崖先の住人

九時木

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2章: 没入

12. 灯台

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 数十分ほど歩くと、灯台に着いた。
 男はポケットから鍵を取り出し、扉を開けた。
 重々しい扉が金属音を響かせた後、男は内部へと足を踏み入れた。

 「案外広いだろう」

 灯台の内部で、男の声が響き渡った。
 僕は天井を見上げた。天井までは、螺旋階段が果てしなく続いており、目が回りそうになった。

 「頂上まで上るのかい」

 「まあな」

 男は僕の先を歩き、階段を上り始めた。
 僕は1階全体を見回し、様子を確認した。
 ふと、空き缶が目に留まった。空き缶は壁沿いに並べられており、トランプタワーのように積み上げられていた。

 「そいつが気になるか?」

 男が少し上の階段から、僕に話しかけた。
 僕は空き缶のラベルをじっと見た。

 「長く住んでいると、暇になるんでね。もう何杯呷ったか覚えちゃいない」

 男は愉快そうに鼻歌を歌いながら、階段を上っていった。
 僕は一番上に置かれた空き缶をそっと回した。
 空き缶のラベルには、「アルコール分9パーセント」と記されていた。

 それは銀色の酒缶だった。どれも同じ種類の酒缶で、男が飲んだもののようだった。
 僕は無数の空き缶を横目で見ながら、恐る恐る階段を上った。


 「さっき、君はここに住んでいると言ったけれど」

 足音が響き渡る中、僕は男に向かって声を張り上げていた。

 「一体何のために、こんな所に住んでいるんだい?」

 男は慣れた足取りで、速く上った。知らぬうちに、男と僕の間には何周もの距離が空いていた。

 「上に着けばわかるさ」

 男は一定の速度で階段を上りながら、返事をした。
 僕らは淡々と階段を上り続けた。僕の方は段々と息苦しくなり、手すりに掴まりながら階段を上るようになっていた。

 「たどり着けばの話だが」

 男の冗談めかした一言が、上段から伝ってくる。
 僕は最早上を見る余裕もなく、ただ足元に汗が落ちるのを見送りながら、重い足を上げていた。


 階段を上り始めてから数十分後、僕はようやく頂上にたどり着いた。
 風が汗を吹き飛ばし、髪を横に流す。僕は荒ぶった息を抑えながら、灯台から見える景色を一望した。

 「すごいや」

 景色は驚嘆すべきものだった。
 真っ赤な海が視界全体を覆い尽くし、はるか彼方まで広がっている。
 曇天は光を遮り、不穏な空気を漂わせている。
 まるで魔界のような景色だ。しかし、海と雲以外には何も映らない。

 「それは?」

 僕は、隣で機械をいじっている男に目を移した。
 
 「望遠鏡。これで『漂着物』を見るんだよ」

 男は2つのレンズを覗き込みながら、望遠鏡の首を回していた。
 
 「この海には、よく物が流れ着く。時々は舟も見かける」

 男はレンズから目を離し、話を続けた。

 「俺はここで監視員をやってるんだ。毎日、海に何が流れ着いたかを確かめるのさ」

 「それが君の仕事か」

 「そうだ」

 男は返事をすると、傍の椅子に座り、足を組んだ。
 僕は少し考えた後、男に尋ねた。

 「もしかして、僕も流れ着いた身なのかい」

 「そうだな」

 男はポケットから鍵を取り出し、指に引っ掛けて回し始めた。
 僕の内で不安がよぎり、反射的に拳を握りしめた。

 「まあ、焦るなよ。せっかくここに着いたんだ。一息ついていけばいい」

 男は僕の内を見透かしたかのように、即座に言葉を付け加えた。
 僕はそわそわしながら、辺りを見回した。しかし、辺りにはやはり真っ赤な海しか広がっていなかった。


 「今日は特に異常がないみたいだ。ここから降りようぜ」

 男は鍵を一掴みし、手の内に収めたまま階段を降り始めた。
 鉄の臭いが、体全体に吹きつけていた。僕はその場で立ち尽くしたまま、海を呆然と眺めていた。

 「他にもやることは色々あるんだ。教えてやるから、お前も来いよ」

 男は愉快げに笑いながら、僕に言った。
 「そのまま突っ立っていると、鍵を閉めちまうぞ」と言われた時、僕は我に返り、急いで男の後に続いた。
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