月神山の不気味な洋館

ひろみ透夏

文字の大きさ
上 下
6 / 30

第2話 初めてのデート(2)

しおりを挟む
「今夜、とまりにこない? わたしの家」

「…………!」

 おれはベンチの上でのけぞった。本当にのけぞったのだ。
 人間というのは、本当におどろくと、本当にのけぞるものなのだ。

「あのね、わたしも今夜、両親が出かけていて、ひとりでお留守番るすばんなの。だから……」

「だからなんだよ! なおさら行けるわけないだろ! なに考えてんのさ」

 しかしサトミは、なおもたたみかけてきた。

「わたし怖がりだから、ひとりでお留守番るすばんなんて絶対無理なの! それなのに、お父さまもお母さまも、ぜんぜん聞いてくれなくて……」

「知らないよ、そんなこと! せめて女子に頼みなよ!」

「だめなの。わたし、友だちと呼べるような子、ひとりもいないし……。親しくもない友だちの家にいきなりおとまりさせるなんて、だれの親だって許さないでしょ? だったら、両親が出かけてる、ケンヂくんにって……」

「だからって、おれは無理だよ」
「どうしても……?」
「あたりまえだろ!」

 てるように、おれは言った。

「そんな……」

 がっくりと、サトミが肩を落とす。
 ふたりのあいだに沈黙ちんもくがおとずれた。

 かわいそうだけど、いくらなんだって、これだけはどうしようもない。
 親が留守るすのあいだに、女の子の家にとまりに行ったなんてことが知れたら、クラスメイトのうわさなんかで済むわけがない。親に大目玉をくらって、先生に呼び出されて、もしかしたらインターネットのニュースになって、謝罪会見するはめになるかもしれない。

 そしたらおれ、逮捕されるんじゃないの……?

 考えれば、考えるほどに、どんどんと不安になっていく。
 気が動転どうてんしてると、正常な判断ができなくなるものだ。


「なんだっけ、あれ……。男子たちがいつも話しているゲーム」

 うつむいていたサトミが、ふいに顔を上げてぽつりと言った。

「……ファイナルクエスト7?」
「そう、それ。うちにあるよ」

「うそ! だってあれ、きょうが発売日だよ」

「そうなの? でもあるよ、うちに。
 一緒にやらない? 朝までずっとゲームしてればいいじゃない」


 ファイナルクエスト7――。

 日本国民ならだれもが知っている、伝説的なロールプレイングゲームの最新作。

 流行はやりのオンラインゲームから、心に残る感動的なストーリーをひとり進めていく、昔ながらのゲームスタイルに原点回帰げんてんかいきしたことで、発売前から行列ができるほどの爆発的な再ブームとなっていた。

 そのぶんソフトの価格は非常に高く、おれの経済状態からすれば、おぼんに田舎いなかへ帰って、じいちゃんとばあちゃんに援助をしていただかないと、とうてい手に入らない代物しろものだった。


「ファイナルクエストかぁ……」

 心が、かなりゆらぐ。

「ううん、でもなぁ……」

 ちらりと見ると、サトミはひざの上においた手をぎゅっとむすんで、じっとおれを見つめていた。

 じりじりという音が、聞こえてきそうな視線だ。

 つづく沈黙ちんもく

 セミの鳴き声だけが、やかましくあたりにひびいている。



「男なら、責任とってよね!」

 とつぜんサトミは、風船が破裂したようにそう叫ぶと、すっと立ち上がっておれをにらみつけ怒鳴った。

「ケンヂくんたちが、あんなに怖い怪談話するから、わたしもう、絶対ひとりじゃ無理って思ったんじゃない!」

 いつもおとなしいサトミの態度とは思えないほど、うらめしい目つきで、おれを見おろしてつづける。

「今夜七時に、この親水公園しんすいこうえんに迎えにくるんだから、ちゃんといらっしゃい!」

 その迫力に、おれは言葉を失ってしまった。

 タカシにしては思いのほかよくできていた、あの怪談。それがこんなにもひとりの少女に影響えいきょうあたえていたなんて、タカシが聞いたら泣いてよろこぶことだろう。

 しかしおれにとっては、とんだ災難さいなんだ。
 女の子の家にまるなんてことが、ヒロミ軍団にぎつけられたら最後、その日のうちにうわさが街をかけ抜けて、旅行中の両親にまで届くかもしれない。

 中学受験を来年にひかえ、ただでさえ生活態度にきびしい目がむけられている現在いま

 それだけは、絶対に阻止そししないと……。


 しかし、時すでに遅し。


「なによケンヂ、もう痴話ちわげんか?」

 ベンチのうしろからとつぜん声をかけてきたのは、まさにそのヒロミと、とりまきたちだった。

「な、なにしに来たんだよ! おれ、悪いことなんか、ひとつもしてないからな!」

「ねぇ竹内たけうちさん、ケンヂに話ってなんだったの?」

 おれの言いわけなど、はじめから聞く耳を持たない様子ようすで、とりまきのエリカとユキナは、サトミに向かって問いつめた。

「そうよ、言いなさいよ! あんたいっつも、わたしたちなんて眼中がんちゅうないみたいに、お高くとまっちゃってさぁ!」

「そんな……。お高くとまるって、お金なんかとらないよ。たった一晩、わたしの家にいてくれるだけで……」


「えっ?」

 きょとんとするヒロミ軍団。

 ヒロミたちが、サトミの言葉を頭のなかで反芻はんすうさせるまえに、おれは叫んだ。

「わかった! わかったよ、竹内たけうちさん! おれわかったから、ね? もう帰って!」

「ほんと! いいのね?」

 サトミがはちきれんばかりの笑顔でふり返る。

「絶対だからね! 約束破ったら、わたし一生恨むからね!」

 そう言うとサトミは、するりとヒロミたちのわきをすり抜け、走り去っていった。

 その姿を、あっけにとられながら見送っていたヒロミたちが、やがて気がついたようにふり返り、今度は、そのするどい矛先ほこさきをおれに向けた。

「約束ってなによケンヂ! 教えなさいよ!」

「そうよ! あんた、ヒロミの気持ちがわからないの?」

「ちょ、ちょっとエリカ! よけいなこと言わないでよ!」

 おれに向けられていたはずの矛先ほこさきが、ふらふらとさまよいだしたすきに、おれはこっそりとその場から逃げだした。

 自転車にまたがり、きた道をもどる。
 それにしても、大変なことになってしまった。

 いままで話もしなかった竹内たけうちサトミと仲良くなれたのはうれしかったけれど、やっぱり、いきなりまりに行くだなんて、ちょっといきすぎだ。

 ぼおっと顔が熱くなるのがわかって、おれはハンドルから両手をはなして、ぱんっとほおをたたいた。


「ファイクエ7だろ!」

 そうだ。あのゲームをやっていれば、朝なんてすぐにやってくる。


 あのときは、そう思った。


 おれの人生は、まだ長いとは言えないものだけど、それでもあの夜は、いままで生きてきたなかで一番長く、そして、忘れられないものとなった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

ママが呼んでいる

杏樹まじゅ
ホラー
鐘が鳴る。夜が来る。──ママが彼らを呼んでいる。 京都の大学に通う九条マコト(くじょうまこと)と恋人の新田ヒナ(あらたひな)は或る日、所属するオカルトサークルの仲間と、島根にあるという小さな寒村、真理弥村(まりやむら)に向かう。隠れキリシタンの末裔が暮らすというその村には百年前まで、教会に人身御供を捧げていたという伝承があるのだった。その時、教会の鐘が大きな音を立てて鳴り響く。そして二人は目撃する。彼らを待ち受ける、村の「夜」の姿を──。

意味が分かると怖い話【短編集】

本田 壱好
ホラー
意味が分かると怖い話。 つまり、意味がわからなければ怖くない。 解釈は読者に委ねられる。 あなたはこの短編集をどのように読みますか?

だんだんおかしくなった姉の話

暗黒神ゼブラ
ホラー
弟が死んだことでおかしくなった姉の話

赤い部屋

ねむたん
ホラー
築五十年以上。これまで何度も買い手がつきかけたが、すべて契約前に白紙になったという。 「……怪現象のせい、か」 契約破棄の理由には、決まって 「不審な現象」 という曖昧な言葉が並んでいた。 地元の人間に聞いても、皆一様に口をつぐむ。 「まぁ、実際に行って確かめてみりゃいいさ」 「そうだな……」

終の匣

ホラー
 父の転勤で宮下家はある田舎へ引っ越すことになった。見知らぬ土地で不安に思う中、町民は皆家族を快く出迎えた。常に心配してくれ、時には家を訪ねてくれる。通常より安く手に入った一軒家、いつも笑顔で対応してくれる町民たち、父の正志は幸運なくじを引き当てたと思った。  しかし、家では奇妙なことが起こり始める。後々考えてみれば、それは引っ越し初日から始まっていた。  親切なのに、絶対家の中には入ってこない町民たち。その間で定期的に回されている謎の巾着袋。何が原因なのか、それは思いもよらない場所から見つかった。

終焉の教室

シロタカズキ
ホラー
30人の高校生が突如として閉じ込められた教室。 そこに響く無機質なアナウンス――「生き残りをかけたデスゲームを開始します」。 提示された“課題”をクリアしなければ、容赦なく“退場”となる。 最初の課題は「クラスメイトの中から裏切り者を見つけ出せ」。 しかし、誰もが疑心暗鬼に陥る中、タイムリミットが突如として加速。 そして、一人目の犠牲者が決まった――。 果たして、このデスゲームの真の目的は? 誰が裏切り者で、誰が生き残るのか? 友情と疑念、策略と裏切りが交錯する極限の心理戦が今、幕を開ける。

精神病の母親

グランマレベル99
ホラー
見ればわかる

都市伝説レポート

君山洋太朗
ホラー
零細出版社「怪奇文庫」が発行するオカルト専門誌『現代怪異録』のコーナー「都市伝説レポート」。弊社の野々宮記者が全国各地の都市伝説をご紹介します。本コーナーに掲載される内容は、すべて事実に基づいた取材によるものです。しかしながら、その解釈や真偽の判断は、最終的に読者の皆様にゆだねられています。真実は時に、私たちの想像を超えるところにあるのかもしれません。

処理中です...