崖先の住人

九時木

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4章: 追走

34. 配管

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 「そいつをとっ捕まえてくれ!」

 工場全体に、僕の声が響き渡る。目玉は俊敏に動き回り、監視員や配達屋の足元をいとも簡単にすり抜ける。

 「全エリアにアナウンスをかけるんだ」

 僕は監視員に向かって大声を上げる。監視員は「まさか」というような顔で、僕を見つめる。

 「頼みますよ。僕は1番地からずっとあの目玉を追いかけているんだから」

 その言葉でようやく納得したのか、監視員がアナウンスをかける。
 ジリジリと雑音が混じった後、監視員のしわがれた声が工場内に響き始めた。


 『ええ、工場内の皆様にご連絡です。ただ今、第4工程にて、目玉が侵入。目玉が侵入しました。
 見つけ次第、ただちに捕獲するようお願いします。繰り返します。ただ今、第4工程にて……』

 「信じられないことだよ」と、監視員がマイクから顔を離し、僕に言う。

 「目玉が加工されないまま、そのまま残っているなんて。あれは何物なんだ?」

 「正真正銘、僕の目玉です」僕は口を歪ませながら、監視員に返す。


 「それよりも、早く捕まえないと。あの目玉、一体どこへ向かっているんだ?」

 僕は兎のように飛び跳ねる目玉を目で追いながら、後をついていく。
 目玉は長い管の上を移動し、ひたすら前方へ向かっている。

 「その先は、1番地につながるトンネルだ」

 監視員が後ろから叫ぶようにして、僕に告げる。
 次に足を踏み入れた途端、薄明るい蛍光灯が点灯し始めた。

 前方を見ると、ひたすら長いトンネルが続いていた。
 コンクリートで固められた閉鎖空間。明かりと細い管以外には何も見当たらない。
 目玉は管を伝いながら、前進している。僕は目玉を無我夢中で追いかけた。

 監視員の声がどんどん遠ざかっていく。気がつけば、トンネル内には目玉の跳ねる音と僕の足音だけが響き渡っていた。


 「このトンネルは、本当に1番地につながっているのか?」

 僕は頭の中で自問しながら、走り続ける。
 ふと、前方から冷気が流れ込む。見ると、真っ暗な出口が見えた。

 先が見えない。そのまま走り続けると、突然、足元がぐらついた。
 恐る恐る下を見ると、そこには無数のビルが立ち並んでいた。


 まるで展望台から都会の景色を見下ろしているようだ。
 見覚えのあるビルを眺めているうちに、そこがようやく1番地の空だということがわかった。
 僕は今、空にいる。その空には、無数の配管が網目のように設置されており、僕は太い配管の上に突っ立っている。

 左右には柵がない。足を滑らせたら、ひとたまりもない。

 よく見ると、配管には穴が空いていた。
 穴からは、真っ赤な錠剤が次から次へと通り抜け、真下へと落ちていく。
 錠剤の雨。錠剤を降らせるための、人工装置。
 僕はここで、その無数の配管が、錠剤の雨を降らせる装置だということを理解する。

 
 振り返ると、トンネルは扉で閉ざされていた。
 まるで血管の弁のように、後戻りができない。
 目玉は強風にさらされ、配管の上でゆらゆらと左右に揺れている。

 僕は一歩一歩慎重に歩き、目玉の元へ近づいていく。
 目玉はじりじりと後ずさりし、こつんと誰かの足元にぶつかる。
 僕は目玉がぶつかった人間を、そっと見上げる。


 その男と視線がぶつかった。その見覚えのある男はにやりと笑い、僕に話しかけた。

 「しばらくぶりだな」
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