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4章: 追走
35. 頂上
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「いい景色だろう」
男がその場でしゃがみ、都会のビルを見下ろす。
僕は男の足元でぴたりと止まった目玉を眺めながら、男に尋ねた。
「この場所は何なんだ?」
男は無言のまま、こちらをじっと見つめる。
冷たい夜風が吹きつけ、僕は身震いする。
しばらくの沈黙の後、男がふと口を開いた。
「お察しのはずだぜ。錠剤を降らせるための配管だ」
「空にこんなものを作るなんて、信じられない」
「それが叶うのが、この場所なのさ」
男がゆっくりと立ち上がり、大きく伸びをする。
まるで強風をものともしていないようだ。男は下を見下ろしたまま、僕に訊いた。
「お前はこの世界を気に入ったか?」
「血を弄ぶなんて、悪趣味だ。気に入るはずがないだろう」僕は咎めるようにして男に言う。
「どうやら、構造は理解したみたいだな」
男がにやりと笑い、片足を軽く浮かせる。
男の片足が配管から離れ、宙に浮く。僕は鼓動が速まるのを感じながら、その様子を見ていた。
「ピエロが言っていた。君は、僕を『解放』しようとしているらしいじゃないか。
だけど、そんなのは大きなお世話だ。僕は君に主導権を譲るつもりはない」
僕は男に向かって主張する。男は黙ったまま、足を左右にふらつかせていた。
僕が咎めるような視線を向けると、男が声を出して笑った。
「自由を楽しめよ」
男が足を元に戻し、目玉をつま先でつつく。
「止めろ」僕は震え声で男に言う。
「良い論文を書きたいなら」男が目玉を弄びながら、続きを話した。
「もっとスリルが必要だ」
「一つ、ゲームをしようじゃないか」男が目玉に足を乗せながら、声を張り上げた。
「俺は今から目玉を落とす。お前はそれを拾う。無事拾うことができれば、お前は現実世界に戻れる。
だが、捕まえなければ、お前は永遠に夢の中だ。血の巡るこの世界で、下界の獣どもと同じように薬の奴隷になる」
「まさか」僕の額から、汗が滲み出る。
「目玉は地上450メートルから、真っ逆さまに落ちる。見逃すなよ。下に落ちれば落ちるほど、速度は速くなるぜ」
「待てよ」僕はほとんど懇願するようにして言う。
「お前の論文は」男が景色を一望し、僕に言った。
「心に深く根付いたものを探ろうとしている。生半可なやり方じゃ、何一つ確かな答えは見出だせない」
「だからと言って、こんな滅茶苦茶なやり方はないじゃないか」
「世の中で一番つまらないものは」男がビルを見下ろしがら、話を続ける。
「一瞬で夢が叶っちまうような出来事だ。近頃のお前は薬漬けの生活に浸っているが、それにはまるで創造性がない。
麻酔を打たれた豚になりたきゃ、そうすればいい。だが、豚になった所でできることと言えば、毎日同じ紙くずを食い散らすことくらいだ」
男が目玉を軽く蹴る。目玉は配管のすれすれまで転がり、落ちる寸前でふらつく。
「止めてくれ」。僕は配管に両手をつき、必死に目玉に手を伸ばす。
「止めてほしければ」男は僕の目の前でしゃがみ込み、僕をじっと見下ろした。
「目玉を追ってみろ。そいつはお前よりも、ずっと正直で愉快だぜ」
これは夢だ。僕は地面に頭を付け、目をつむる。
夢だとわかっていても、恐怖心が拭えない。
目を開け、ビルに目を落としてみるが、その景色は現実世界のそれと何ら変わりがない。
「楽しませてくれよ」男が僕の肩に手を置き、にやりと笑う。
男が立ち上がり、目玉にかかとを当てる。次の瞬間、男は真下に向かって目玉を蹴飛ばした。
僕は顔を背け、その場でうずくまった。
だが直後、体に蹴られたような衝撃が走った。
次に目を覚ますと、僕はもう配管の上にはいなかった。
すぐそばでは、目玉が急降下している。つまるところ、僕に選択肢など与えられていなかったのだ。
男がその場でしゃがみ、都会のビルを見下ろす。
僕は男の足元でぴたりと止まった目玉を眺めながら、男に尋ねた。
「この場所は何なんだ?」
男は無言のまま、こちらをじっと見つめる。
冷たい夜風が吹きつけ、僕は身震いする。
しばらくの沈黙の後、男がふと口を開いた。
「お察しのはずだぜ。錠剤を降らせるための配管だ」
「空にこんなものを作るなんて、信じられない」
「それが叶うのが、この場所なのさ」
男がゆっくりと立ち上がり、大きく伸びをする。
まるで強風をものともしていないようだ。男は下を見下ろしたまま、僕に訊いた。
「お前はこの世界を気に入ったか?」
「血を弄ぶなんて、悪趣味だ。気に入るはずがないだろう」僕は咎めるようにして男に言う。
「どうやら、構造は理解したみたいだな」
男がにやりと笑い、片足を軽く浮かせる。
男の片足が配管から離れ、宙に浮く。僕は鼓動が速まるのを感じながら、その様子を見ていた。
「ピエロが言っていた。君は、僕を『解放』しようとしているらしいじゃないか。
だけど、そんなのは大きなお世話だ。僕は君に主導権を譲るつもりはない」
僕は男に向かって主張する。男は黙ったまま、足を左右にふらつかせていた。
僕が咎めるような視線を向けると、男が声を出して笑った。
「自由を楽しめよ」
男が足を元に戻し、目玉をつま先でつつく。
「止めろ」僕は震え声で男に言う。
「良い論文を書きたいなら」男が目玉を弄びながら、続きを話した。
「もっとスリルが必要だ」
「一つ、ゲームをしようじゃないか」男が目玉に足を乗せながら、声を張り上げた。
「俺は今から目玉を落とす。お前はそれを拾う。無事拾うことができれば、お前は現実世界に戻れる。
だが、捕まえなければ、お前は永遠に夢の中だ。血の巡るこの世界で、下界の獣どもと同じように薬の奴隷になる」
「まさか」僕の額から、汗が滲み出る。
「目玉は地上450メートルから、真っ逆さまに落ちる。見逃すなよ。下に落ちれば落ちるほど、速度は速くなるぜ」
「待てよ」僕はほとんど懇願するようにして言う。
「お前の論文は」男が景色を一望し、僕に言った。
「心に深く根付いたものを探ろうとしている。生半可なやり方じゃ、何一つ確かな答えは見出だせない」
「だからと言って、こんな滅茶苦茶なやり方はないじゃないか」
「世の中で一番つまらないものは」男がビルを見下ろしがら、話を続ける。
「一瞬で夢が叶っちまうような出来事だ。近頃のお前は薬漬けの生活に浸っているが、それにはまるで創造性がない。
麻酔を打たれた豚になりたきゃ、そうすればいい。だが、豚になった所でできることと言えば、毎日同じ紙くずを食い散らすことくらいだ」
男が目玉を軽く蹴る。目玉は配管のすれすれまで転がり、落ちる寸前でふらつく。
「止めてくれ」。僕は配管に両手をつき、必死に目玉に手を伸ばす。
「止めてほしければ」男は僕の目の前でしゃがみ込み、僕をじっと見下ろした。
「目玉を追ってみろ。そいつはお前よりも、ずっと正直で愉快だぜ」
これは夢だ。僕は地面に頭を付け、目をつむる。
夢だとわかっていても、恐怖心が拭えない。
目を開け、ビルに目を落としてみるが、その景色は現実世界のそれと何ら変わりがない。
「楽しませてくれよ」男が僕の肩に手を置き、にやりと笑う。
男が立ち上がり、目玉にかかとを当てる。次の瞬間、男は真下に向かって目玉を蹴飛ばした。
僕は顔を背け、その場でうずくまった。
だが直後、体に蹴られたような衝撃が走った。
次に目を覚ますと、僕はもう配管の上にはいなかった。
すぐそばでは、目玉が急降下している。つまるところ、僕に選択肢など与えられていなかったのだ。
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