月神山の不気味な洋館

ひろみ透夏

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第9話 逃走(4)

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「わたし、ケンヂくんに話さないといけないことがあるの。本当はわたし……」


 と、そのとき、サトミの背後で、かちゃりとドアの鍵があく音がした。
 サトミはドアのまえから飛びのいて、おれのそばにかけよった。


「そんな……、この部屋には入ってこられないはずのに……」


 とっさにおれは机に飛びのり、窓に手をかけた。
 この部屋に閉じ込められたときに、逃げ出した窓。
 しかし窓は、もうびくともしなかった。

 なんとなく、そんな気はしていた。
 この館全体が、おれたちを追いつめようとしているのだ。


 サトミは覚悟を決めたように、ドアを見つめている。
 もう、あきらめてしまったのかもしれない。
 そんなサトミを見て、おれは自分がとても無力で、ちっぽけな存在に感じて、腹が立ってきた。

 せっかく頼りにしてくれたというのに、なにもできないなんて……。


「だいじょうぶ!」

 自分で自分に言い聞かせるよう、大きな声をはり上げた。

「いざとなったら、この窓をぶち割ってでも、ここから逃げ出してやる! 朝までサトミのこと守るって、約束しただろ!」


 すっかりあきらめ顔だったサトミも、おれを見つめて力強くうなずくと、壁にそなえつけられた本棚に手をかけて言った。

「ケンヂくん、この本棚、一緒に押して!」

 わけがわからぬまま、サトミと力を合わせて本棚を押す。
 すると本棚は、ずるずると回転するように動きだした。


「おじいさまとわたしだけの秘密の通路。となりのリビングにつながっているの」


 そのとき背後で、ドアの開く音がした。
 おれは急いでサトミの手を引っぱり、本棚と壁のあいだにできた、わずかな隙間にすべりこむと、なかから本棚を押しもどした。

 まったく何も見えない漆黒しっこくの闇のなかで、じっと耳をすます。
 あの足音は、聞こえてこない。


「ケンヂくん、こっち」


 暗闇のなか、おれはサトミの声がするほうに手をのばした。
 その手が、やわらかくて温かい手に包まれる。


「ありがとう、ケンヂくん。一晩中、ずっと一緒にいてくれて」


 それはサトミの手と同じく、温かくてやわらかな声色こわねだったけれど、なぜか悲しそうにも聞こえて、おれはすこし違和感をおぼえた。


 サトミが、つきあたりの引き戸らしき扉を、ゆっくりとあける。
 明るい光が、漆黒しっこくの闇にさしこんだ。


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