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第2話 初めてのデート(2)
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「今夜、泊りにこない? わたしの家」
「…………!」
おれはベンチの上でのけぞった。本当にのけぞったのだ。
人間というのは、本当におどろくと、本当にのけぞるものなのだ。
「あのね、わたしも今夜、両親が出かけていて、ひとりでお留守番なの。だから……」
「だからなんだよ! なおさら行けるわけないだろ! なに考えてんのさ」
しかしサトミは、なおもたたみかけてきた。
「わたし怖がりだから、ひとりでお留守番なんて絶対無理なの! それなのに、お父さまもお母さまも、ぜんぜん聞いてくれなくて……」
「知らないよ、そんなこと! せめて女子に頼みなよ!」
「だめなの。わたし、友だちと呼べるような子、ひとりもいないし……。親しくもない友だちの家にいきなりお泊りさせるなんて、だれの親だって許さないでしょ? だったら、両親が出かけてる、ケンヂくんにって……」
「だからって、おれは無理だよ」
「どうしても……?」
「あたりまえだろ!」
吐き捨てるように、おれは言った。
「そんな……」
がっくりと、サトミが肩を落とす。
ふたりのあいだに沈黙がおとずれた。
かわいそうだけど、いくらなんだって、これだけはどうしようもない。
親が留守のあいだに、女の子の家に泊りに行ったなんてことが知れたら、クラスメイトのうわさなんかで済むわけがない。親に大目玉をくらって、先生に呼び出されて、もしかしたらインターネットのニュースになって、謝罪会見するはめになるかもしれない。
そしたらおれ、逮捕されるんじゃないの……?
考えれば、考えるほどに、どんどんと不安になっていく。
気が動転してると、正常な判断ができなくなるものだ。
「なんだっけ、あれ……。男子たちがいつも話しているゲーム」
うつむいていたサトミが、ふいに顔を上げてぽつりと言った。
「……ファイナルクエスト7?」
「そう、それ。うちにあるよ」
「うそ! だってあれ、きょうが発売日だよ」
「そうなの? でもあるよ、うちに。
一緒にやらない? 朝までずっとゲームしてればいいじゃない」
ファイナルクエスト7――。
日本国民ならだれもが知っている、伝説的なロールプレイングゲームの最新作。
流行のオンラインゲームから、心に残る感動的なストーリーをひとり進めていく、昔ながらのゲームスタイルに原点回帰したことで、発売前から行列ができるほどの爆発的な再ブームとなっていた。
そのぶんソフトの価格は非常に高く、おれの経済状態からすれば、おぼんに田舎へ帰って、じいちゃんとばあちゃんに援助をしていただかないと、とうてい手に入らない代物だった。
「ファイナルクエストかぁ……」
心が、かなりゆらぐ。
「ううん、でもなぁ……」
ちらりと見ると、サトミはひざの上においた手をぎゅっとむすんで、じっとおれを見つめていた。
じりじりという音が、聞こえてきそうな視線だ。
つづく沈黙。
セミの鳴き声だけが、やかましくあたりに響いている。
「男なら、責任とってよね!」
とつぜんサトミは、風船が破裂したようにそう叫ぶと、すっと立ち上がっておれをにらみつけ怒鳴った。
「ケンヂくんたちが、あんなに怖い怪談話するから、わたしもう、絶対ひとりじゃ無理って思ったんじゃない!」
いつもおとなしいサトミの態度とは思えないほど、うらめしい目つきで、おれを見おろしてつづける。
「今夜七時に、この親水公園に迎えにくるんだから、ちゃんといらっしゃい!」
その迫力に、おれは言葉を失ってしまった。
タカシにしては思いのほかよくできていた、あの怪談。それがこんなにもひとりの少女に影響を与えていたなんて、タカシが聞いたら泣いてよろこぶことだろう。
しかしおれにとっては、とんだ災難だ。
女の子の家に泊まるなんてことが、ヒロミ軍団に嗅ぎつけられたら最後、その日のうちにうわさが街をかけ抜けて、旅行中の両親にまで届くかもしれない。
中学受験を来年にひかえ、ただでさえ生活態度にきびしい目がむけられている現在。
それだけは、絶対に阻止しないと……。
しかし、時すでに遅し。
「なによケンヂ、もう痴話げんか?」
ベンチのうしろからとつぜん声をかけてきたのは、まさにそのヒロミと、とりまきたちだった。
「な、なにしに来たんだよ! おれ、悪いことなんか、ひとつもしてないからな!」
「ねぇ竹内さん、ケンヂに話ってなんだったの?」
おれの言いわけなど、はじめから聞く耳を持たない様子で、とりまきのエリカとユキナは、サトミに向かって問いつめた。
「そうよ、言いなさいよ! あんたいっつも、わたしたちなんて眼中ないみたいに、お高くとまっちゃってさぁ!」
「そんな……。お高く泊るって、お金なんかとらないよ。たった一晩、わたしの家にいてくれるだけで……」
「えっ?」
きょとんとするヒロミ軍団。
ヒロミたちが、サトミの言葉を頭のなかで反芻させるまえに、おれは叫んだ。
「わかった! わかったよ、竹内さん! おれわかったから、ね? もう帰って!」
「ほんと! いいのね?」
サトミがはちきれんばかりの笑顔でふり返る。
「絶対だからね! 約束破ったら、わたし一生恨むからね!」
そう言うとサトミは、するりとヒロミたちのわきをすり抜け、走り去っていった。
その姿を、あっけにとられながら見送っていたヒロミたちが、やがて気がついたようにふり返り、今度は、そのするどい矛先をおれに向けた。
「約束ってなによケンヂ! 教えなさいよ!」
「そうよ! あんた、ヒロミの気持ちがわからないの?」
「ちょ、ちょっとエリカ! よけいなこと言わないでよ!」
おれに向けられていたはずの矛先が、ふらふらとさまよいだしたすきに、おれはこっそりとその場から逃げだした。
自転車にまたがり、きた道をもどる。
それにしても、大変なことになってしまった。
いままで話もしなかった竹内サトミと仲良くなれたのはうれしかったけれど、やっぱり、いきなり泊まりに行くだなんて、ちょっといきすぎだ。
ぼおっと顔が熱くなるのがわかって、おれはハンドルから両手をはなして、ぱんっとほおをたたいた。
「ファイクエ7だろ!」
そうだ。あのゲームをやっていれば、朝なんてすぐにやってくる。
あのときは、そう思った。
おれの人生は、まだ長いとは言えないものだけど、それでもあの夜は、いままで生きてきたなかで一番長く、そして、忘れられないものとなった。
「…………!」
おれはベンチの上でのけぞった。本当にのけぞったのだ。
人間というのは、本当におどろくと、本当にのけぞるものなのだ。
「あのね、わたしも今夜、両親が出かけていて、ひとりでお留守番なの。だから……」
「だからなんだよ! なおさら行けるわけないだろ! なに考えてんのさ」
しかしサトミは、なおもたたみかけてきた。
「わたし怖がりだから、ひとりでお留守番なんて絶対無理なの! それなのに、お父さまもお母さまも、ぜんぜん聞いてくれなくて……」
「知らないよ、そんなこと! せめて女子に頼みなよ!」
「だめなの。わたし、友だちと呼べるような子、ひとりもいないし……。親しくもない友だちの家にいきなりお泊りさせるなんて、だれの親だって許さないでしょ? だったら、両親が出かけてる、ケンヂくんにって……」
「だからって、おれは無理だよ」
「どうしても……?」
「あたりまえだろ!」
吐き捨てるように、おれは言った。
「そんな……」
がっくりと、サトミが肩を落とす。
ふたりのあいだに沈黙がおとずれた。
かわいそうだけど、いくらなんだって、これだけはどうしようもない。
親が留守のあいだに、女の子の家に泊りに行ったなんてことが知れたら、クラスメイトのうわさなんかで済むわけがない。親に大目玉をくらって、先生に呼び出されて、もしかしたらインターネットのニュースになって、謝罪会見するはめになるかもしれない。
そしたらおれ、逮捕されるんじゃないの……?
考えれば、考えるほどに、どんどんと不安になっていく。
気が動転してると、正常な判断ができなくなるものだ。
「なんだっけ、あれ……。男子たちがいつも話しているゲーム」
うつむいていたサトミが、ふいに顔を上げてぽつりと言った。
「……ファイナルクエスト7?」
「そう、それ。うちにあるよ」
「うそ! だってあれ、きょうが発売日だよ」
「そうなの? でもあるよ、うちに。
一緒にやらない? 朝までずっとゲームしてればいいじゃない」
ファイナルクエスト7――。
日本国民ならだれもが知っている、伝説的なロールプレイングゲームの最新作。
流行のオンラインゲームから、心に残る感動的なストーリーをひとり進めていく、昔ながらのゲームスタイルに原点回帰したことで、発売前から行列ができるほどの爆発的な再ブームとなっていた。
そのぶんソフトの価格は非常に高く、おれの経済状態からすれば、おぼんに田舎へ帰って、じいちゃんとばあちゃんに援助をしていただかないと、とうてい手に入らない代物だった。
「ファイナルクエストかぁ……」
心が、かなりゆらぐ。
「ううん、でもなぁ……」
ちらりと見ると、サトミはひざの上においた手をぎゅっとむすんで、じっとおれを見つめていた。
じりじりという音が、聞こえてきそうな視線だ。
つづく沈黙。
セミの鳴き声だけが、やかましくあたりに響いている。
「男なら、責任とってよね!」
とつぜんサトミは、風船が破裂したようにそう叫ぶと、すっと立ち上がっておれをにらみつけ怒鳴った。
「ケンヂくんたちが、あんなに怖い怪談話するから、わたしもう、絶対ひとりじゃ無理って思ったんじゃない!」
いつもおとなしいサトミの態度とは思えないほど、うらめしい目つきで、おれを見おろしてつづける。
「今夜七時に、この親水公園に迎えにくるんだから、ちゃんといらっしゃい!」
その迫力に、おれは言葉を失ってしまった。
タカシにしては思いのほかよくできていた、あの怪談。それがこんなにもひとりの少女に影響を与えていたなんて、タカシが聞いたら泣いてよろこぶことだろう。
しかしおれにとっては、とんだ災難だ。
女の子の家に泊まるなんてことが、ヒロミ軍団に嗅ぎつけられたら最後、その日のうちにうわさが街をかけ抜けて、旅行中の両親にまで届くかもしれない。
中学受験を来年にひかえ、ただでさえ生活態度にきびしい目がむけられている現在。
それだけは、絶対に阻止しないと……。
しかし、時すでに遅し。
「なによケンヂ、もう痴話げんか?」
ベンチのうしろからとつぜん声をかけてきたのは、まさにそのヒロミと、とりまきたちだった。
「な、なにしに来たんだよ! おれ、悪いことなんか、ひとつもしてないからな!」
「ねぇ竹内さん、ケンヂに話ってなんだったの?」
おれの言いわけなど、はじめから聞く耳を持たない様子で、とりまきのエリカとユキナは、サトミに向かって問いつめた。
「そうよ、言いなさいよ! あんたいっつも、わたしたちなんて眼中ないみたいに、お高くとまっちゃってさぁ!」
「そんな……。お高く泊るって、お金なんかとらないよ。たった一晩、わたしの家にいてくれるだけで……」
「えっ?」
きょとんとするヒロミ軍団。
ヒロミたちが、サトミの言葉を頭のなかで反芻させるまえに、おれは叫んだ。
「わかった! わかったよ、竹内さん! おれわかったから、ね? もう帰って!」
「ほんと! いいのね?」
サトミがはちきれんばかりの笑顔でふり返る。
「絶対だからね! 約束破ったら、わたし一生恨むからね!」
そう言うとサトミは、するりとヒロミたちのわきをすり抜け、走り去っていった。
その姿を、あっけにとられながら見送っていたヒロミたちが、やがて気がついたようにふり返り、今度は、そのするどい矛先をおれに向けた。
「約束ってなによケンヂ! 教えなさいよ!」
「そうよ! あんた、ヒロミの気持ちがわからないの?」
「ちょ、ちょっとエリカ! よけいなこと言わないでよ!」
おれに向けられていたはずの矛先が、ふらふらとさまよいだしたすきに、おれはこっそりとその場から逃げだした。
自転車にまたがり、きた道をもどる。
それにしても、大変なことになってしまった。
いままで話もしなかった竹内サトミと仲良くなれたのはうれしかったけれど、やっぱり、いきなり泊まりに行くだなんて、ちょっといきすぎだ。
ぼおっと顔が熱くなるのがわかって、おれはハンドルから両手をはなして、ぱんっとほおをたたいた。
「ファイクエ7だろ!」
そうだ。あのゲームをやっていれば、朝なんてすぐにやってくる。
あのときは、そう思った。
おれの人生は、まだ長いとは言えないものだけど、それでもあの夜は、いままで生きてきたなかで一番長く、そして、忘れられないものとなった。
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