月神山の不気味な洋館

ひろみ透夏

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第8話 目覚め(3)- 館3階のマップ -

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 急な階段を上がりきると、左側の壁にかけられた小ぶりなカーテンの隙間から、うっすらと明かりがさしこんでいるのがわかる。

 すぐさまおれは、埃っぽいそのカーテンを、つかんで引いた。
 まぶしいほどの月明かりが、古びた木製の窓枠から部屋のなかに降りそそぐ。

 そこに現れたのは、古めかしい書物や、水墨画の掛け軸、めずらしい柄が描かれたつぼに、美しい彫刻がほどこされた置物など――。   

 埃だらけの板間の部屋に、たくさんの骨董品がところせましと置かれていた。


「三階の屋根裏部屋は物置になっているの。ケンヂくん、その窓をあけてくれる?」

 サトミはそう言うと、壁に備えつけられた棚で、なにかを探しはじめた。
 おれはカーテンを全開にして、がたがたと音をたてる、その古びた窓をあけた。

 しめり気をふくんだ、ひんやりと冷たい風が吹きこむ。
 窓の外では、ざわざわと黒い林がうごめいていた。
 それは杉林ではなく、竹林――。

 そうか。

 おれはトイレから見た景色を思い出した。
 ここは館の裏側なのだ。

「あった」

 背中ごしにサトミの声が聞こえた。
 見ると、その手には懐中電灯がにぎられていた。

 肩に羽織った赤いストールを、吹きこむ風に飛ばされないようしっかりと押さえながら、サトミはおれのすぐ横によりそうようにならんで立つと、懐中電灯を夜空に向けた。



「満月の夜になるとあらわれる不思議な物体……。ほら見て、あそこ。ね!」


 流れる雲が月をかくす。
 あたりが闇に包まれたとき、黒い竹林の上で、懐中電灯の光がなにかに反射した。


 なんだろう、あの不思議な空間は……。
 頭がぐわんと重たくなる。

 いや、おれは見たんだ。
 あそこには、ガラスのように透きとおる、おどろくほど巨大な物体が浮かんでいて……。


 ふっと目の前が暗くなった。
 深い深い闇のなかへ、意識が落ちていく。



   
     * * *




「……ヂくん! ケンヂくん! ケンヂくん!」


 目をあけると、目のまえにサトミの顔があった。
 心配そうに、おれの顔をのぞきこんでいる。

「大丈夫? どこも痛くない? あすなろの木から、いきなりケンヂくんの姿が消えて……」

 必死になって話しかけるサトミの言葉も、おれはうわの空で聞いていた。
 ぼんやりとあたりを見まわせば、そこは水墨画のようなモノトーンに染まる、暗い竹林のなか。

 そのなかで浮かび上がるサトミの赤いストールだけが、いまだ夢のなかを漂っているようなおれに、わずかな現実味を感じさせた。


 なんでこんなところに、いるんだろう……。


 頭のすぐそばに、太いあすなろの木の幹があった。
 暗い竹林のなかを、天に向かって一直線にのびている。

 そうだ。おれは、このあすなろの木から落ちたんだ。あんな高いところから落ちたのに、まったく体が痛くないなんて……。

 おれは体をおこした。
 手の指のあいだに、しめった土が入りこむ。
 そうか。ここの土が、こんなにやわらかいから……。


「ごめんね。わたしが……」
 サトミがぐすぐすと泣きだした。
「わたしが、あんなもの見ようって、言ったから……」


 とたんに頭のなかを稲妻のような衝撃が走り、すべての記憶がよみがえった。

 同時に、不可解な言葉が、頭のなかで再生される。



(オマエコソ、ダアレ……?)


 あの声……。
 どこかで聞いた、あの低い声。



 おれは思い出した。
 そうだ。あの声は館のなか、肖像画のまえで聞いた、あの声だ。



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