月神山の不気味な洋館

ひろみ透夏

文字の大きさ
上 下
21 / 30

第9話 逃走(1)

しおりを挟む


 テーブルの上のマグカップから、湯気がたちのぼっている。
 梅雨があけて、昼間はすっかり夏の陽気だったというのに、今夜は、ばかみたいに冷えている。

 山の上だからだろうか?
 ふっと息をふきかけて、珈琲コーヒーをのんだ。

「ん……?」あまい。

 おれはさらに、テーブルの上に置かれた、ちいさなミルクポットのなかのミルクを、どばっと珈琲に入れてかきまぜた。
 テーブルのむかいの席には、もうしわけなさそうな顔をしたサトミがすわっている。

「もう、平気だよ。どこも痛くないもん」

 本当に体は、どこも痛くなかった。
 やわらかい土の上だったからとはいえ、あの高さから落ちても無傷だなんて、我ながら信じられないほど丈夫な体だ。

 しかしそんなことよりも、肖像画や、あの変な物体から発せられた不気味な声のほうが、おれには気になってしかたがなかった。

 サトミに言うべきだろうか。


「なにか、見たんでしょ?」

 黙ったまま考えこんでいたおれに、サトミが話しかけてきた。
「あすなろの木の上で、ケンヂくん、なにかすごくおどろいていたもの」

 言うべきだろうか――。

 時計を見ると、まだ四時をまわったばかり。
 せめて、この不気味なできごとは、日がのぼって明るくなってから話したほうがいいかもしれない。


「満月の夜にやってくるの」


 黙りこんでいるおれに向かって、サトミがとうとつに話しはじめた。

「いつもはわたしを見るだけで帰っていく。でも今夜はちがう。わたしを一緒に連れていこうとしているのよ。だから、今夜はひとりになりたくなかったの。だれかがいれば……、ケンヂくんが一緒にいるのを見せれば、あきらめてくれるだろうと思って……」

 サトミがなにを言っているのか、おれにはさっぱりわからなかった。

「どういうこと?」
「だから……」

 言いかけたまま、サトミはうつむいてしまった。
 もう一度、どういうことなのか、たずねようと口をあけたとき、サトミがこたえた。


「出るの、うち……」



しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

ママが呼んでいる

杏樹まじゅ
ホラー
鐘が鳴る。夜が来る。──ママが彼らを呼んでいる。 京都の大学に通う九条マコト(くじょうまこと)と恋人の新田ヒナ(あらたひな)は或る日、所属するオカルトサークルの仲間と、島根にあるという小さな寒村、真理弥村(まりやむら)に向かう。隠れキリシタンの末裔が暮らすというその村には百年前まで、教会に人身御供を捧げていたという伝承があるのだった。その時、教会の鐘が大きな音を立てて鳴り響く。そして二人は目撃する。彼らを待ち受ける、村の「夜」の姿を──。

終の匣

ホラー
 父の転勤で宮下家はある田舎へ引っ越すことになった。見知らぬ土地で不安に思う中、町民は皆家族を快く出迎えた。常に心配してくれ、時には家を訪ねてくれる。通常より安く手に入った一軒家、いつも笑顔で対応してくれる町民たち、父の正志は幸運なくじを引き当てたと思った。  しかし、家では奇妙なことが起こり始める。後々考えてみれば、それは引っ越し初日から始まっていた。  親切なのに、絶対家の中には入ってこない町民たち。その間で定期的に回されている謎の巾着袋。何が原因なのか、それは思いもよらない場所から見つかった。

終焉列島:ゾンビに沈む国

ねむたん
ホラー
2025年。ネット上で「死体が動いた」という噂が広まり始めた。 最初はフェイクニュースだと思われていたが、世界各地で「死亡したはずの人間が動き出し、人を襲う」事例が報告され、SNSには異常な映像が拡散されていく。 会社帰り、三浦拓真は同僚の藤木とラーメン屋でその話題になる。冗談めかしていた二人だったが、テレビのニュースで「都内の病院で死亡した患者が看護師を襲った」と報じられ、店内の空気が一変する。

借金した女(SМ小説です)

浅野浩二
現代文学
ヤミ金融に借金した女のSМ小説です。

叔父様ノ覚エ書

国府知里
ホラー
 音信不通になっていた叔父が残したノートを見つけた姪。書かれていたのは、摩訶不思議な四つの奇譚。咲くはずのない桜、人食い鬼の襲撃、幽霊との交流、三途の川……。読むにつれ、叔父の死への疑いが高まり、少女は身一つで駆けだした。愛する人を取り戻すために……。 「行方不明の叔父様が殺されました。お可哀想な叔父様、待っていてね。私がきっと救ってあげる……!」 ~大正奇奇怪怪幻想ホラー&少女の純愛サクリファイス~ 推奨画面設定(スマホご利用の場合) 背景色は『黒』、文字フォントは『明朝』

[全221話完結済]彼女の怪異談は不思議な野花を咲かせる

野花マリオ
ホラー
ーー彼女が語る怪異談を聴いた者は咲かせたり聴かせる 登場する怪異談集 初ノ花怪異談 野花怪異談 野薔薇怪異談 鐘技怪異談 その他 架空上の石山県野花市に住む彼女は怪異談を語る事が趣味である。そんな彼女の語る怪異談は咲かせる。そしてもう1人の鐘技市に住む彼女の怪異談も聴かせる。 完結いたしました。 ※この物語はフィクションです。実在する人物、企業、団体、名称などは一切関係ありません。 エブリスタにも公開してますがアルファポリス の方がボリュームあります。 表紙イラストは生成AI

【短編集】霊感のない僕が体験した奇妙で怖い話

初めての書き出し小説風
ホラー
【短編集】話ホラー家族がおりなす、不思議で奇妙な物語です。 ーホラーゲーム、心霊写真、心霊動画、怖い話が大好きな少し変わった4人家族ー 霊感などない長男が主人公の視点で描かれる、"奇妙"で"不思議"で"怖い話"の短編集。 一部には最後に少しクスっとするオチがある話もあったりするので、怖い話が苦手な人でも読んでくださるとです。 それぞれ短くまとめているので、スキマ時間にサクッと読んでくださると嬉しいです。

だんだんおかしくなった姉の話

暗黒神ゼブラ
ホラー
弟が死んだことでおかしくなった姉の話

処理中です...