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第五章
第九話 心地よい優しさ-4
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あまり話に出さない方がいいと分かっていながらも、哲平は言わずにはいられなかった。
「愛美っ。ミサさんが今まで言った言葉、全部が全部、嘘ってことはないと思う。愛美と話すのが楽しかったっていうミサさんの言葉も本当だったと、俺は思う」
愛美は唇を締め、一度だけ鼻を啜った。
「うん。ミサさんはね、優しすぎただけだよ」
愛美も過去に、ミサと似たようなことをしたことがあった。
中学生一年生のクラスメイトで、不登校の女性生徒がいた。その子が珍しく登校した時に、愛美は彼女に声をかけた。
《タカコちゃん。はじめまして、私、愛美》
《う、うん……》
タカコにとって、学校が楽しい場所にしたい。愛美はその一心で、積極的にタカコに話しかけ、行動を共にした。
愛美の想いが伝わったのか、タカコは徐々に登校日数が増えていった。
タカコには、愛美以外の友人がいなかった。だから、登校したらずっと愛美の傍を離れなかった。
一方、愛美には仲が良い子が何人もいた。
タカコは愛美の他の友人に嫉妬するようになり、愛美を独り占めしようとした。
愛美はタカコ以外の友人とも遊びたかった。だんだんと、ずっと腕を組んで歩くタカコのことが、疎ましくなっていった。
《ね、ねえ、愛美ちゃん。今週の土曜日、ヒマ? うちに来ない?》
《あー……。ごめん。その日は他の友だちと遊ぶんだあ》
《じゃ、じゃあ……日曜日は?》
《……ごめん。行けないかも》
《そ、そっか……。分かった……》
タカコの誘いを断った次の日から、タカコは再び不登校になった。
愛美はその時のことを、昨日のことのように覚えている。
「最後まで責任を持てない優しさって、ただのオナニーだよね」
そう呟く愛美に、哲平は何も応えられなかった。
中途半端なことをして、タカコを傷付けてしまった愛美。途中で突き放すくらいなら、初めから関わらなかった方が、タカコにとって幸せだったのではないだろうか、と愛美は考えていた。
「残酷だよね。無責任な優しさって」
タカコも今の愛美と同じ気持ちだったのだろうか。
一方的に依存していたことに気付き、疎ましがられていたことに気付いたあとに訪れたのは、裏切られたような感覚。
そして、あれほど大切だった人に今抱いているのは、未だ捨てられない彼女のへの愛情と同じくらい強い、恨みに似た感情。
「分かってるよ。ミサさんは何も悪くない。懐きすぎて、勘違いして、我儘を言った私が悪いの」
「愛美だって悪くないよ」
「うん。ありがとう、哲平」
分かっているのに、なぜだろうか。
愛美がどれほど傷付いたのか、ミサに思い知らせたい。
(不幸になればいいのに)
いっそミサの家の前で自殺してやろうか、と愛美は冗談半分で考えた。
ミサの一件で、愛美は確信した。
絶対に、哲平に本当の自分を曝け出してはいけない。
彼女の闇と依存性に、プロのセラピストでさえ匙を投げたのだ。もう誰も、愛美を受け入れられる人なんていない。
受け入れてくれるのは、命の宿っていないものだけ。
愛美は小指で耳の穴をなぞった。掻き過ぎて傷付いた外耳道の入り口には、膿でできた瘡蓋がこびりついている。愛美は爪でそれを剥がした。
鈍い痛みに、愛美の顔が微かに歪む。その痛みを味わうかのように、ゆっくりと、じわじわと、剥がしていく。固まった膿が外れたところから新たな膿が滲み、愛美の指先を濡らした。
「はっ……は……」
小指には一センチほどの瘡蓋が載っていた。今までで一番大きくて、愛美は目を輝かせる。
光に当ててじっくりと見ると、ニューヨークチーズケーキの断面のようにざらついている。所々に血の赤があしらわれているそれは、もはや芸術だった。
愛美はそれをセロテープで壁に貼る。ベッド沿いの壁は、すでに数十個の膿が飾られていた。
愛美は自らの体から生まれた膿の塊を、愛おしそうにそっと撫でた。
「ふふ。かわいい。かわいい、私の赤ちゃん。長生きしてね、今度こそ」
「愛美っ。ミサさんが今まで言った言葉、全部が全部、嘘ってことはないと思う。愛美と話すのが楽しかったっていうミサさんの言葉も本当だったと、俺は思う」
愛美は唇を締め、一度だけ鼻を啜った。
「うん。ミサさんはね、優しすぎただけだよ」
愛美も過去に、ミサと似たようなことをしたことがあった。
中学生一年生のクラスメイトで、不登校の女性生徒がいた。その子が珍しく登校した時に、愛美は彼女に声をかけた。
《タカコちゃん。はじめまして、私、愛美》
《う、うん……》
タカコにとって、学校が楽しい場所にしたい。愛美はその一心で、積極的にタカコに話しかけ、行動を共にした。
愛美の想いが伝わったのか、タカコは徐々に登校日数が増えていった。
タカコには、愛美以外の友人がいなかった。だから、登校したらずっと愛美の傍を離れなかった。
一方、愛美には仲が良い子が何人もいた。
タカコは愛美の他の友人に嫉妬するようになり、愛美を独り占めしようとした。
愛美はタカコ以外の友人とも遊びたかった。だんだんと、ずっと腕を組んで歩くタカコのことが、疎ましくなっていった。
《ね、ねえ、愛美ちゃん。今週の土曜日、ヒマ? うちに来ない?》
《あー……。ごめん。その日は他の友だちと遊ぶんだあ》
《じゃ、じゃあ……日曜日は?》
《……ごめん。行けないかも》
《そ、そっか……。分かった……》
タカコの誘いを断った次の日から、タカコは再び不登校になった。
愛美はその時のことを、昨日のことのように覚えている。
「最後まで責任を持てない優しさって、ただのオナニーだよね」
そう呟く愛美に、哲平は何も応えられなかった。
中途半端なことをして、タカコを傷付けてしまった愛美。途中で突き放すくらいなら、初めから関わらなかった方が、タカコにとって幸せだったのではないだろうか、と愛美は考えていた。
「残酷だよね。無責任な優しさって」
タカコも今の愛美と同じ気持ちだったのだろうか。
一方的に依存していたことに気付き、疎ましがられていたことに気付いたあとに訪れたのは、裏切られたような感覚。
そして、あれほど大切だった人に今抱いているのは、未だ捨てられない彼女のへの愛情と同じくらい強い、恨みに似た感情。
「分かってるよ。ミサさんは何も悪くない。懐きすぎて、勘違いして、我儘を言った私が悪いの」
「愛美だって悪くないよ」
「うん。ありがとう、哲平」
分かっているのに、なぜだろうか。
愛美がどれほど傷付いたのか、ミサに思い知らせたい。
(不幸になればいいのに)
いっそミサの家の前で自殺してやろうか、と愛美は冗談半分で考えた。
ミサの一件で、愛美は確信した。
絶対に、哲平に本当の自分を曝け出してはいけない。
彼女の闇と依存性に、プロのセラピストでさえ匙を投げたのだ。もう誰も、愛美を受け入れられる人なんていない。
受け入れてくれるのは、命の宿っていないものだけ。
愛美は小指で耳の穴をなぞった。掻き過ぎて傷付いた外耳道の入り口には、膿でできた瘡蓋がこびりついている。愛美は爪でそれを剥がした。
鈍い痛みに、愛美の顔が微かに歪む。その痛みを味わうかのように、ゆっくりと、じわじわと、剥がしていく。固まった膿が外れたところから新たな膿が滲み、愛美の指先を濡らした。
「はっ……は……」
小指には一センチほどの瘡蓋が載っていた。今までで一番大きくて、愛美は目を輝かせる。
光に当ててじっくりと見ると、ニューヨークチーズケーキの断面のようにざらついている。所々に血の赤があしらわれているそれは、もはや芸術だった。
愛美はそれをセロテープで壁に貼る。ベッド沿いの壁は、すでに数十個の膿が飾られていた。
愛美は自らの体から生まれた膿の塊を、愛おしそうにそっと撫でた。
「ふふ。かわいい。かわいい、私の赤ちゃん。長生きしてね、今度こそ」
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