月神山の不気味な洋館

ひろみ透夏

文字の大きさ
上 下
23 / 30

第9話 逃走(3)

しおりを挟む

「いち、にの……、さん!」


 いっせいにテーブルの下からとび出す。
 瞬間、サトミの背中が、テーブルのふちに当たってしまった。
 まるで鳴り響く教会の鐘のような音をたてて、テーブルから燭台しょくだいが転げ落ちる。


「急げ!」


 かまわずふたりで、食堂からとび出した。
 玄関ホールを走り、玄関のドアノブにとびつく。
 しかしドアノブは、凍りついたように、びくとも動かなかった。


「サトミ、玄関が開かない!」
「なんで? わからない! 開くはずなのに!」
「ここはだめだ! ほかの出口をさがそう!」


 パニックになりそうなサトミの手を引っぱり、階段をかけ上がる。
 そのときだった。
 目のまえの肖像画の男が、ぎろりとおれたちをにらみつけたのだ。


(ドコニモ、ニゲラレナイゾ……)


 低い声が、館全体に響きわたる。
 おれはあまりの恐怖で、階段のまんなかで立ちつくしてしまった。


「ケンヂくん、こっち!」


 するとこんどは、サトミがおれの手をつかんで階段をかけ下りた。
 そして、写真立てが置いてあった、左側の一番手前の部屋にかけこんだ。


「サトミ、その部屋は……」

 閉じ込められたときのことが、頭によぎる。

「大丈夫! この部屋には入ってこられないはずよ!」
 とまどうおれの手を引いて部屋にとびこむと、後ろ手に鍵をかけた。

「おじいさまの部屋に入ることが許されたのは、わたしだけだもの!」
 ドアを背にして、サトミはくずれるようにその場にしゃがみこんだ。

 おれもふらふらとよろめきながら、机に手をつく。
 机の上に置かれた写真立てが、目に入った。

「これ……、サトミの父さんだろ?」
 息を整えながら言った。

「あの階段のつきあたりの、肖像画にもなっている……」
 不気味な低い声が、頭のなかをうずまく。

 しかし、肖像画から聞こえたように感じたのは気のせいかもしれない。あの竹林の上空に浮かぶ透明な物体からも、同じ声を聞いているのだから――。 


「おじいさま、竹内家の跡取あととりとして、お父さまのこと、すごく大事に想っていたから……」

 サトミが、ひどく疲れた様子で、うつむきながらこたえた。
 おれもまだ心臓が、どんどんと音をたてているけど、少しでもサトミの恐怖心をやわらげようと、わざと明るい声でつづけた。

「だろうね。あんな大きな肖像画を飾るくらいだもの。でもさ、お母さんの写真だって、あってもいいのにね」


「おじいさまは……」
 サトミはじっと思い詰めたような表情で、力なくつづけた。

「お母さまのことを、とても気に入ってたそうだけど、お父さまを婿養子むこようしに行かせるのは反対だったみたい。だから……」


「そっか……。でも、そんな形式的なこと、どっちでもいいと思うけどな。だって、みんなで一緒に、ここで暮らしていたんだろ?」

 しかしサトミは、うつむいたまま、その質問にはこたえなかった。


「わたし、ケンヂくんに話さないといけないことがあるの。本当はわたし……」


しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

ママが呼んでいる

杏樹まじゅ
ホラー
鐘が鳴る。夜が来る。──ママが彼らを呼んでいる。 京都の大学に通う九条マコト(くじょうまこと)と恋人の新田ヒナ(あらたひな)は或る日、所属するオカルトサークルの仲間と、島根にあるという小さな寒村、真理弥村(まりやむら)に向かう。隠れキリシタンの末裔が暮らすというその村には百年前まで、教会に人身御供を捧げていたという伝承があるのだった。その時、教会の鐘が大きな音を立てて鳴り響く。そして二人は目撃する。彼らを待ち受ける、村の「夜」の姿を──。

意味が分かると怖い話【短編集】

本田 壱好
ホラー
意味が分かると怖い話。 つまり、意味がわからなければ怖くない。 解釈は読者に委ねられる。 あなたはこの短編集をどのように読みますか?

だんだんおかしくなった姉の話

暗黒神ゼブラ
ホラー
弟が死んだことでおかしくなった姉の話

都市伝説レポート

君山洋太朗
ホラー
零細出版社「怪奇文庫」が発行するオカルト専門誌『現代怪異録』のコーナー「都市伝説レポート」。弊社の野々宮記者が全国各地の都市伝説をご紹介します。本コーナーに掲載される内容は、すべて事実に基づいた取材によるものです。しかしながら、その解釈や真偽の判断は、最終的に読者の皆様にゆだねられています。真実は時に、私たちの想像を超えるところにあるのかもしれません。

終焉列島:ゾンビに沈む国

ねむたん
ホラー
2025年。ネット上で「死体が動いた」という噂が広まり始めた。 最初はフェイクニュースだと思われていたが、世界各地で「死亡したはずの人間が動き出し、人を襲う」事例が報告され、SNSには異常な映像が拡散されていく。 会社帰り、三浦拓真は同僚の藤木とラーメン屋でその話題になる。冗談めかしていた二人だったが、テレビのニュースで「都内の病院で死亡した患者が看護師を襲った」と報じられ、店内の空気が一変する。

それなりに怖い話。

只野誠
ホラー
これは創作です。 実際に起きた出来事はございません。創作です。事実ではございません。創作です創作です創作です。 本当に、実際に起きた話ではございません。 なので、安心して読むことができます。 オムニバス形式なので、どの章から読んでも問題ありません。 不定期に章を追加していきます。 2025/3/1:『でんしゃにゆられる』の章を追加。2025/3/8の朝4時頃より公開開始予定。 2025/2/28:『かいじゅう』の章を追加。2025/3/7の朝4時頃より公開開始予定。 2025/2/27:『ぬま』の章を追加。2025/3/6の朝4時頃より公開開始予定。 2025/2/26:『つり』の章を追加。2025/3/5の朝4時頃より公開開始予定。 2025/2/25:『ぼやけたひとかげ』の章を追加。2025/3/4の朝4時頃より公開開始予定。 2025/2/24:『あさ』の章を追加。2025/3/3の朝4時頃より公開開始予定。 2025/2/23:『すれちがうひと』の章を追加。2025/3/2の朝8時頃より公開開始予定。

ホラー掲示板の体験談

神埼魔剤
ホラー
とあるサイトに投稿された体験談。 様々な人のホラーな体験談を読んでいきましょう!

[全221話完結済]彼女の怪異談は不思議な野花を咲かせる

野花マリオ
ホラー
ーー彼女が語る怪異談を聴いた者は咲かせたり聴かせる 登場する怪異談集 初ノ花怪異談 野花怪異談 野薔薇怪異談 鐘技怪異談 その他 架空上の石山県野花市に住む彼女は怪異談を語る事が趣味である。そんな彼女の語る怪異談は咲かせる。そしてもう1人の鐘技市に住む彼女の怪異談も聴かせる。 完結いたしました。 ※この物語はフィクションです。実在する人物、企業、団体、名称などは一切関係ありません。 エブリスタにも公開してますがアルファポリス の方がボリュームあります。 表紙イラストは生成AI

処理中です...