月神山の不気味な洋館

ひろみ透夏

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第9話 逃走(3)

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「いち、にの……、さん!」


 いっせいにテーブルの下からとび出す。
 瞬間、サトミの背中が、テーブルのふちに当たってしまった。
 まるで鳴り響く教会の鐘のような音をたてて、テーブルから燭台しょくだいが転げ落ちる。


「急げ!」


 かまわずふたりで、食堂からとび出した。
 玄関ホールを走り、玄関のドアノブにとびつく。
 しかしドアノブは、凍りついたように、びくとも動かなかった。


「サトミ、玄関が開かない!」
「なんで? わからない! 開くはずなのに!」
「ここはだめだ! ほかの出口をさがそう!」


 パニックになりそうなサトミの手を引っぱり、階段をかけ上がる。
 そのときだった。
 目のまえの肖像画の男が、ぎろりとおれたちをにらみつけたのだ。


(ドコニモ、ニゲラレナイゾ……)


 低い声が、館全体に響きわたる。
 おれはあまりの恐怖で、階段のまんなかで立ちつくしてしまった。


「ケンヂくん、こっち!」


 するとこんどは、サトミがおれの手をつかんで階段をかけ下りた。
 そして、写真立てが置いてあった、左側の一番手前の部屋にかけこんだ。


「サトミ、その部屋は……」

 閉じ込められたときのことが、頭によぎる。

「大丈夫! この部屋には入ってこられないはずよ!」
 とまどうおれの手を引いて部屋にとびこむと、後ろ手に鍵をかけた。

「おじいさまの部屋に入ることが許されたのは、わたしだけだもの!」
 ドアを背にして、サトミはくずれるようにその場にしゃがみこんだ。

 おれもふらふらとよろめきながら、机に手をつく。
 机の上に置かれた写真立てが、目に入った。

「これ……、サトミの父さんだろ?」
 息を整えながら言った。

「あの階段のつきあたりの、肖像画にもなっている……」
 不気味な低い声が、頭のなかをうずまく。

 しかし、肖像画から聞こえたように感じたのは気のせいかもしれない。あの竹林の上空に浮かぶ透明な物体からも、同じ声を聞いているのだから――。 


「おじいさま、竹内家の跡取あととりとして、お父さまのこと、すごく大事に想っていたから……」

 サトミが、ひどく疲れた様子で、うつむきながらこたえた。
 おれもまだ心臓が、どんどんと音をたてているけど、少しでもサトミの恐怖心をやわらげようと、わざと明るい声でつづけた。

「だろうね。あんな大きな肖像画を飾るくらいだもの。でもさ、お母さんの写真だって、あってもいいのにね」


「おじいさまは……」
 サトミはじっと思い詰めたような表情で、力なくつづけた。

「お母さまのことを、とても気に入ってたそうだけど、お父さまを婿養子むこようしに行かせるのは反対だったみたい。だから……」


「そっか……。でも、そんな形式的なこと、どっちでもいいと思うけどな。だって、みんなで一緒に、ここで暮らしていたんだろ?」

 しかしサトミは、うつむいたまま、その質問にはこたえなかった。


「わたし、ケンヂくんに話さないといけないことがあるの。本当はわたし……」


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