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6章: 回想
52. 凶器
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アイスピックが、僕の眼球に突きつけられる。
僕はその場で尻もちをつき、恐れの目でその巨大な図体を見上げる。
巨大な男は、乱れた無精髭の中から、にやりと歯を覗かせた。
まぶたは腫れぼったく、顔全体が赤い。巨大な男は、アイスピックを氷のブロックに突き刺し、氷をばらばらに砕いた。
「酒は美味いな」
父さんが、一回り小さい僕に酒を見せびらかす。僕は本を抱えたまま、必死に首を横に振る。
父さんはつまらなさそうに口を尖らせ、くいと酒を呷る。
父さんはアイスピックを片手に持っていた。その鋭利なものをゆらゆらと揺らしたかと思うと、また僕に向かって勢いよく突きつけた。
「スリルだ。スリルを味わえ」
目から数ミリまで近づけられた先端に、僕はガタガタと体を震わせる。
父さんはまた、アイスピックを氷のブロックに突き刺し、豪快な音を立てて割る。
「お前は小鹿みたいだな」
父さんが、横ばいになってリビングを離れようとする僕をせせら笑う。
「立て」
父さんの言葉に、僕は恐る恐る立ち上がり、机の前に座る。
いつものゲームが始まった。父さんは机に散らばったトランプカードをざっとまとめ、素早くシャッフルした。
僕の父さんは、酒飲みだった。
家に帰ると、いつもリビングで横たわっていた。
専用のコップに氷を入れ、カラカラと音を立てて混ぜる。酒をとくとくと注ぎ、それを一気に飲み干す。
それが父さんの日課だった。そして、リビングにはいつも酒の臭いが漂っていた。
父さんには仕事がなかった。家に帰ると、いつもリビングで一人、トランプゲームをしていた。
「カードを引け」
父さんが、机の前で俯く僕に声をかける。
僕はカードを引き、揃った分を恐る恐る机の上に置く。父さんは不満げに舌打ちをする。
今度は、父さんが僕のカードをひったくるようにして取る。父さんはにっこりと微笑み、揃ったカードを机の上にばらまく。
毎日がその繰り返しだった。僕らは延々とババ抜きをし、何時間も時間を潰していた。
父さんとのババ抜きは、ただのババ抜きではなかった。
父さんが勝ったら、父さんは酒をたっぷりと飲む。僕が勝ったら、父さんは僕を凶器で脅す。
父さんは、何でも持っていた。アイスピックはもちろん、包丁、ノコギリ、そしてスイスアーミーナイフまで。
父さんは鋭く尖ったものが、特にお気に入りだった。家にある限りの凶器を床に並べ、トランプゲームで自分が負ける度に、僕にそれらを突きつけた。
父さんは、絶対に凶器で僕を突き刺しはしなかった。その先端は、皮膚に触れるか触れないかの所で止まった。
「ギリギリが、一番愉快なんだ」
父さんは楽しそうに僕に言った。僕はいつも吐き気を抑えながら、父さんの遊びに耐えた。
僕らは何度も負け、そして何度も勝った。父さんは勝つ度に酒を飲んだので、酔いが回り、一度に凶器をたくさん使うようになった。
そして、父さんはついにアイスピックで僕の眼球を弄ぶことを覚えた。
真っ白な目がきょろきょろと動くのが、父さんには愉快らしかった。父さんはやがてアイスピックに固執するようになり、僕が勝つ前に、既にそれを掴むようになった。
「人生で一番愉快なことは」父さんはカードをじっと睨みつけながら、僕に言った。
「毛が逆立つような出来事に、毎度出くわすことだ」
僕はその場で尻もちをつき、恐れの目でその巨大な図体を見上げる。
巨大な男は、乱れた無精髭の中から、にやりと歯を覗かせた。
まぶたは腫れぼったく、顔全体が赤い。巨大な男は、アイスピックを氷のブロックに突き刺し、氷をばらばらに砕いた。
「酒は美味いな」
父さんが、一回り小さい僕に酒を見せびらかす。僕は本を抱えたまま、必死に首を横に振る。
父さんはつまらなさそうに口を尖らせ、くいと酒を呷る。
父さんはアイスピックを片手に持っていた。その鋭利なものをゆらゆらと揺らしたかと思うと、また僕に向かって勢いよく突きつけた。
「スリルだ。スリルを味わえ」
目から数ミリまで近づけられた先端に、僕はガタガタと体を震わせる。
父さんはまた、アイスピックを氷のブロックに突き刺し、豪快な音を立てて割る。
「お前は小鹿みたいだな」
父さんが、横ばいになってリビングを離れようとする僕をせせら笑う。
「立て」
父さんの言葉に、僕は恐る恐る立ち上がり、机の前に座る。
いつものゲームが始まった。父さんは机に散らばったトランプカードをざっとまとめ、素早くシャッフルした。
僕の父さんは、酒飲みだった。
家に帰ると、いつもリビングで横たわっていた。
専用のコップに氷を入れ、カラカラと音を立てて混ぜる。酒をとくとくと注ぎ、それを一気に飲み干す。
それが父さんの日課だった。そして、リビングにはいつも酒の臭いが漂っていた。
父さんには仕事がなかった。家に帰ると、いつもリビングで一人、トランプゲームをしていた。
「カードを引け」
父さんが、机の前で俯く僕に声をかける。
僕はカードを引き、揃った分を恐る恐る机の上に置く。父さんは不満げに舌打ちをする。
今度は、父さんが僕のカードをひったくるようにして取る。父さんはにっこりと微笑み、揃ったカードを机の上にばらまく。
毎日がその繰り返しだった。僕らは延々とババ抜きをし、何時間も時間を潰していた。
父さんとのババ抜きは、ただのババ抜きではなかった。
父さんが勝ったら、父さんは酒をたっぷりと飲む。僕が勝ったら、父さんは僕を凶器で脅す。
父さんは、何でも持っていた。アイスピックはもちろん、包丁、ノコギリ、そしてスイスアーミーナイフまで。
父さんは鋭く尖ったものが、特にお気に入りだった。家にある限りの凶器を床に並べ、トランプゲームで自分が負ける度に、僕にそれらを突きつけた。
父さんは、絶対に凶器で僕を突き刺しはしなかった。その先端は、皮膚に触れるか触れないかの所で止まった。
「ギリギリが、一番愉快なんだ」
父さんは楽しそうに僕に言った。僕はいつも吐き気を抑えながら、父さんの遊びに耐えた。
僕らは何度も負け、そして何度も勝った。父さんは勝つ度に酒を飲んだので、酔いが回り、一度に凶器をたくさん使うようになった。
そして、父さんはついにアイスピックで僕の眼球を弄ぶことを覚えた。
真っ白な目がきょろきょろと動くのが、父さんには愉快らしかった。父さんはやがてアイスピックに固執するようになり、僕が勝つ前に、既にそれを掴むようになった。
「人生で一番愉快なことは」父さんはカードをじっと睨みつけながら、僕に言った。
「毛が逆立つような出来事に、毎度出くわすことだ」
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