月神山の不気味な洋館

ひろみ透夏

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第10話 羽化(1)

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「やあね。サトミったら、こんな夜中にどこへ行っていたの?」

 秘密の通路からリビングに入ったおれたちを迎えたのは、かろやかな明るい声だった。

 ふたりの男女が、目の前に立っている。

「寝室にもいないんですもの。あなた、こんな時間に、いったい何をしているの?」

 髪の長い、とてもきれいな女の人が言った。
 となりに立つ背の高い男の人も、にこやかに微笑ほほえんでいる。

 ふたりとも、どこかで見たような気がするのだが、どうしても思い出せない。


「あの……どなたですか?」


 おれの問いに、ふたりは顔を見合わせて笑うと、男の人がこたえた。

「サトミの両親です。きみはサトミのお友だちだね?」

 おれは呆気あっけにとられて、きょとんとしてしまった。
 がくりとひざから力が抜けて、へなへなとその場にくずれ落ちる。

 ついさっきまで幽霊に追いかけまわされていた緊張から、いっきにはなたれたのだから無理もない。

 よく見れば男の人は、肖像画しょうぞうがえがかれている、その人だ。

 絵とちがって、とてもやさしそうに微笑ほほえんでいるので、まったく気がつかなかったのだ。


「よかったあ……。サトミ、もう大丈夫だね」


 ふり返ると、しかしサトミは、かたい表情で両親を見つめていた。

「ありがとう、ケンヂくん。ひとりで留守番るすばんしているサトミを守っていてくれたんだね。
 わたしたちもサトミが心配で、旅行を早めに切り上げて帰ってきたんだよ。もう大丈夫だから、きみは家まで送ってあげよう」

 へたりこんでいるおれに、サトミの父親が手をさしだす。

 その手をつかもうとしたとき、おれは、なんとなく違和感いわかんがして、手を引っこめた。


 どこかで聞いた、低い声――。


 ふり返ると、サトミはまだ、かたい表情で両親を見つめていた。

 あんなに怖がっていたのに。両親に会えたのに。なんで……?


「あの……」
 おれは立ち上がってたずねた。

「なんでおれの名前を知っているんですか? ケンヂって」


 サトミの父親は一瞬表情をくもらせたが、すぐににっこりと微笑ほほえみながらこたえた。

「サトミからいつも聞いてるよ。ケンヂくんは、いつもサトミと仲良くしてくれているのだろう?」

 おれは一歩ずつゆっくりと後ずさり、サトミの手をつかんだ。


「おれたち、ついさっき友だちになったばかりです!」


 言い放ったと同時に、サトミの手を引っぱり、ふたりのあいだをすり抜けた。
 キッチンの調理場にかけこみ、奥にある勝手口かってぐちのドアをあけて裏庭にとび出す。


「タカシの話は本当だったんだ! あれは本物じゃない。こんな時間にもどってくるなんて、やっぱり普通じゃないよ。残念だけど、きみの両親は旅行先で……」


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