月神山の不気味な洋館

ひろみ透夏

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第10話 羽化(4)

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「さようなら……」


 さびしそうな笑顔でそう言うと、吸いよせられるように母親の腕のなかへ歩いていった。

 しっかりと抱きしめられるサトミ。
 上空から、ひとすじの光がさした。

 サトミと両親の三人は、光に包まれながら、ゆっくりと空に浮かび上がっていった。


「まって、サトミ!」


 背を向けたままのぼっていくサトミに向かって、自分でも気がつかないうちに、おれは大声で叫んでいた。

「守るって約束したろ! 朝がくるまで、かならず守るって! まだ太陽は見えていない! まだ朝は、きていないんだ!」


 サトミがふり返った。

「一緒に友だちを作ろうって約束したじゃないか! これから、いっぱい、いっぱい、友だちをふやしていこうって……!」


 そのとき、おれの目のまえに、もうひとすじの光がさした。
 同時に、サトミの父親の声があたりにこだまする。


「それほどサトミを想うのなら、きみがきてもいいのだよ」


「おれが、行く……?」


「かつて、わたしもそうしたのだ。故郷こきょうをすて、家族をもすてて……。
 二度とここへはもどれないが、その覚悟があるのなら、さあおいで」


 サトミを見上げた。
 サトミは悲なしそうに顔をゆがめながら、おれを見つめていた。

 透明な円盤えんばんのなかへ溶けるように消える、サトミと両親を見つめながら、おれの頭はひどく混乱していた。

 どうすればいいかなんて、わからない。
 でもおれは、光のなかへ、ゆっくりと進んでいた。



 光に包まれる。
 ふわりと体が軽くなって、吸い上げられるように、おれは空に浮かんでいた。

 気がつけば足もとに見える裏庭も、竹林たけばやしも、サトミの家も、ずいぶん小さくなっている。

 ひょうたん池も、一本道も、踏切も、商店街も――。

 もう、もどれないと思うと、とたんにこの街がいとおしく感じた。



 朝日が空をかける。
 街が金色にめられていく。

 あまりにもまぶしくて、涙が落ちた。
 おれはゆっくりと、目を閉じた。

 両親の笑顔が、まぶたのうらに浮かんでくる。

 いつも一緒にいるのが当たりまえだと思っていたのに、もう会えないと思うと、胸に大きな穴があいたようだった。

 きのうの朝、もっと笑顔で見送ればよかった。

 家族一緒に、もっと同じ時間をすごせばよかった。



「父さん、母さん……。いきなりいなくなっちゃって、ごめんなさい……」




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