崖先の住人

九時木

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3章: 奔走

21. 自由連想法

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 残念ながら、目が覚めた後も血塗れの光景は変わらなかった。
 僕は腹に置かれていた紙を手に取り、寝ぼけ眼で文字を読んだ。


 『研究内容: フロイトの自由連想法は、××の患者に有効か』

 この研究内容は、何処か見覚えがある。文字も僕のものとよく似ている。
 しかし、自分で書いたという記憶はない。

 『自由連想法は、患者をソファに座らせるなど、リラックスした状態で行う。自由連想法の目的は、隠れた感情を患者自身に気づかせることである』

 僕は仰向けになったまま、続きを読んだ。
 そうして深く息をつき、紙を横へ置いた。

 自由連想法をすれば、何か手がかりが見つかるだろうか。
 僕は一度、その方法を試すことにした。静まり返った部屋の中で、独り言がぶつぶつと響き始めた。


 『××日。講義があった。心理学の講義だった。フロイトの精神分析論。心の構造について。眠い。隣の女が誰だかわからなかった。ノートには魚の絵が。眠い』

 独り言をひたすらノートに書き留めていく。
 『眠い』という言葉が続き、字が不安定に揺れる。
 瞼を開いたり閉じたりしながら、続きを綴っていく。


 『何だか疲れた。昨日はよく眠れただろうか?即席ラーメンのにおい。徹夜、居眠り、3時間』

 『心理学、心理学、心理学。書かねば。君は超自我。またの名を耄碌もうろく。頭を撃ち抜く。首を掻っ切る。だけど、残念だ』

 『眩しい。目が光に慣れていない。眠い。眠るのは怖い。怖くない。いいものが書ける。夢を見れば。夢、夢、夢』


 僕はベッドから起き上がった。
 書き留めた文章を、何度か読み直してみる。

 否定的な感情の羅列。垣間見える両価性。
 僕の無意識は、何かを知っている。しかし、読み返せば読み返すほど意味がわからなくなってくる。

 唯一わかるのは、夢への異常な執着だ。どうやら、僕は夢を見るとと思っているらしい。
 僕はベッドに転がっていた紙をもう一度読み返した。やはり、その文字は僕のものとそっくりだった。


 「もしや、これは僕の書きかけの論文じゃないか?」

 自己分析中に、頭の中で、一つの言葉が思い浮かんだ。
 僕は一枚の紙にざっと目を通した。書いた記憶こそないものの、十中八九、文字は僕のものだった。

 僕は心理学を専攻している。フロイトの自由連想法を研究している。
 疑念が確信へと変わり、僕は自分が何者であるかを思い出す。

 僕は大学生だ。大学に入ったばかりだが、卒業論文のテーマを考え始めている。
 全ての記憶が、洪水のように脳内に流れ込む。僕は頭を抱え、急いで棚から薬を取り出す。
 そうして1週間分の薬を口の中に放り込み、ベッドに倒れ込んだ。
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