崖先の住人

九時木

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6章: 回想

54. 討伐

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 気を失ってから目を覚ました時、僕は床に横たわっていた。
 リビングを見渡してみたが、辺りはしんと静まり返っており、誰もいない。

 父さんはいなくなっていた。僕はリビングを探し回ったが、父さんの姿は見たらなかった。
 机の上には、割れた氷が散らばっており、水滴が床に滴り落ちていた。


 首を傾げていると、当然固定電話が鳴りだした。
 僕は受話器を恐る恐る取り、耳に当てた。発信者は知らない男の声だった。

 「もしもし。~の方ですか?」

 落ち着いた声が、僕の耳に伝う。僕は「はい」と返事をしたが、それきり話せなくなった。
 どうしていいかわからずに黙っていると、相手が優しい声で僕に話しかけた。

 「お子さんですね。今、お母さんはいますか?」

 「いません」と僕。その言葉を聞き届けた男は、僕に言う。

 「今から、お母さんに電話することはできるかな。警察から電話があったって、言ってくれると助かるのだけれど」

 警察。僕はその言葉を聞いて、ただ事ではないと察する。

 「すぐに電話します」と言い、僕は電話を一旦切った。そうして、母さんに電話をかけた。


 突然の死だった。
 父さんは僕が眠っている間に出かけた。そして交通事故に遭い、そのまま帰らぬ人となった。

 警察官の話によると、どうやら父さんは酒瓶の入ったビニール袋を手にしていたらしい。
 買い物の帰り際に、車に轢かれたのだろう。さらに、歩行者の信号は赤だったという。

 父さんは酔っ払っていたのかもしれない。体内からは大量のアルコールが検出されたようだ。

 僕が小学生の時、父さんは死んだ。父さんの死は、あまりにもあっけない死だった。


 「思い出したか」

 トド頭の低い声で、意識が地下室に戻る。
 トド頭が動物の被り物を脱ぎ捨て、その顔をあらわにする。
 その顔は、無精髭をたっぷりとたくわえ、腫れぼったい目をした、父さんの顔だった。

 「思い出したくはなかったよ」

 僕はトド頭にアイスピックを突きつけられたまま、話す。

 「僕にとっては、負の記憶だったから」

 「今思い返せば」僕は口の中に溜まった血を父さんに吐きかける。

 「最低な父親だ」

 父さんが、頬についた僕の血を拭い、僕をじっと見る。

 「やるようになったじゃないか」

 父さんがにやりと笑い、僕の首を勢いよく掴む。
 首が締め付けられ、僕の肉がぎしぎしと悲鳴を上げ始める。

 エスがこつこつと歩み寄り、父さんの後頭部に銃を突きつける。
 エスが引き金を引き、父さんの頭を貫く。凄まじい音が地下室に響いた後、首を締め付ける力が緩み、父さんが僕のすぐそばで倒れ込んだ。

 「エス……」僕はむせ返りながら、エスに向かって言葉にならない嘆きを発する。

 「わかるだろう」エスは銃を持った片手を振り下ろしながら、静かに言った。

 「これがお前の本望だ」
 
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