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第4話 不気味な洋館(2)
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「もうすぐ、ごはんできるよー」
はずんだ声でサトミが言う。
なんでそうも簡単に、そういうことが言えるのだろう。
そりゃあ、ごはんができたのだから、そう言うのはあたりまえだけど、母さんに言われるのとはわけがちがう。
おれはすぐにゲームを中断させて、立ちあがった。
「手を洗ってくるよ。洗面所、どこ?」
「あ、まって。いま案内するから」
サトミが料理の手をとめて言った。
「大丈夫。洗面所ぐらい、ひとりで行けるから」
「そうだけど……。この部屋を出て、階段をはさんだむかい側の一番奥のドアよ。すぐにもどってきてね」
「わかってるって」
いまにもついてきそうなサトミをおいて、おれは逃げるように部屋をあとにした。
ひとりになるのが怖いのだろうけど、こんな調子じゃ、トイレのたびに、ついてこられそうだ。
玄関ホールは、あいかわらず、しんと静まり返っていた。
二階の天井からつりさげられたシャンデリアの弱々しい灯りのなか、時計の針の音だけが、かちりかちりと響いている。
見ると玄関のドアのすぐ上に、文字盤のさびついた、古びた時計がかけられていた。
七時四十五分。
まだまだ夜はこれからだ。
リビングの見慣れた日常から、たったひとつ、ドアをくぐっただけで、不気味な雰囲気が漂う空間にかわる。
こころなしか、肌寒ささえ感じてきた。
「やっぱり、ついてきてもらっても、よかったかなぁ……」
ひとりつぶやきながら、ぱたりぱたりとスリッパを鳴らしながら、玄関ホールをよこぎって歩いていると、階段の上から誰かに見られている気がした。
見上げれば、階段つきあたりの踊り場に飾られた、肖像画が目に入る。
ここからでは首から上がよく見えなかったが、どうやら男の人の肖像画らしい。
階段に一歩足をかけて、のぞきこもうとしたとき、サトミの言葉を思い出した。
「早く手を洗って、もどらないと……」
おれは踵を返して、洗面所へ向かった。
正直を言えば、このうす暗い灯りのなかで、だれのものかもわからない肖像画を見るのが、すこし怖かったのかもしれない。
「むかい側にならぶドアの、一番奥のドアね」
静まりかえった玄関ホールのなか、わざと声を出して歩く。
「ここかな……」
一番奥の、細長いドア。
つめで黒板をひっかいたような耳ざわりな音をたてる、そのドアをあけた。
まっ暗な部屋のなかに手をのばし、灯りのスイッチをさがす。
あった。これだ……。
声をあげなくて、本当によかった。
目のまえに大きな鏡のついた洗面台があり、そこにうつった自分の姿に、おれは心臓をにぎりつぶされたかと思うくらい、おどろいたのだ。
ドアをあけ放したまま、なかへ入る。
「そんな情けない顔するなよ、おれ……」
鏡のなかの自分に話しかけながら手を洗おうとしたとき、洗面台のとなりに、トイレがあるのを見つけた。
緊張のせいか急にもよおしてきて、おれはトイレにかけこんだ。
用をたしながら見渡す。
この洗面所だけで、おれの部屋よりも断然広い。
「こんなに広いと、落ちついて用もたせやしないよ……」
そんなこと言いつつも、しっかり用をたしてトイレを出ると、洗面台で手を洗った。
「しっかし、ごはんよ~なんてさ。新婚さんみたいで、言ってて恥ずかしくないのかな。おれ、どんな顔してごはん食べればいいんだろ。とにかく、にやけないようにしないと……」
顔を上げて、鏡で自分の表情を確認した、そのとき――。
「…………!」
今度こそおれの心臓は、ぎゅっと強くにぎりつぶされた。
だって鏡に、髪の長い女の人がうつっていたのだ。
「うわあああっ!」
「ごめんなさい! おどろいた?」
ふり返ると、あけ放したドアのむこうに、エプロンをつけたサトミが立っていた。
「だって、あんまりおそいから、怖くなってきちゃったの」
おれはしばし呆然とサトミを見つめていたが、はっと我に返って、悲鳴を上げたことを思い出し、あわてて言いわけをした。
「ううん、ぜんぜん! おどろいたけど、おどろいただけだから! ぜんぜん、怖くなんかないから!」
「わかってる。怖いのはわたしなの。お願いだから、ひとりにさせないで」
おれは無言でうなずくと、サトミのあとについて、リビングへ向かった。
サトミのうしろ姿を見ながら考える。
鏡にうつっていたのは、サトミだったのだろうか――。
いや、エプロンなどつけてなかったし、もっと背の高い、おとなの女の人だった。
おれのすぐうしろに立って、おれのことを、じっと見つめていたのだ。
はずんだ声でサトミが言う。
なんでそうも簡単に、そういうことが言えるのだろう。
そりゃあ、ごはんができたのだから、そう言うのはあたりまえだけど、母さんに言われるのとはわけがちがう。
おれはすぐにゲームを中断させて、立ちあがった。
「手を洗ってくるよ。洗面所、どこ?」
「あ、まって。いま案内するから」
サトミが料理の手をとめて言った。
「大丈夫。洗面所ぐらい、ひとりで行けるから」
「そうだけど……。この部屋を出て、階段をはさんだむかい側の一番奥のドアよ。すぐにもどってきてね」
「わかってるって」
いまにもついてきそうなサトミをおいて、おれは逃げるように部屋をあとにした。
ひとりになるのが怖いのだろうけど、こんな調子じゃ、トイレのたびに、ついてこられそうだ。
玄関ホールは、あいかわらず、しんと静まり返っていた。
二階の天井からつりさげられたシャンデリアの弱々しい灯りのなか、時計の針の音だけが、かちりかちりと響いている。
見ると玄関のドアのすぐ上に、文字盤のさびついた、古びた時計がかけられていた。
七時四十五分。
まだまだ夜はこれからだ。
リビングの見慣れた日常から、たったひとつ、ドアをくぐっただけで、不気味な雰囲気が漂う空間にかわる。
こころなしか、肌寒ささえ感じてきた。
「やっぱり、ついてきてもらっても、よかったかなぁ……」
ひとりつぶやきながら、ぱたりぱたりとスリッパを鳴らしながら、玄関ホールをよこぎって歩いていると、階段の上から誰かに見られている気がした。
見上げれば、階段つきあたりの踊り場に飾られた、肖像画が目に入る。
ここからでは首から上がよく見えなかったが、どうやら男の人の肖像画らしい。
階段に一歩足をかけて、のぞきこもうとしたとき、サトミの言葉を思い出した。
「早く手を洗って、もどらないと……」
おれは踵を返して、洗面所へ向かった。
正直を言えば、このうす暗い灯りのなかで、だれのものかもわからない肖像画を見るのが、すこし怖かったのかもしれない。
「むかい側にならぶドアの、一番奥のドアね」
静まりかえった玄関ホールのなか、わざと声を出して歩く。
「ここかな……」
一番奥の、細長いドア。
つめで黒板をひっかいたような耳ざわりな音をたてる、そのドアをあけた。
まっ暗な部屋のなかに手をのばし、灯りのスイッチをさがす。
あった。これだ……。
声をあげなくて、本当によかった。
目のまえに大きな鏡のついた洗面台があり、そこにうつった自分の姿に、おれは心臓をにぎりつぶされたかと思うくらい、おどろいたのだ。
ドアをあけ放したまま、なかへ入る。
「そんな情けない顔するなよ、おれ……」
鏡のなかの自分に話しかけながら手を洗おうとしたとき、洗面台のとなりに、トイレがあるのを見つけた。
緊張のせいか急にもよおしてきて、おれはトイレにかけこんだ。
用をたしながら見渡す。
この洗面所だけで、おれの部屋よりも断然広い。
「こんなに広いと、落ちついて用もたせやしないよ……」
そんなこと言いつつも、しっかり用をたしてトイレを出ると、洗面台で手を洗った。
「しっかし、ごはんよ~なんてさ。新婚さんみたいで、言ってて恥ずかしくないのかな。おれ、どんな顔してごはん食べればいいんだろ。とにかく、にやけないようにしないと……」
顔を上げて、鏡で自分の表情を確認した、そのとき――。
「…………!」
今度こそおれの心臓は、ぎゅっと強くにぎりつぶされた。
だって鏡に、髪の長い女の人がうつっていたのだ。
「うわあああっ!」
「ごめんなさい! おどろいた?」
ふり返ると、あけ放したドアのむこうに、エプロンをつけたサトミが立っていた。
「だって、あんまりおそいから、怖くなってきちゃったの」
おれはしばし呆然とサトミを見つめていたが、はっと我に返って、悲鳴を上げたことを思い出し、あわてて言いわけをした。
「ううん、ぜんぜん! おどろいたけど、おどろいただけだから! ぜんぜん、怖くなんかないから!」
「わかってる。怖いのはわたしなの。お願いだから、ひとりにさせないで」
おれは無言でうなずくと、サトミのあとについて、リビングへ向かった。
サトミのうしろ姿を見ながら考える。
鏡にうつっていたのは、サトミだったのだろうか――。
いや、エプロンなどつけてなかったし、もっと背の高い、おとなの女の人だった。
おれのすぐうしろに立って、おれのことを、じっと見つめていたのだ。
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