崖先の住人

九時木

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5章: 発覚

46. 復讐

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 光に包まれた後、僕はゆっくりと目を覚ました。
 体がベッドに横たわっている。顔の近くには、封を開けられた薬が散らばっていた。

 僕は起き上がり、キッチンの蛇口を捻る。
 コップ一杯の水を一気に飲み干し、ベッドにもたれかかる。ローテーブルには、マインドマップと一枚の論文が置かれていた。


 『自由連想法は、××患者にどの程度効果があるのか』

 窓からは柔らかな光が差し込んでいる。
 スマートフォンを確かめると、時刻は午前7時だった。
 僕は深く息をつき、ローテーブルの前に座り込んだ。


 『③心→夢

 第4工程→落下→高所→ベランダ→猫→死』


 僕はペンを持ち、自由連想法の続きを書く。 
 その治療法によって、僕が小学生になったばかりの頃の記憶が蘇る。
 飼った猫の落下死。母さんが猫を落とした時の記憶。

 僕はその時、初めて死を知った。死とは、呆気なく終わる命のことだ。
 そして、短命というものが、誰かの恣意によって簡単に果たされることも知った。
 僕が飼い始めた瞬間に、猫の運命は決まっていたのだ。子猫に待ち構えていたのは、母猫に捨てられたまま野垂れ死ぬよりも、はるかに残酷な末路だった。

 僕は猫を拾った自分自身を恨んだ。そして、猫を捨てた母さんを恨んだ。
 そして、僕はマインドマップに、頭の中で渦巻くその単語を書き殴った。

 
 『第4工程→落下→高所→ベランダ→猫→死
→母→復讐心
→僕→復讐心』


 ペンが指から滑り落ち、床に転がっていく。
 僕は腕で膝を抱え、その中に顔を埋める。

 『誰かにひどい仕打ちを受けた、という君の夢は、かつて君を抑圧した者に今度は自分がひどい仕打ちを与えたい、という願望が歪曲されたものなのもしれないな』

 薄暗闇の中で、教授の言葉を思い出す。
 僕は夢の中で、エスからひどい仕打ちを受けた。それは、僕が母さんと自分自身に復讐をしたかったからだ。

 第4工程で、エスは僕を蹴り落とした。そして、僕はビルの下に真っ逆さまになった。
 あれは恐らく、母さんが猫を落とした瞬間を再現したのだろう。

 僕が猫であれば良かったのにという、僕自身への復讐心。そして、僕が落下することによって、母さんを絶望させたいという、母さんへの復讐心。

 そんな僕の願望が、夢となって現れたのかもしれない。そして、その2つこそが僕の本心なのだろう。
 僕はマインドマップの続きを書くために、ペンを拾った。

 『復讐心→願望充足』

 その言葉を書き終え、ペンを置く。
 僕は悔いていた。失われた命を報いるために、誰かに自分の後悔と怒りをぶつけたかった。
 どうしようもないことだが、それが僕自身の願望なのだ。

 抑圧された感情が、表へと出ていく。僕は脱力し、ベッドにもたれかかる。
 自由連想法は、果たして僕にどの程度の効果があるのか?
 笑えない論文だ。僕は天井をぼんやりと眺めながら、口を歪ませた。
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