月神山の不気味な洋館

ひろみ透夏

文字の大きさ
上 下
26 / 30

第10話 羽化(2)

しおりを挟む
「タカシの話は本当だったんだ! あれは本物じゃない。こんな時間にもどってくるなんて、やっぱり普通じゃないよ。残念だけど、きみの両親は旅行先で……」

 すでに満月は姿を消し、東の空は、もうすっかり白んでいた。
 ごうごうと風がさわぎ、竹林たけばやしが体をうねらせる。

 まるでおれたちが逃げるのを、こばむように吹き荒れるその風は、つむじ風のように回転しながら、おれたちを裏庭の中央にみちびいていく。

 と、そのとき、風の音にまぎれて、男の低い声があたりにこだました。


「サトミ、約束のときは来た。さあ、おいで……」


 するとサトミが、とつぜん空を見上げて叫んだ。

「やっぱりわたし、行きたくなんかない! おじいさまとすごしたこの家や、ケンヂくんのいるこの街で、まだまだ暮らしていたいの! わたしまだ、成人していないもの!」

 わけがわからぬまま、おれも空を見上げる。

 あわく色づき始めたあかつきの空に、ぼんやりと輝く金色の曲線が走った。


「あれは……。あすなろの木の上で見た……」


 ゆるやかなカーブをえがく曲線は、やがて頭上に大きな円をむすぶ。

 おれは、自分の目をうたがった。

 よく見るとそれは、裏庭の空をすっぽりおおうほどに巨大で透明な円盤えんばん輪郭りんかく――。

 昇りつつあるの光に照らされて、透明な円盤えんばんが、その姿をあらわしたのだ。


「おじいさまが亡くなったいま、おまえひとりをここに残すわけにはいかない」

 男の低い声は、その円盤えんばんから聞こえてきた。

「もう、山のふもとにまで人里ひとざとが近づいている。中継地サテライトである月の宮殿きゅうでんにさえ、人の手がおよびはじめている……。
 わたしたちはもう、遠く離れた故郷こきょうの星に旅立たなくてはならないのだよ」


「いやよ! わたし、この家で産まれ育ったの! わたしの故郷ふるさとは、この街なんだもの!」


「無理だよサトミ。どうしておじいさまは里にりようともせず、きみをこの山のなかの館に隠すようにしてまで、人目ひとめをさけて暮らしてきたのだと思う?
 きみはこの星の人々とは違うのだ。おじいさまに無理を言って通った学校でもわかったはずだ。一緒には暮らせやしない。さあ、おいで。時間がない……」


 風がやんできた。

 明けがたのんだ空気に、さらささと竹たけばやしがさざめいている。

 いつのまにか、おれたちの目のまえに、サトミの両親が立っていた。
 ふたりとも、まぶしい光に包まれている。


「違うけど……」


 サトミはぽつりとつぶやくと、おれとつないでいた手を、ぎゅっと強くにぎりしめて叫んだ。

「違うから友だちになるんだって、ケンヂくんは教えてくれたもの! 違うから好きになるんだって! いいところを分けあうんだって! これから、もっともっと、友だちをふやしていこうって!」


 すると、サトミの母親が一歩まえにすすみでた。

 きとおるようにうすい、きれいなストールをまとって、やさしく微笑ほほえんでいる。


「サトミ、よいお友だちができたのね」


しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

意味が分かると怖い話【短編集】

本田 壱好
ホラー
意味が分かると怖い話。 つまり、意味がわからなければ怖くない。 解釈は読者に委ねられる。 あなたはこの短編集をどのように読みますか?

ママが呼んでいる

杏樹まじゅ
ホラー
鐘が鳴る。夜が来る。──ママが彼らを呼んでいる。 京都の大学に通う九条マコト(くじょうまこと)と恋人の新田ヒナ(あらたひな)は或る日、所属するオカルトサークルの仲間と、島根にあるという小さな寒村、真理弥村(まりやむら)に向かう。隠れキリシタンの末裔が暮らすというその村には百年前まで、教会に人身御供を捧げていたという伝承があるのだった。その時、教会の鐘が大きな音を立てて鳴り響く。そして二人は目撃する。彼らを待ち受ける、村の「夜」の姿を──。

ホラー掲示板の体験談

神埼魔剤
ホラー
とあるサイトに投稿された体験談。 様々な人のホラーな体験談を読んでいきましょう!

だんだんおかしくなった姉の話

暗黒神ゼブラ
ホラー
弟が死んだことでおかしくなった姉の話

都市伝説レポート

君山洋太朗
ホラー
零細出版社「怪奇文庫」が発行するオカルト専門誌『現代怪異録』のコーナー「都市伝説レポート」。弊社の野々宮記者が全国各地の都市伝説をご紹介します。本コーナーに掲載される内容は、すべて事実に基づいた取材によるものです。しかしながら、その解釈や真偽の判断は、最終的に読者の皆様にゆだねられています。真実は時に、私たちの想像を超えるところにあるのかもしれません。

終の匣

ホラー
 父の転勤で宮下家はある田舎へ引っ越すことになった。見知らぬ土地で不安に思う中、町民は皆家族を快く出迎えた。常に心配してくれ、時には家を訪ねてくれる。通常より安く手に入った一軒家、いつも笑顔で対応してくれる町民たち、父の正志は幸運なくじを引き当てたと思った。  しかし、家では奇妙なことが起こり始める。後々考えてみれば、それは引っ越し初日から始まっていた。  親切なのに、絶対家の中には入ってこない町民たち。その間で定期的に回されている謎の巾着袋。何が原因なのか、それは思いもよらない場所から見つかった。

終焉列島:ゾンビに沈む国

ねむたん
ホラー
2025年。ネット上で「死体が動いた」という噂が広まり始めた。 最初はフェイクニュースだと思われていたが、世界各地で「死亡したはずの人間が動き出し、人を襲う」事例が報告され、SNSには異常な映像が拡散されていく。 会社帰り、三浦拓真は同僚の藤木とラーメン屋でその話題になる。冗談めかしていた二人だったが、テレビのニュースで「都内の病院で死亡した患者が看護師を襲った」と報じられ、店内の空気が一変する。

借金した女(SМ小説です)

浅野浩二
現代文学
ヤミ金融に借金した女のSМ小説です。

処理中です...