崖先の住人

九時木

文字の大きさ
上 下
20 / 72
3章: 奔走

20. 部屋

しおりを挟む
 家に帰り、部屋の明かりをつけた。
 廊下には何十枚もの紙が散らばっており、僕は紙を踏んで転びそうになった。

 身に覚えがない光景だ。僕は訝しみながらも、とりあえず洗面所で手を洗うことにした。

 
 荷物を下ろし、洗面所の明かりをつける。
 その途端、僕は思わず後ろに飛び退った。
 目の前の鏡が真っ赤だった。赤い指紋があちこちに引きずられている。
 恐る恐る洗面所を覗いてみたが、やはり指紋がべっとりとこびりついていた。

 「血痕……」

 僕はその場で独りごちた。
 洗面所から漂う生ぐさい臭いに、顔を背ける。まだそれほど日が経っていないのかもしれない。

 僕は蛇口をひねり、大量の水を出す。そうして血の池が流れていくのを呆然と眺める。

 身体中を確かめてみたが、何処も痛くない。一体何をしてこうなったのだろうか。
 僕は吐き気を抑えながら、リビングへ向かった。


 リビングは散らかっていた。
 布団は床に投げ出され、コップは倒れている。 
 凄惨たる有様なのは、机の上だった。
 机の上には何枚もの紙が重ねられており、どれも血が付いていた。
 まるで赤いペンキを上からドリッピングさせたかのような光景だった。


 僕は一番上の紙を摘み、裏面を見た。
 よく見ると、裏面は手書きの文字でぎっしりと埋め尽くされていた。
 所々血で判読できない部分があったが、単語は拾えた。


 「『夢』、『判断』、『無意識』、『研究』」

 僕は単語を目で追いながら、一つ一つ読み上げた。
 それぞれの単語を頭の中で繋ぎ合わせる。すると、「無意識を研究した『夢判断』」という文章が完成した。

 その紙は、フロイトの著作『夢判断』の参考資料だった。
 紙の下に、もう一枚の紙を発見した。僕は比較的白いその紙を手に取り、じっくり読んだ。


 『研究内容: フロイトの自由連想法は、××の患者に有効か

 自由連想法とは、患者に思いのまま話させ、抑圧された感情を明らかにする精神分析療法である。

 方法として、患者をソファに座らせるなど、リラックスした状態で行う。自由連想法の目的は、隠れた感情を患者自身に気づかせることである。

 ××の患者は、しばしばストレスに直面した時、感情やアイデンティティを自身から分離させることによって、ストレスに対応する。そのため、感情が無意識に抑圧されやすい。

 自由連想法は、その抑圧された感情を意識化することで、患者にストレスと向き合わせる。しかし、抑圧されていた感情に晒されることによって、××が起こり、かえって逆効果になることもあり得る』


 僕はその紙を読み通した。
 いくつかの部分は、血で意図的に塗り潰されているように見えた。
 僕は紙から目を離し、部屋中を見渡した。
 散らかった部屋は、片付けるにはあまりにも億劫だった。

 僕はベッドに倒れ込み、深呼吸をした。
 これはきっと夢なのだろう。心地よい眠気に誘われながら、僕は目を閉じる。
 暗闇の中で、鉄の臭いが鼻をつく。僕は顔をしかめながらも、眠りに集中した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

つれづれなるおやつ

蒼真まこ
ライト文芸
食べると少しだけ元気になる、日常のおやつはありますか? おやつに癒やされたり、励まされたりする人々の時に切なく、時にほっこりする。そんなおやつの短編集です。 おやつをお供に気楽に楽しんでいただければ嬉しいです。 短編集としてゆるく更新していきたいと思っています。 ヒューマンドラマ系が多くなります。ファンタジー要素は出さない予定です。 各短編の紹介 「だましあいコンビニスイーツ」 甘いものが大好きな春香は日々の疲れをコンビニのスイーツで癒していた。ところがお気に入りのコンビニで会社の上司にそっくりなおじさんと出会って……。スイーツがもたらす不思議な縁の物語。 「兄とソフトクリーム」 泣きじゃくる幼い私をなぐさめるため、お兄ちゃんは私にソフトクリームを食べさせてくれた。ところがその兄と別れることになってしまい……。兄と妹を繋ぐ、甘くて切ない物語。 「甘辛みたらしだんご」 俺が好きなみたらしだんご、彼女の大好物のみたらしだんごとなんか違うぞ? ご当地グルメを絡めた恋人たちの物語。 ※この物語に登場する店名や商品名等は架空のものであり、実在のものとは関係ございません。 ※表紙はフリー画像を使わせていただきました。 ※エブリスタにも掲載しております。

鬼狩り

笹野にゃん吉
ファンタジー
雲をも貫く巨大な断崖――〈黄泉の断崖〉に見下ろされるそこでは、日夜、戦が絶えない。 人間に死をもたらす異形〈鬼〉との。 刀を佩き銃を負い、死と隣り合わせながら息を吐く。〈鬼〉を狩るべく鍛え上げられ、以て〈鬼狩り〉と呼ばれる彼らの見据える先に待つのは、ひたすらに無情な死か、命賭す者の矜持か。 死地に住まう〈鬼狩り〉と、彼らを取り巻く人々の悲哀や成長を描いた、和風ファンタジー。 ※本作はカクヨム、マグネット、noteでも掲載中です。

黒ねこカフェへいらっしゃい

水城ひさぎ
ライト文芸
カフェの看板娘、季沙と、季沙の元彼に似た満生の物語。

「おかえり」と「ごちそうさま」のカンケイ。

若松だんご
ライト文芸
 十年前、事故で両親を亡くしたわたし。以来、母方の叔母である奏さんと一緒に暮らしている。  「これからは、私が一緒にいるからね」  そう言って、幼いわたしの手を握ってくれた奏さん。  敏腕編集者で仕事人間な彼女は、家事がちょっと……というか、かなり苦手。  だから、ずっとわたしが家事を担ってる。  奏さんのために、彼女の好物を作って帰りを待つ日々。  ゴハンを作るのは楽しい。だって、奏さんが「美味しい」って言ってくれるから。  「おかえりなさい」と出迎えて、「ごちそうさま」を聴くまで。それがわたしの至福の時間。  だけど最近、奏さんの様子が少しおかしくて――。  一緒に並んで手をつないでくれていた奏さん。彼女が自分の人生を一歩前へと歩きだした時、わたしの手は何を掴んだらいいんだろう。

こんな展開知りません!

水姫
恋愛
これは予想外な展開です。 会場に入ってから突然自分が悪役令嬢だと気づいた。必死に回避する方法を模索する矢先。 「あれ?展開早すぎませんか?」 「えっ?濡れ衣...」 王子の思惑とは。 気分が悪くなったら引き返してください。凄くご都合主義です。 不定期更新になると思いますが、6千文字くらいを予定しています。

【kindleでリメイク版発売中】VTuber・オンライン・シンフォニア ~限界オタク系個人勢底辺配信者がVRゲームで敏捷値極振り×弓使い~

ナイカナ・S・ガシャンナ
SF
■kindleでリメイク版発売中■ https://www.amazon.co.jp/dp/B0D6L8CHXK 【前置き】 この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。作中に登場する動画サイトもY○uTubeではなくYabeeTubeという別サイトです。予め御了承下さい。 ……何? タイトル? 「VTuberがオンラインなのは当たり前」だって? こまけぇこたぁいいんだよ! オンラインって書いてあった方がVRゲーム感ありますよね。 【こういう方にオススメの作品です】 ・Vtuberが気になっている ・VRゲームの話を良く読む ・極振り? ときめくね ・戦闘は辛勝する方が燃える ・黒髪合法ロリ巫女服という単語に反応せざるを得ない ・限界化しているオタクを見ると「同志」と呼びたくなる ・女の子同士が仲良くしていると心が躍る ・クトゥルフ神話が混ぜられていると楽しい 【簡単なあらすじ】 二倉すのこは個人勢のVTuberである。チャンネル登録者数は50人弱。 人気低迷に悩む彼女はある日、最推しが広報担当を務めるというVRゲームに目を付ける。これに参加すれば人気上昇が望めるのではないか、更には推し達のてぇてぇ絡みが間近で見られるのではないかと。 かくして彼女はVRゲーム『旧支配者のシンフォニア』に挑む。そして始まる他VTuberとの交流、数々のイベント。その中で彼女はチャンネル登録者数を倍々に増やしていく。更には最推しの秘密も知る事になって……!? ※小説家になろう、ノベルアップ+、カクヨムにも掲載しています。

ディスコミュニケーション

テキイチ
ライト文芸
あんないい子を好きにならない人間なんていない。そんなことはわかっているけど、私はあの子が嫌い。 ※小説家になろうでも公開しています。 ※表紙の素敵な絵はコンノ様(@hasunorenkon)にお願いしました。

処理中です...