4 / 30
第1話 竹内サトミ(2)
しおりを挟む うちの小学校は、今年度から隔週で土曜日も通学することになった。
土曜日まで学校に行くなんて、信じられない!
そう、みんなは言っていたけど、午前中で授業が終わる土曜日が、おれは大好きだ。
どうせ土曜日が休みだったとしても、朝から晩まで塾に通わせられていただろうし、掃除さえすませば、まだ太陽がきらきらと輝いているうちに、このうす暗い教室から解放される。
そして午後はまるまる、大好きなサッカー部の時間。
梅雨もあけて、きょうはひさしぶりにすっきりと晴れている。
おれは教室の窓から上半身を投げ出して、黒板消しをはたきながら、抜けるような青空を見上げていた。
「ユキリンのやつ、きょう、ずる休みしたんだぜ!」
いつのまにかとなりにいたタカシが、雑巾をぶんぶんとふりまわしながら、吐き捨てるように言った。
ユキリン?
一瞬、誰のことかと思ったけど、すぐに思い出した。
同じクラスの大友ユウキだ。
タカシは、ユキリンというニックネームを、クラスじゅうに広めようとしているのだが、いまのところ使っているのはタカシだけだ。
ちなみに大友ユウキ本人も、そのニックネームは認めていない。
「なんでそんなこと、わかるんだよ」
「なんでって……。おまえ、きょうファイナルクエスト7の発売日だぞ。あいつ、いっつもすばやく手に入れて、一番早くクリアしたって自慢するじゃないか」
「そうだっけか」
だれが一番早くゲームをクリアするかなんて、おれにはどうでもいいことだ。
しかし、ふだん自慢話ばかりしているタカシにとって、他人の自慢話を聞かされることは、たまらなく苦痛なのだろう。
「ならおまえも、学校を休んで買いに行けばよかったじゃないか」
とたんにタカシが、しゅんとして肩を落とした。
「おれ、いま金欠なんだ。月末のこづかい日まで、とても買えやしないよ……」
それはおれも同じさ。
そうこたえようとしたとき、背中ごしに、かん高い怒鳴り声が聞こえてきた。
「ちょっと竹内さん! ぼさっとしてないで、さっさと埃まとめてよね!」
この声は、女子たちのリーダー、佐々木ヒロミだ。
「いつまでたったって、掃除が終わらないじゃない!」
ふり返れば、教室のうしろに、ほうきを手にした女子たちが集まっていた。そのなかで竹内サトミは、ひとりしゃがみこんで、ちりとりに埃をまとめている。
「言われるまえにやってよ。気がきかないんだから……」
集まっていたほかの女子たちも、ヒロミに倣《なら》うようにサトミにきびしい目をむけていた。
「机を下げて、イスも降ろしといてね」
「それがすんだら、ゴミ捨ててきて」
次々と女子たちに仕事を押しつけられても、竹内サトミは文句ひとつ言わず、にこにこと微笑みながら、うなずいている。
「なあケンヂ、おまえも買うんだろ、ファイクエ7。なあ……」
背中に話しかけるタカシの声を、おれはうわの空で聞いていた。
竹内サトミを、ずっと見ていたんだ。
楽しげにおしゃべりをする女子たちとは、まったく別の次元にでもいるかのように、サトミはたんたんと頼まれた作業をこなしていた。
教室のまえにまとめられた机を、がたがたと引きずりながら、もとの位置へもどし、汗ばんだ額をハンカチでふきながら、次々とイスを降ろしていく。
不満そうな表情ひとつ、浮かべることもない。
ただ、別の次元で楽しそうに笑っている女子たちを見たときだけ、とても寂しげな目をしたのを、おれは見逃さなかった。
ゴミ箱をかかえて、サトミがひとり教室を出ていく。
おれは急いであとを追うと、サトミの手からゴミ箱を取り上げた。
「えっ、なあに……」
おどろいたサトミが、目を丸くしておれを見た。
「おれだって一応、掃除当番だからさ」
目も合さずにそれだけ言うと、おれはゴミ置き場へ走った。
✳︎
最近、学校という空間にいることが、とてもたいくつに感じていた。
勉強が大きらいというわけではないし、サッカー部での活動はとても楽しい。
だけど、学年が上がるにつれて、平々凡々と時間がすぎていく変わりばえのしない学校生活に、なんとなくあきていた。
ドキドキするような日々なんて、所詮、漫画やアニメのなかだけ。
そう思っていた。
「石神くん。石神ケンヂくん」
放課後、鳥かごから解放された鳥のように昇降口からとび出した、おれの背中に声をかけてきたのは、竹内サトミだった。
まっすぐで長い髪のサトミは、白いブラウスに、水色のチェックのスカート。白いハイソックスに、黒い革靴といった、いつもの格好で昇降口に立っていた。
ほかの女子たちが、競うように中学生向けファッション雑誌のキラキラした服装をまねるなか、サトミの服装は、どこかみんなとは違う、品の良いお嬢さまのような落ちついた雰囲気を漂わせている。
実際、大きなお屋敷に住んでいるという、うわさもある。
「ああ、竹内さん」
正直、竹内サトミに話しかけられるなんて思ってもいなかったので、おれはちょっとびっくりしていた。
だけどそこは、いたって冷静に、なんでもないように――。
「何かよう?」
「うん。ちょっとお話、いいかな?」
「いいけど……」
通りすぎるクラスメイトたちが、ニヤニヤしながらおれたちを見つめている。
いつもひとりでおとなしく、女子どころか、男子となんて口もきかないと思われていたお嬢さまのサトミが、おれなんかに話かけているのだから無理もない。
「えっとね……、竹内さん。その話、長いの?」
「うん。ちょっと頼みたいことがあるの。サトミでいいよ」
「あ、そう……。サトミ……さん、ひょうたん池公園で話さない? ここ、目立つから」
「ひょうたん池? ああ、親水公園のことね。それじゃあ二時に。絶対きてね」
クラスメイトたちの視線など、まったくおかまいなく、サトミはにっこりと微笑んで、しずしずと昇降口をあとにした。
その姿が校門の外に消えたとたん、いっせいに女子たちが騒ぎだす。
「なによケンヂ! ひょうたん池でデート?」
ヒロミの矢のようにするどい質問が、おれの背中につき刺さる。
「竹内さんもおとなしそうにみえて大胆よね。みんなのまえでデートに誘うなんてさ!」
ヒロミのとりまきの一人、エリカが冷やかしの言葉をなげかける。
「でもさ、ひょうたん池に誘ったのはケンヂじゃん。ねえケンヂ、みんなでのぞきに行ってもいい?」
もう一人のとりまきユキナが、追い込みをかけてきた。
おれは恥ずかしさにたえきれず、校門にむかって走りだした。
クラスで一番、うわさ話と、だれかの悪口が大好きな、ヒロミ軍団に見られてしまうなんて……。
そのとき、バタバタと騒がしい音をたてて、昇降口にタカシがやってきた。
「あっ、ケンヂ、まってまって。一緒に帰ろうぜ!」
放りだした靴に足をつっこみながら、大声で叫んでいる。
「ごめんタカシ、きょうはさきに帰るから! それから午後の部活も休むから、ゴリセンに伝えといて!」
「ずるいぞケンヂ、ファイクエ7買いに行くんだろ! あとでおれにもやらせろよな!」
タカシの怒鳴り声を背中で聞きながら、おれは校門からとび出した。
「まったくお嬢さまってのはさ、どうして空気が読めないんだろうな。そんなんだから、みんなから浮いた存在になっているっていうのに……」
いつもはのんびりと歩く通学路を、全力で走る。
そのせいだとは思うのだけど、おれの胸はどきどきと高鳴っていた。
土曜日まで学校に行くなんて、信じられない!
そう、みんなは言っていたけど、午前中で授業が終わる土曜日が、おれは大好きだ。
どうせ土曜日が休みだったとしても、朝から晩まで塾に通わせられていただろうし、掃除さえすませば、まだ太陽がきらきらと輝いているうちに、このうす暗い教室から解放される。
そして午後はまるまる、大好きなサッカー部の時間。
梅雨もあけて、きょうはひさしぶりにすっきりと晴れている。
おれは教室の窓から上半身を投げ出して、黒板消しをはたきながら、抜けるような青空を見上げていた。
「ユキリンのやつ、きょう、ずる休みしたんだぜ!」
いつのまにかとなりにいたタカシが、雑巾をぶんぶんとふりまわしながら、吐き捨てるように言った。
ユキリン?
一瞬、誰のことかと思ったけど、すぐに思い出した。
同じクラスの大友ユウキだ。
タカシは、ユキリンというニックネームを、クラスじゅうに広めようとしているのだが、いまのところ使っているのはタカシだけだ。
ちなみに大友ユウキ本人も、そのニックネームは認めていない。
「なんでそんなこと、わかるんだよ」
「なんでって……。おまえ、きょうファイナルクエスト7の発売日だぞ。あいつ、いっつもすばやく手に入れて、一番早くクリアしたって自慢するじゃないか」
「そうだっけか」
だれが一番早くゲームをクリアするかなんて、おれにはどうでもいいことだ。
しかし、ふだん自慢話ばかりしているタカシにとって、他人の自慢話を聞かされることは、たまらなく苦痛なのだろう。
「ならおまえも、学校を休んで買いに行けばよかったじゃないか」
とたんにタカシが、しゅんとして肩を落とした。
「おれ、いま金欠なんだ。月末のこづかい日まで、とても買えやしないよ……」
それはおれも同じさ。
そうこたえようとしたとき、背中ごしに、かん高い怒鳴り声が聞こえてきた。
「ちょっと竹内さん! ぼさっとしてないで、さっさと埃まとめてよね!」
この声は、女子たちのリーダー、佐々木ヒロミだ。
「いつまでたったって、掃除が終わらないじゃない!」
ふり返れば、教室のうしろに、ほうきを手にした女子たちが集まっていた。そのなかで竹内サトミは、ひとりしゃがみこんで、ちりとりに埃をまとめている。
「言われるまえにやってよ。気がきかないんだから……」
集まっていたほかの女子たちも、ヒロミに倣《なら》うようにサトミにきびしい目をむけていた。
「机を下げて、イスも降ろしといてね」
「それがすんだら、ゴミ捨ててきて」
次々と女子たちに仕事を押しつけられても、竹内サトミは文句ひとつ言わず、にこにこと微笑みながら、うなずいている。
「なあケンヂ、おまえも買うんだろ、ファイクエ7。なあ……」
背中に話しかけるタカシの声を、おれはうわの空で聞いていた。
竹内サトミを、ずっと見ていたんだ。
楽しげにおしゃべりをする女子たちとは、まったく別の次元にでもいるかのように、サトミはたんたんと頼まれた作業をこなしていた。
教室のまえにまとめられた机を、がたがたと引きずりながら、もとの位置へもどし、汗ばんだ額をハンカチでふきながら、次々とイスを降ろしていく。
不満そうな表情ひとつ、浮かべることもない。
ただ、別の次元で楽しそうに笑っている女子たちを見たときだけ、とても寂しげな目をしたのを、おれは見逃さなかった。
ゴミ箱をかかえて、サトミがひとり教室を出ていく。
おれは急いであとを追うと、サトミの手からゴミ箱を取り上げた。
「えっ、なあに……」
おどろいたサトミが、目を丸くしておれを見た。
「おれだって一応、掃除当番だからさ」
目も合さずにそれだけ言うと、おれはゴミ置き場へ走った。
✳︎
最近、学校という空間にいることが、とてもたいくつに感じていた。
勉強が大きらいというわけではないし、サッカー部での活動はとても楽しい。
だけど、学年が上がるにつれて、平々凡々と時間がすぎていく変わりばえのしない学校生活に、なんとなくあきていた。
ドキドキするような日々なんて、所詮、漫画やアニメのなかだけ。
そう思っていた。
「石神くん。石神ケンヂくん」
放課後、鳥かごから解放された鳥のように昇降口からとび出した、おれの背中に声をかけてきたのは、竹内サトミだった。
まっすぐで長い髪のサトミは、白いブラウスに、水色のチェックのスカート。白いハイソックスに、黒い革靴といった、いつもの格好で昇降口に立っていた。
ほかの女子たちが、競うように中学生向けファッション雑誌のキラキラした服装をまねるなか、サトミの服装は、どこかみんなとは違う、品の良いお嬢さまのような落ちついた雰囲気を漂わせている。
実際、大きなお屋敷に住んでいるという、うわさもある。
「ああ、竹内さん」
正直、竹内サトミに話しかけられるなんて思ってもいなかったので、おれはちょっとびっくりしていた。
だけどそこは、いたって冷静に、なんでもないように――。
「何かよう?」
「うん。ちょっとお話、いいかな?」
「いいけど……」
通りすぎるクラスメイトたちが、ニヤニヤしながらおれたちを見つめている。
いつもひとりでおとなしく、女子どころか、男子となんて口もきかないと思われていたお嬢さまのサトミが、おれなんかに話かけているのだから無理もない。
「えっとね……、竹内さん。その話、長いの?」
「うん。ちょっと頼みたいことがあるの。サトミでいいよ」
「あ、そう……。サトミ……さん、ひょうたん池公園で話さない? ここ、目立つから」
「ひょうたん池? ああ、親水公園のことね。それじゃあ二時に。絶対きてね」
クラスメイトたちの視線など、まったくおかまいなく、サトミはにっこりと微笑んで、しずしずと昇降口をあとにした。
その姿が校門の外に消えたとたん、いっせいに女子たちが騒ぎだす。
「なによケンヂ! ひょうたん池でデート?」
ヒロミの矢のようにするどい質問が、おれの背中につき刺さる。
「竹内さんもおとなしそうにみえて大胆よね。みんなのまえでデートに誘うなんてさ!」
ヒロミのとりまきの一人、エリカが冷やかしの言葉をなげかける。
「でもさ、ひょうたん池に誘ったのはケンヂじゃん。ねえケンヂ、みんなでのぞきに行ってもいい?」
もう一人のとりまきユキナが、追い込みをかけてきた。
おれは恥ずかしさにたえきれず、校門にむかって走りだした。
クラスで一番、うわさ話と、だれかの悪口が大好きな、ヒロミ軍団に見られてしまうなんて……。
そのとき、バタバタと騒がしい音をたてて、昇降口にタカシがやってきた。
「あっ、ケンヂ、まってまって。一緒に帰ろうぜ!」
放りだした靴に足をつっこみながら、大声で叫んでいる。
「ごめんタカシ、きょうはさきに帰るから! それから午後の部活も休むから、ゴリセンに伝えといて!」
「ずるいぞケンヂ、ファイクエ7買いに行くんだろ! あとでおれにもやらせろよな!」
タカシの怒鳴り声を背中で聞きながら、おれは校門からとび出した。
「まったくお嬢さまってのはさ、どうして空気が読めないんだろうな。そんなんだから、みんなから浮いた存在になっているっていうのに……」
いつもはのんびりと歩く通学路を、全力で走る。
そのせいだとは思うのだけど、おれの胸はどきどきと高鳴っていた。
1
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
ママが呼んでいる
杏樹まじゅ
ホラー
鐘が鳴る。夜が来る。──ママが彼らを呼んでいる。
京都の大学に通う九条マコト(くじょうまこと)と恋人の新田ヒナ(あらたひな)は或る日、所属するオカルトサークルの仲間と、島根にあるという小さな寒村、真理弥村(まりやむら)に向かう。隠れキリシタンの末裔が暮らすというその村には百年前まで、教会に人身御供を捧げていたという伝承があるのだった。その時、教会の鐘が大きな音を立てて鳴り響く。そして二人は目撃する。彼らを待ち受ける、村の「夜」の姿を──。


赤い部屋
ねむたん
ホラー
築五十年以上。これまで何度も買い手がつきかけたが、すべて契約前に白紙になったという。
「……怪現象のせい、か」
契約破棄の理由には、決まって 「不審な現象」 という曖昧な言葉が並んでいた。
地元の人間に聞いても、皆一様に口をつぐむ。
「まぁ、実際に行って確かめてみりゃいいさ」
「そうだな……」

終の匣
凜
ホラー
父の転勤で宮下家はある田舎へ引っ越すことになった。見知らぬ土地で不安に思う中、町民は皆家族を快く出迎えた。常に心配してくれ、時には家を訪ねてくれる。通常より安く手に入った一軒家、いつも笑顔で対応してくれる町民たち、父の正志は幸運なくじを引き当てたと思った。
しかし、家では奇妙なことが起こり始める。後々考えてみれば、それは引っ越し初日から始まっていた。
親切なのに、絶対家の中には入ってこない町民たち。その間で定期的に回されている謎の巾着袋。何が原因なのか、それは思いもよらない場所から見つかった。
終焉の教室
シロタカズキ
ホラー
30人の高校生が突如として閉じ込められた教室。
そこに響く無機質なアナウンス――「生き残りをかけたデスゲームを開始します」。
提示された“課題”をクリアしなければ、容赦なく“退場”となる。
最初の課題は「クラスメイトの中から裏切り者を見つけ出せ」。
しかし、誰もが疑心暗鬼に陥る中、タイムリミットが突如として加速。
そして、一人目の犠牲者が決まった――。
果たして、このデスゲームの真の目的は?
誰が裏切り者で、誰が生き残るのか?
友情と疑念、策略と裏切りが交錯する極限の心理戦が今、幕を開ける。

都市伝説レポート
君山洋太朗
ホラー
零細出版社「怪奇文庫」が発行するオカルト専門誌『現代怪異録』のコーナー「都市伝説レポート」。弊社の野々宮記者が全国各地の都市伝説をご紹介します。本コーナーに掲載される内容は、すべて事実に基づいた取材によるものです。しかしながら、その解釈や真偽の判断は、最終的に読者の皆様にゆだねられています。真実は時に、私たちの想像を超えるところにあるのかもしれません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる