月神山の不気味な洋館

ひろみ透夏

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第10話 羽化(2)

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「タカシの話は本当だったんだ! あれは本物じゃない。こんな時間にもどってくるなんて、やっぱり普通じゃないよ。残念だけど、きみの両親は旅行先で……」

 すでに満月は姿を消し、東の空は、もうすっかり白んでいた。
 ごうごうと風がさわぎ、竹林たけばやしが体をうねらせる。

 まるでおれたちが逃げるのを、こばむように吹き荒れるその風は、つむじ風のように回転しながら、おれたちを裏庭の中央にみちびいていく。

 と、そのとき、風の音にまぎれて、男の低い声があたりにこだました。


「サトミ、約束のときは来た。さあ、おいで……」


 するとサトミが、とつぜん空を見上げて叫んだ。

「やっぱりわたし、行きたくなんかない! おじいさまとすごしたこの家や、ケンヂくんのいるこの街で、まだまだ暮らしていたいの! わたしまだ、成人していないもの!」

 わけがわからぬまま、おれも空を見上げる。

 あわく色づき始めたあかつきの空に、ぼんやりと輝く金色の曲線が走った。


「あれは……。あすなろの木の上で見た……」


 ゆるやかなカーブをえがく曲線は、やがて頭上に大きな円をむすぶ。

 おれは、自分の目をうたがった。

 よく見るとそれは、裏庭の空をすっぽりおおうほどに巨大で透明な円盤えんばん輪郭りんかく――。

 昇りつつあるの光に照らされて、透明な円盤えんばんが、その姿をあらわしたのだ。


「おじいさまが亡くなったいま、おまえひとりをここに残すわけにはいかない」

 男の低い声は、その円盤えんばんから聞こえてきた。

「もう、山のふもとにまで人里ひとざとが近づいている。中継地サテライトである月の宮殿きゅうでんにさえ、人の手がおよびはじめている……。
 わたしたちはもう、遠く離れた故郷こきょうの星に旅立たなくてはならないのだよ」


「いやよ! わたし、この家で産まれ育ったの! わたしの故郷ふるさとは、この街なんだもの!」


「無理だよサトミ。どうしておじいさまは里にりようともせず、きみをこの山のなかの館に隠すようにしてまで、人目ひとめをさけて暮らしてきたのだと思う?
 きみはこの星の人々とは違うのだ。おじいさまに無理を言って通った学校でもわかったはずだ。一緒には暮らせやしない。さあ、おいで。時間がない……」


 風がやんできた。

 明けがたのんだ空気に、さらささと竹たけばやしがさざめいている。

 いつのまにか、おれたちの目のまえに、サトミの両親が立っていた。
 ふたりとも、まぶしい光に包まれている。


「違うけど……」


 サトミはぽつりとつぶやくと、おれとつないでいた手を、ぎゅっと強くにぎりしめて叫んだ。

「違うから友だちになるんだって、ケンヂくんは教えてくれたもの! 違うから好きになるんだって! いいところを分けあうんだって! これから、もっともっと、友だちをふやしていこうって!」


 すると、サトミの母親が一歩まえにすすみでた。

 きとおるようにうすい、きれいなストールをまとって、やさしく微笑ほほえんでいる。


「サトミ、よいお友だちができたのね」


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