のテストがあったんだけど」
「実は、満点を取ったんだ」少年は、まるで秘密事でも明かすような口ぶりで伝える。
しかし、母親は箸を止めない。箸の先で白米を摘み、静かに口へ運ぶ。
「そう」
母親はそう短く言い、淡々と食事を続ける。
少年は少し俯きがちになる。しかし、再び顔を上げ、母親に向かって繰り返す。
「100点満点だったんだ。母さんが毎日見てくれたおかげだよ」
少年は少し前のめりになる。数粒の米が、食卓にこぼれ落ちる。
母親は無言のままティッシュで拭き取り、再び箸を動かす。少年は少し申し訳なさそうな顔をし、萎むようにして俯いた。
しばらく沈黙が続いた後、母親が静かに言った。
「ええ、そうね」
食事を終えた後も、少年は机にしがみついていた。
教科書は広げられたままで、机の薄明かりだけが部屋を照らしている。見ると、時計は午後9時を回っていた。
僕は部屋の隅で、少年がうとうとしながら勉強をするのを眺める。
少年は何度も額を机にぶつけ、呻き声を上げる。
「わからないよ」
少年は教科書を退け、ふらふらと鉛筆を動かし始める。
机には、あの心臓の絵が再び描かれる。さらに、その中央に真っ黒な穴が書き足されていく。
「どうしたら、母さんの具合は良くなるんだろう」
少年は机の上に置かれていた1枚の紙を掴み、ぐしゃぐしゃに丸める。
紙の塊が、ゴミ箱に向かってぽいと投げ捨てられる。僕はそれを拾い上げ、ゆっくりと中身を開ける。
少年が頭を抱え、眠たげな声で呟いた。
「わからない。母さんの気持ちがわからないよ」
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