月神山の不気味な洋館

ひろみ透夏

文字の大きさ
上 下
10 / 30

第4話 不気味な洋館(2)

しおりを挟む
「もうすぐ、ごはんできるよー」

 はずんだ声でサトミが言う。
 なんでそうも簡単に、そういうことが言えるのだろう。

 そりゃあ、ごはんができたのだから、そう言うのはあたりまえだけど、母さんに言われるのとはわけがちがう。

 おれはすぐにゲームを中断させて、立ちあがった。

「手を洗ってくるよ。洗面所、どこ?」

「あ、まって。いま案内するから」

 サトミが料理の手をとめて言った。

「大丈夫。洗面所ぐらい、ひとりで行けるから」

「そうだけど……。この部屋を出て、階段をはさんだむかい側の一番奥のドアよ。すぐにもどってきてね」

「わかってるって」

 いまにもついてきそうなサトミをおいて、おれは逃げるように部屋をあとにした。
 ひとりになるのが怖いのだろうけど、こんな調子じゃ、トイレのたびに、ついてこられそうだ。



 玄関ホールは、あいかわらず、しんと静まり返っていた。

 二階の天井からつりさげられたシャンデリアの弱々しいあかりのなか、時計の針の音だけが、かちりかちりとひびいている。

 見ると玄関のドアのすぐ上に、文字盤もじばんのさびついた、古びた時計がかけられていた。

 七時四十五分。
 まだまだ夜はこれからだ。

 リビングの見慣みなれた日常から、たったひとつ、ドアをくぐっただけで、不気味な雰囲気ふんいきただよう空間にかわる。

 こころなしか、肌寒はださむささえ感じてきた。

「やっぱり、ついてきてもらっても、よかったかなぁ……」

 ひとりつぶやきながら、ぱたりぱたりとスリッパを鳴らしながら、玄関ホールをよこぎって歩いていると、階段の上から誰かに見られている気がした。

 見上げれば、階段つきあたりの踊り場にかざられた、肖像画しょうぞうがが目に入る。

 ここからでは首から上がよく見えなかったが、どうやら男の人の肖像画しょうぞうがらしい。
 階段に一歩足をかけて、のぞきこもうとしたとき、サトミの言葉を思い出した。

「早く手を洗って、もどらないと……」 

 おれはきびすを返して、洗面所へ向かった。
 正直を言えば、このうす暗いあかりのなかで、だれのものかもわからない肖像画しょうぞうがを見るのが、すこし怖かったのかもしれない。

「むかい側にならぶドアの、一番奥のドアね」

 静まりかえった玄関ホールのなか、わざと声を出して歩く。

「ここかな……」

 一番奥の、細長いドア。
 つめで黒板をひっかいたような耳ざわりな音をたてる、そのドアをあけた。

 まっ暗な部屋のなかに手をのばし、あかりのスイッチをさがす。

 あった。これだ……。


 声をあげなくて、本当によかった。

 目のまえに大きな鏡のついた洗面台があり、そこにうつった自分の姿に、おれは心臓をにぎりつぶされたかと思うくらい、おどろいたのだ。
 ドアをあけ放したまま、なかへ入る。

「そんななさけない顔するなよ、おれ……」

 鏡のなかの自分に話しかけながら手を洗おうとしたとき、洗面台のとなりに、トイレがあるのを見つけた。
 緊張きんちょうのせいか急にもよおしてきて、おれはトイレにかけこんだ。

 ようをたしながら見渡す。
 この洗面所だけで、おれの部屋よりも断然だんぜん広い。

「こんなに広いと、落ちついてようもたせやしないよ……」

 そんなこと言いつつも、しっかりようをたしてトイレを出ると、洗面台で手を洗った。

「しっかし、ごはんよ~なんてさ。新婚さんみたいで、言っててずかしくないのかな。おれ、どんな顔してごはん食べればいいんだろ。とにかく、にやけないようにしないと……」

 顔を上げて、鏡で自分の表情を確認した、そのとき――。

「…………!」

 今度こそおれの心臓は、ぎゅっと強くにぎりつぶされた。
 だって鏡に、髪の長い女の人がうつっていたのだ。

「うわあああっ!」
「ごめんなさい! おどろいた?」

 ふり返ると、あけ放したドアのむこうに、エプロンをつけたサトミが立っていた。

「だって、あんまりおそいから、怖くなってきちゃったの」

 おれはしばし呆然ぼうぜんとサトミを見つめていたが、はっとわれに返って、悲鳴を上げたことを思い出し、あわてて言いわけをした。

「ううん、ぜんぜん! おどろいたけど、おどろいただけだから! ぜんぜん、怖くなんかないから!」

「わかってる。怖いのはわたしなの。お願いだから、ひとりにさせないで」

 おれは無言でうなずくと、サトミのあとについて、リビングへ向かった。

 サトミのうしろ姿を見ながら考える。
 鏡にうつっていたのは、サトミだったのだろうか――。

 いや、エプロンなどつけてなかったし、もっと背の高い、おとなの女の人だった。


 おれのすぐうしろに立って、おれのことを、じっと見つめていたのだ。



しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

ママが呼んでいる

杏樹まじゅ
ホラー
鐘が鳴る。夜が来る。──ママが彼らを呼んでいる。 京都の大学に通う九条マコト(くじょうまこと)と恋人の新田ヒナ(あらたひな)は或る日、所属するオカルトサークルの仲間と、島根にあるという小さな寒村、真理弥村(まりやむら)に向かう。隠れキリシタンの末裔が暮らすというその村には百年前まで、教会に人身御供を捧げていたという伝承があるのだった。その時、教会の鐘が大きな音を立てて鳴り響く。そして二人は目撃する。彼らを待ち受ける、村の「夜」の姿を──。

叔父様ノ覚エ書

国府知里
ホラー
 音信不通になっていた叔父が残したノートを見つけた姪。書かれていたのは、摩訶不思議な四つの奇譚。咲くはずのない桜、人食い鬼の襲撃、幽霊との交流、三途の川……。読むにつれ、叔父の死への疑いが高まり、少女は身一つで駆けだした。愛する人を取り戻すために……。 「行方不明の叔父様が殺されました。お可哀想な叔父様、待っていてね。私がきっと救ってあげる……!」 ~大正奇奇怪怪幻想ホラー&少女の純愛サクリファイス~ 推奨画面設定(スマホご利用の場合) 背景色は『黒』、文字フォントは『明朝』

意味が分かると怖い話【短編集】

本田 壱好
ホラー
意味が分かると怖い話。 つまり、意味がわからなければ怖くない。 解釈は読者に委ねられる。 あなたはこの短編集をどのように読みますか?

だんだんおかしくなった姉の話

暗黒神ゼブラ
ホラー
弟が死んだことでおかしくなった姉の話

ホラー掲示板の体験談

神埼魔剤
ホラー
とあるサイトに投稿された体験談。 様々な人のホラーな体験談を読んでいきましょう!

終の匣

ホラー
 父の転勤で宮下家はある田舎へ引っ越すことになった。見知らぬ土地で不安に思う中、町民は皆家族を快く出迎えた。常に心配してくれ、時には家を訪ねてくれる。通常より安く手に入った一軒家、いつも笑顔で対応してくれる町民たち、父の正志は幸運なくじを引き当てたと思った。  しかし、家では奇妙なことが起こり始める。後々考えてみれば、それは引っ越し初日から始まっていた。  親切なのに、絶対家の中には入ってこない町民たち。その間で定期的に回されている謎の巾着袋。何が原因なのか、それは思いもよらない場所から見つかった。

都市伝説レポート

君山洋太朗
ホラー
零細出版社「怪奇文庫」が発行するオカルト専門誌『現代怪異録』のコーナー「都市伝説レポート」。弊社の野々宮記者が全国各地の都市伝説をご紹介します。本コーナーに掲載される内容は、すべて事実に基づいた取材によるものです。しかしながら、その解釈や真偽の判断は、最終的に読者の皆様にゆだねられています。真実は時に、私たちの想像を超えるところにあるのかもしれません。

終焉列島:ゾンビに沈む国

ねむたん
ホラー
2025年。ネット上で「死体が動いた」という噂が広まり始めた。 最初はフェイクニュースだと思われていたが、世界各地で「死亡したはずの人間が動き出し、人を襲う」事例が報告され、SNSには異常な映像が拡散されていく。 会社帰り、三浦拓真は同僚の藤木とラーメン屋でその話題になる。冗談めかしていた二人だったが、テレビのニュースで「都内の病院で死亡した患者が看護師を襲った」と報じられ、店内の空気が一変する。

処理中です...