崖先の住人

九時木

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4章: 追走

32. 循環

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 「いつまで歩くのかな」

 僕は重い足を上げながら、配達屋に尋ねていた。
 砂漠を歩き始めてから、どれくらい時間が経ったのかわからない。振り返ると、無数の足跡が続いていた。

 「一度、確かめてみるか」

 配達屋が腕時計のようなものを僕に見せる。
 スクリーンには、数値が表示されていた。

 「20キロメートル。時間に換算すれば、5時間だ。かなり歩いたみたいだね」

 「歩数計か」僕は膝をつきながら、配達屋に返した。

 「代わり映えのない景色を眺めていると、感覚が鈍ってくるんだ。
 歩数計は、良い指標になるよ。自分がどれくらい疲れているかを知らせてくれるからね」

 「そうなのか」と僕は相槌を打つ。
 防護服は重く暑苦しかったが、配達屋はそれほど気にしていないようだった。


 「ところで、工場はどんな所なのかな」ふと目的地のことが気になったので、僕はそう配達屋に尋ねてみた。

 「薬を大量生産している。巨大な製薬会社だ。
 俺たちはその薬の材料集めに、砂漠まで来ているんだ」

 製薬会社と聞いて、僕は嫌な予感がした。
 「この砂が、薬の材料になるのか?」僕は思わずその言葉を口にする。

 「そうだよ」と、配達屋は淡々と僕に返す。
 砂とは呼んでいるが、元は血が粉末状になったものだ。
 血が薬の材料になる。僕はここで、繁華街で見かけた真っ赤な薬を思い出した。

 「出来た薬は何処へ行くんだ?」念のため、僕は配達屋に尋ねる。

 「さあ。俺は配達のことしか知らないから」男は肩をすくめ、バキュームに目を落とした。
 どうやら、配達屋は全体像を把握していないようだ。僕はここでようやく「血の循環」を悟り、その場でしばらく立ち尽くしていた。


 この世界では、血が巡っている。
 まず、『血の海』が乾燥し、3番地で砂状になった血が収集される。
 砂状の血は、4番地の工場で加工され、錠剤になる。錠剤は何らかの方法で繁華街に降り、人々が摂取する。
 錠剤は取り合いになり、血みどろの暴動が多発する。流れ出た血液は、2番地の下水道を通して、再び『血の海』に流れていく。
 流れた『血の海』は、3番地まで運ばれ、再び配達屋によって拾い集められる……




 こうして血は循環する。これが、この世界の全体像だ。
 一体何のためにこんな構造が出来上がってしまったのだろうかと、僕は頭を抱える。
 ここは夢の中だ。それなのに、自分の夢の中という気がしない。

 まるで誰かが勝手に動いて、勝手に城を作り上げたみたいだ。僕の知らない所で、何かが生まれつつある。

 しかし、僕がこんな悪趣味な構造を求めているはずがない。あの男が、エスが勝手に作り上げているのではないか。

 全てをあの男のせいにしたかった。そもそも、早く目を覚ましたいのに、僕の目玉を抉って邪魔をしたのはあの男なのだ。


 「おい、どうしたんだ?」

 数十メートル先で、配達屋が僕の方へ振り返り、声を上げる。
 気がつけば、配達屋と僕の間には、長い距離が出来ていた。

 「工場まであと少しだ。頑張れよ」

 配達屋が前方を指さし、先を促す。僕は大きくため息をつき、穏やかでない感情を抱きながら、再び歩き始めた。
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