崖先の住人

九時木

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4章: 追走

28. 落下

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 下水道は鉄の臭いがした。
 水道管には、血の色をした下水が流れていた。

 足元が規則的に小さく揺れる。地面は筋組織のように弾力がある。
 まるで下水道そのものが生物のようだ。僕は薄暗い内部を見渡し、恐る恐る歩み進めた。


 しばらく歩いていると、流れる下水から、1匹の魚が飛び跳ねた。
 その魚は、カラスウオだった。カラスウオはトビウオのように飛び跳ね、下水の流れに逆らっていた。
 好奇心をそそられ、しばらく眺めていると、飛び跳ねたカラスウオが目玉をくわえているのが見えた。

 カラスウオが水に飛び込み、視界から消える。
 一体、あれをどうやって取り返せばいいのだろうか?僕は頭を抱え、その場でしゃがみ込んだ。


 カラスウオは、水に入っては飛び跳ねてを繰り返し、同じ場所に留まっている。
 もしかすれば、手づかみで取れるかもしれない。

 手を伸ばしてみたが、あと少しの所で届かない。
 危うく下水に落ちそうになったので、僕は一旦引き下がった。


 地上で走り回ったせいか、身体が疲れていた。
 僕は壁にもたれ、一息ついた。すると、何やら背中に不自然な凹凸を感じた。
 振り返ると、壁に文字が彫刻されていた。
 

 『血ノ下水道:地上ノ血液ヲ排出スル』

 僕は真っ赤な文字を読み上げた。
 地上の血液と聞いて、僕は点と線がつながったような感覚を得た。
 どうやらこの下水道は、地上の暴動で出た血液を「汚水」として流す役割を果たしているようだ。

 さらに、文字には続きがあった。僕はそれをゆっくり読んだ。

 『カラスウオハ、血ノアル場所ニ集マル』

 あの男も言っていた通り、カラスウオは血を好む魚らしい。
 固有種なのだろうか。この魚については、未だに謎が多い。血を好む魚など、現実ではほとんど聞いたことがない。
 僕は血の下水で、カラスウオが元気に飛び跳ねるのを見ながら、大きくため息をついた。


 ぼんやり魚を眺めていると、僕の片目から血が滴り落ちた。
 その一粒が下水に落ちた時、カラスウオが瞬時に反応した。
 魚が目玉をくわえたまま、こちらに寄ってくる。しかし、血の量が少なかったせいか、魚はまた元の場所へと戻っていく。

 なるほど、と僕は独り言を放った。
 僕の血を利用すれば、この魚は自ら近づいてくれるのかもしれない。
 僕は片目を押さえていた手を離した。すると、目から絶え間なく血が流れ、魚をこちらに近づかせた。


 目玉がすぐそこまでやって来る。僕は胸が躍るのを感じながら、そっと手を伸ばした。
 目玉との距離は限りなく近い。これなら、無理なく取り戻せるだろう。

 しかし、指先が触れた瞬間、地面が揺れ、目玉が滑った。
 目玉がつるりと下水に落ちる。僕は大慌てで手を伸ばす。
 その時、身体が前のめりになり、下水の方へと思いきり傾いた。そうして、僕は頭から血の下水へと落っこちてしまった。
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