月神山の不気味な洋館

ひろみ透夏

文字の大きさ
上 下
30 / 30

エピローグ 未来へつづく道

しおりを挟む

「きゃ! やだサトミ、ぬれちゃったじゃない!」

 あたり一面にひびきわたるセミの声よりも、ヒロミの声はかん高い。


「あれ、ケンヂ。頭の上に、なにのせてるんだ?」


 小川のふちに腰をかける、おれの影が、水面みなもにくっきりとうつっている。
 その頭には、カエルの影がのっかっていた。

 背中ごしにタカシの下品なわらい声がひびく。
 あいかわらずでかい声。

 耳をすませば、そのなかにサトミの笑い声も聞こえる。

 夏休みに入ってからというもの、ほとんど毎日、おれたちはひょうたん池公園に遊びにきていた。

 すっかりきれいに整備された公園は、子どもたちには最高の水遊び場に変ぼうしたのだ。


「だからってさ、もう水遊びってとしじゃないだろ」

 小川にひたした裸足はだしを、ぱしゃぱしゃとゆらしながら、ぽつりとひとり、つぶやく。


「あら、いいじゃない。こんなに楽しいの、うまれてはじめて」


 いつのまにかおれのとなりにすわっていたサトミは、にっこりと笑って立ち上がり、走っていった。

 背中ごしにタカシの下品なわらい声がひびく。
 見れば、頭の上のカエルの影は、ふたつにふえていた。



 あの日の朝――。

 サトミは、このひょうたん池公園まで見送ってくれた。

 ふたりで月神山つきがみやま神社に御礼おんれいをしてから石段をくだるとき、木々のあいだから、この街の景色が一望できた。


「この街が変わっていくように、わたしたちも変わっていくのかな……」

 サトミがひとりごとのように、ぽつりとつぶやいた。

「変わらなくっちゃね。いつまでも子どもじゃいられないし、自分があゆんでいく道も、自分で見つけなくちゃ……」


 まっすぐとまえを見つめながら言ったサトミの横顔が、とても大人っぽく見えた。




「ケンヂ! あんたもウチくるんでしょ? オムライス、サトミが上手じょうずな作り方、教えてくれるんだからさ!」

 ヒロミが叫んでいる。
 ふり返れば、みんな公園の出口にむかって歩いていた。


「オムライス? 行く行く!」

 ふんわりとろとろ。
 半熟はんじゅくたまごのオムライス。

「おれ、サトミが作ったやつが食べたい!」

 急いでサンダルをひっかけ、みんなのあとを追った。


「なによケンヂ! わたしが作るのは食べられないっていうの?」

「まぁまぁ。ヒロミのは、おれが食ってやるからさ」

「あんたは自分で作ったのを食べなさいよ。それかエリカかユキナが作ったやつね。
 二人とも、わたしの家で合流するんだからさ」


 ようやくみんなに追いついたとき、タカシがおれにふり返って聞いた。

「そういえばケンヂ。ファイクエ7、クリアしたか? おれはもうクリアしたぜ」

 自慢げに、顔をにやつかせている。


「ああ、ファイナルクエストね……」


 そういえば、あれからゲームなんか、一度もやっていなかった。
 ゲームなんかよりすごい体験をしてしまったからかもしれない。

 もちろん、夢だったのかもしれないけど……。


「エンディングのまえで、やめちゃったんだ。ほら、最後の選択。お姫さまの星へ行くか、この星で一緒に暮らすか……」


「ばか! おまえそれ、まだまだ序盤じょばんだぞ。その選択のあとストーリーが分岐ぶんきして、まだまださきはつづくんだ!」

 タカシがおおげさに肩をすくめて笑った。


 なるほど。どうりでずいぶんと早いエンディングだと思ったんだ。


「でも、そのときの選択が、後々のちのち重要になってくるんだ。どっちの道を選んだほうがいいかというと……」


「まって!」
 得意げに話すタカシの口を、おれは急いでふさいだ。


「その決断けつだんはさ、自分でするから面白いんじゃないの?」


 みんなが、おたがいの顔を見合わせる。

「そんなの、あたりまえじゃない」
 ヒロミがあきれたように言った。

「ま、そうだよな」
 タカシがうなずく。

「そうよね」
 サトミがおれを見て、にっこりと微笑ほほえんだ。



 おれたちは、変わりゆく街へとつづく道を、みんなで歩いていった。





  【完】


しおりを挟む
感想 1

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(1件)

うさぎの子
2023.08.08 うさぎの子

たくさんの細かい伏線がきれいに回収されて気持ちよかった。終わり方も爽やかでいい。砕けすぎていないので児童文学として安心して子どもに薦められる。

ひろみ透夏
2023.08.08 ひろみ透夏

うさぎの子さん、感想をお寄せいただきありがとうございます!
他の作品も真面目なお話をエンタメっぽく楽しく書いていますので宜しければご一読ください。

解除

あなたにおすすめの小説

ママが呼んでいる

杏樹まじゅ
ホラー
鐘が鳴る。夜が来る。──ママが彼らを呼んでいる。 京都の大学に通う九条マコト(くじょうまこと)と恋人の新田ヒナ(あらたひな)は或る日、所属するオカルトサークルの仲間と、島根にあるという小さな寒村、真理弥村(まりやむら)に向かう。隠れキリシタンの末裔が暮らすというその村には百年前まで、教会に人身御供を捧げていたという伝承があるのだった。その時、教会の鐘が大きな音を立てて鳴り響く。そして二人は目撃する。彼らを待ち受ける、村の「夜」の姿を──。

意味が分かると怖い話【短編集】

本田 壱好
ホラー
意味が分かると怖い話。 つまり、意味がわからなければ怖くない。 解釈は読者に委ねられる。 あなたはこの短編集をどのように読みますか?

だんだんおかしくなった姉の話

暗黒神ゼブラ
ホラー
弟が死んだことでおかしくなった姉の話

赤い部屋

ねむたん
ホラー
築五十年以上。これまで何度も買い手がつきかけたが、すべて契約前に白紙になったという。 「……怪現象のせい、か」 契約破棄の理由には、決まって 「不審な現象」 という曖昧な言葉が並んでいた。 地元の人間に聞いても、皆一様に口をつぐむ。 「まぁ、実際に行って確かめてみりゃいいさ」 「そうだな……」

終の匣

ホラー
 父の転勤で宮下家はある田舎へ引っ越すことになった。見知らぬ土地で不安に思う中、町民は皆家族を快く出迎えた。常に心配してくれ、時には家を訪ねてくれる。通常より安く手に入った一軒家、いつも笑顔で対応してくれる町民たち、父の正志は幸運なくじを引き当てたと思った。  しかし、家では奇妙なことが起こり始める。後々考えてみれば、それは引っ越し初日から始まっていた。  親切なのに、絶対家の中には入ってこない町民たち。その間で定期的に回されている謎の巾着袋。何が原因なのか、それは思いもよらない場所から見つかった。

終焉の教室

シロタカズキ
ホラー
30人の高校生が突如として閉じ込められた教室。 そこに響く無機質なアナウンス――「生き残りをかけたデスゲームを開始します」。 提示された“課題”をクリアしなければ、容赦なく“退場”となる。 最初の課題は「クラスメイトの中から裏切り者を見つけ出せ」。 しかし、誰もが疑心暗鬼に陥る中、タイムリミットが突如として加速。 そして、一人目の犠牲者が決まった――。 果たして、このデスゲームの真の目的は? 誰が裏切り者で、誰が生き残るのか? 友情と疑念、策略と裏切りが交錯する極限の心理戦が今、幕を開ける。

精神病の母親

グランマレベル99
ホラー
見ればわかる

都市伝説レポート

君山洋太朗
ホラー
零細出版社「怪奇文庫」が発行するオカルト専門誌『現代怪異録』のコーナー「都市伝説レポート」。弊社の野々宮記者が全国各地の都市伝説をご紹介します。本コーナーに掲載される内容は、すべて事実に基づいた取材によるものです。しかしながら、その解釈や真偽の判断は、最終的に読者の皆様にゆだねられています。真実は時に、私たちの想像を超えるところにあるのかもしれません。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。