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4章: 追走
33. 工場
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「見ろ。あれが4番地の工場だ」
配達屋が砂丘から指をさす。数百メートル先には、巨大なブラックボックスのような工場が見えた。
工場の入口には、同じ宇宙服の格好をした配達屋が吸い取られるように集まっていく。
空には小さなひし形のドローンが飛び交っており、頭上から配達屋を監視している。
どれもこれも、四角形だ。僕はその近未来的な光景をしばらく眺めていた。
「中に入ろう」
配達屋が早歩きで工場に向かう。僕は配達屋の掛け声とともに、その後をついていった。
工場内は機械音で騒がしかった。
あちこちに巨大なタンクがあり、どれも忙しなく振動していた。
壁の貼り紙を見ると、赤い文字でこう書かれていた。
『第1工程、砂を量ること』
辺りを見回すと、配達屋がバキュームの蓋を開け、次から次へとタンクに「砂」を流し込んでいた。
「ここでは、3番地で集めた砂を量るんだ」
僕のそばにいた配達屋が、簡単に説明する。
僕は配達屋の格好をしていたが、バキュームを持っていなかった。
それに気がついた老いぼれの監視員が、ふと僕に声をかけた。
「君、砂は集めてきたのかね?」
「その人は遭難者ですよ」配達屋が砂をタンクに流し込みながら、監視員に言う。
「俺が予備の防護服を貸したんです。どうやら、彼は探し物をしているみたいで」
「というと?」と、しかめ面の監視員。
「目玉を探しているんです」。僕は2人の間に割り込んで話を始める。
「僕はある男に目を抉られました。それから目玉を探すために、1番地からここまでやって来たんです」
「そいつはご苦労なことだ」。監視員はいかにも納得したような顔で、僕に返した。
「それで、僕の目玉がこの工場に紛れ込んでいるのではないかと思いまして。よろしければ、一度見学させて頂けませんか?」
「別に構わんよ」
監視員はごくあっさりと答える。僕は拍子抜けしながらも、軽くお辞儀をする。
「見つかるとも限らないがね。何せだだっ広い工場なものだから」
「僕は何としても見つけなくちゃならないんです」
僕は少しむきになって返す。監視員は眉を動かしながら、海藻で覆われた僕の片目を興味深そうに眺めていた。
「まあ、見てみるといい」
監視員の言った通り、工場は広かった。
内部はいくつかのエリアに分かれており、それぞれ種類の違う機械が作動していた。
『第2工程、砂を粒にすること』
僕は次の場所に移動し、貼り紙をじっと見ていた。
「ここでは、第1工程で収集した砂に水を加えて、粒状にするんだよ」
監視員がタンクを指さしながら、僕に説明する。
タンクの中身は見えないが、轟々と音を立てて攪拌しているのがわかる。
「材料は全て粉末状のものだ。目玉が紛れ込んでいたら、センサーが異常な音を感知するはずだが」
監視員がモニターを見ながら、過去歴をスクロールする。
波状の音は常に平坦で、何の異常も記録していない。目玉が中に紛れ込んでいる可能性はなさそうだった。
「念のため、他の場所も見せていただけませんか?」
僕は轟音を上書きするようにして、声を張り上げる。
監視員は首を傾げながら、僕に言った。
「見込みはないに等しいがね。気になるなら、見てみればいい」
第3工程では、粒状の薬が均一化されていた。
監視員によると、「他の薬剤と混ぜている最中」なのだという。
血なまぐさい臭いが、エリア内に漂っている。一体タンクの中で何が起こっているのだろうか?
「増血剤を混ぜているんだ」
僕の疑問を察したかのように、監視員が僕に向かって言った。
「我々の『顧客』は、慢性の貧血に陥っている。だから、薬に血を増やす成分を入れて、貧血を解消するのだよ」
我々の顧客とは、恐らく繁華街の人々のことだろう。
連中は、薬の取り合いで血みどろになる。争いの元凶となるこの製薬会社は、製薬にますます奮闘する。
まるでいたちごっこのようだ。僕は監視員を睨み、次のエリアへの移動を促した。
しかし、第4工程でも目玉の姿は見られなかった。
その工程では、薬をプレスし、錠剤の形に仕上げている所だった。
僕はしばらくプレスされる様子を観察していたが、目玉はいつまで経っても現れなかった。
「そろそろ、諦めた方がいいんじゃないか?」
監視員が軽い口調で、僕を諭す。僕は握り拳を作り、監視員に向かって言った。
「そんなことをすれば、二度と目を覚ませなくなってしまうじゃないか」
「そうは言っても、モニターには何も映っていないだろう」
監視員が姿勢を崩し、疲れた様子を見せる。僕はじれったくなり、監視員に頼んだ。
「タンクの中身を開けられないのか?」
「無茶を言ってくれるな。中の仕組みは企業秘密なんだ」
監視員と僕は、しばらく揉め合った。その最中、何やらタンクが異様な音を立てた。
プレス機の方に振り返ると、チューブから目玉がするりと抜け出してきた。
監視員と僕が凍ったように身を固める。目玉はプレス機から転がり落ち、血まみれの体で僕の足元をうろうろと回った。
配達屋が砂丘から指をさす。数百メートル先には、巨大なブラックボックスのような工場が見えた。
工場の入口には、同じ宇宙服の格好をした配達屋が吸い取られるように集まっていく。
空には小さなひし形のドローンが飛び交っており、頭上から配達屋を監視している。
どれもこれも、四角形だ。僕はその近未来的な光景をしばらく眺めていた。
「中に入ろう」
配達屋が早歩きで工場に向かう。僕は配達屋の掛け声とともに、その後をついていった。
工場内は機械音で騒がしかった。
あちこちに巨大なタンクがあり、どれも忙しなく振動していた。
壁の貼り紙を見ると、赤い文字でこう書かれていた。
『第1工程、砂を量ること』
辺りを見回すと、配達屋がバキュームの蓋を開け、次から次へとタンクに「砂」を流し込んでいた。
「ここでは、3番地で集めた砂を量るんだ」
僕のそばにいた配達屋が、簡単に説明する。
僕は配達屋の格好をしていたが、バキュームを持っていなかった。
それに気がついた老いぼれの監視員が、ふと僕に声をかけた。
「君、砂は集めてきたのかね?」
「その人は遭難者ですよ」配達屋が砂をタンクに流し込みながら、監視員に言う。
「俺が予備の防護服を貸したんです。どうやら、彼は探し物をしているみたいで」
「というと?」と、しかめ面の監視員。
「目玉を探しているんです」。僕は2人の間に割り込んで話を始める。
「僕はある男に目を抉られました。それから目玉を探すために、1番地からここまでやって来たんです」
「そいつはご苦労なことだ」。監視員はいかにも納得したような顔で、僕に返した。
「それで、僕の目玉がこの工場に紛れ込んでいるのではないかと思いまして。よろしければ、一度見学させて頂けませんか?」
「別に構わんよ」
監視員はごくあっさりと答える。僕は拍子抜けしながらも、軽くお辞儀をする。
「見つかるとも限らないがね。何せだだっ広い工場なものだから」
「僕は何としても見つけなくちゃならないんです」
僕は少しむきになって返す。監視員は眉を動かしながら、海藻で覆われた僕の片目を興味深そうに眺めていた。
「まあ、見てみるといい」
監視員の言った通り、工場は広かった。
内部はいくつかのエリアに分かれており、それぞれ種類の違う機械が作動していた。
『第2工程、砂を粒にすること』
僕は次の場所に移動し、貼り紙をじっと見ていた。
「ここでは、第1工程で収集した砂に水を加えて、粒状にするんだよ」
監視員がタンクを指さしながら、僕に説明する。
タンクの中身は見えないが、轟々と音を立てて攪拌しているのがわかる。
「材料は全て粉末状のものだ。目玉が紛れ込んでいたら、センサーが異常な音を感知するはずだが」
監視員がモニターを見ながら、過去歴をスクロールする。
波状の音は常に平坦で、何の異常も記録していない。目玉が中に紛れ込んでいる可能性はなさそうだった。
「念のため、他の場所も見せていただけませんか?」
僕は轟音を上書きするようにして、声を張り上げる。
監視員は首を傾げながら、僕に言った。
「見込みはないに等しいがね。気になるなら、見てみればいい」
第3工程では、粒状の薬が均一化されていた。
監視員によると、「他の薬剤と混ぜている最中」なのだという。
血なまぐさい臭いが、エリア内に漂っている。一体タンクの中で何が起こっているのだろうか?
「増血剤を混ぜているんだ」
僕の疑問を察したかのように、監視員が僕に向かって言った。
「我々の『顧客』は、慢性の貧血に陥っている。だから、薬に血を増やす成分を入れて、貧血を解消するのだよ」
我々の顧客とは、恐らく繁華街の人々のことだろう。
連中は、薬の取り合いで血みどろになる。争いの元凶となるこの製薬会社は、製薬にますます奮闘する。
まるでいたちごっこのようだ。僕は監視員を睨み、次のエリアへの移動を促した。
しかし、第4工程でも目玉の姿は見られなかった。
その工程では、薬をプレスし、錠剤の形に仕上げている所だった。
僕はしばらくプレスされる様子を観察していたが、目玉はいつまで経っても現れなかった。
「そろそろ、諦めた方がいいんじゃないか?」
監視員が軽い口調で、僕を諭す。僕は握り拳を作り、監視員に向かって言った。
「そんなことをすれば、二度と目を覚ませなくなってしまうじゃないか」
「そうは言っても、モニターには何も映っていないだろう」
監視員が姿勢を崩し、疲れた様子を見せる。僕はじれったくなり、監視員に頼んだ。
「タンクの中身を開けられないのか?」
「無茶を言ってくれるな。中の仕組みは企業秘密なんだ」
監視員と僕は、しばらく揉め合った。その最中、何やらタンクが異様な音を立てた。
プレス機の方に振り返ると、チューブから目玉がするりと抜け出してきた。
監視員と僕が凍ったように身を固める。目玉はプレス機から転がり落ち、血まみれの体で僕の足元をうろうろと回った。
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